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セブンス エッダ  作者: りん
神の思惑
32/118

8

 竜妃の言葉に皆が静かに聞き入っていた。

 竜妃はライナを見る。金色の瞳がライナを捉え、薄桃色の唇から厳かに神聖な言葉が漏れる。


「ライナ、そなたは余が創世神より賜った御子じゃ。」


「創世神はそなたを神の子から匿い、育てる様にと余に命じた。

 世界樹(イッグドラジル)の森は世界の根幹。この星を支えておる。この星を創りたもうた創世神の御力が強い故、神の子といえども手出しが出来ぬからな。

 ……しかし、余が少し目を離した隙にそなたは神の子に連れ去られてしまった。申し訳ない。」


 竜妃はライナに頭を下げる。繁栄の緑を思わせるヴィリジアンの髪の毛がさらりと揺れた。

 ライナは自分の耳を疑った。突然の話に頭がついていかない。竜妃の紡ぐ言葉はまるで他人の事の様で、ライナはただ揺れる美しい髪の毛を見ていた。


 ーー私が創世神に……?

   神の子に……?

 

 竜妃は顔を上げて言葉を続ける。


「神の子がそなたを使い、何をしようとしたのか、創世神は何を阻止しようとしたのかは余にはわからぬ。あれ以来、創世神は現れておらぬからな」


 竜妃はふと悲しげな表情をした。

 ライナは湧き上がる不安を打ち消そうと縋る様に問い掛けた。


「私は創世神に連れてこられたの?ここに?」

「そうじゃ」

「どうして?」

「神の考えは余にも計り知れぬ。だが、神の子からそなた隠したかった事は確かじゃ」

「なんで……」


 冷静に諭す様に竜妃は答える。ライナの求める答えはわからない。そしてその答えを自分も欲していた。


 ライナは誰からも必要とされず置き去られた自分の価値等これっぽっちも無いと思っていた。しかし創世神が自ら手を下し、自分を隠したなんて一体どんな意味があるのだろう。本当に自分はここに存在してよかったのだろうか。根拠の無い後ろめたさと闇の様な不安が湧き上がる。

 そして何故神の子は自分を攫ったのか。あの場所へ連れて行かれるまでの間に一体何があったのだろう。知るのが怖い。自分が怖い。まるで底無し沼の上に細い糸で吊り下げられている様だ。少しでも身を捩れば落ちてしまいそうだ。


 竜妃は真剣な眼差しでライナを見詰めていたが、やがて穏やかな声で彼女に問いかけた。


「ライナ、神隠しにあった後、そなたはどうしていたのじゃ。神の子の(もと)にいたのか?」


 ライナは首を横に振る。

 ライナの1番古い記憶の銀色の髪の人がもし神の子であるとしたら、彼とは一緒に居なかった。

 そしてそれ以上答えたくなかった。

 ライナが居たのは厄災の地だったから。彼女がその名前を口にすると、皆忌むものでも見たかのように顔を顰め、蜘蛛の子を散らしたように去っていく。これ以上関わるなと避けていく。まるで呪いの呪文の様に思えた。またあの蔑んだ目に晒されるのは恐ろしかった。


 竜妃は答えようとしないライナを見て、また他の誰かに預けられたのであろうと察した。今度は彼の領域で。そうなれば大体見当は付いた。


「良い。言いたくなければ無理に話す事は無い。

 話したくなったら話せば良い」

 竜妃は優しく言う。


「ライナは神の子の事を覚えておるか?」


 ライナにはわからなかった。記憶が無い以上、覚えている事が連去られた直後のものか、暫く経ってからのものかわからない。銀色の髪の人は本当に神の子だったのだろうか。そんな事今まで考えもしなかった。


「……わからない」

 何も分からない自分に苛立ちながら小さく呟く。


「神の子の意思も、創世神の意思も、私にはわからない」


 彼は世界を見ろと言った。それしかライナにはわからなかった。世界を見れば自分を探せると思っていた。彼の言葉縋る様に生きてきた自分が浅はかでちっぽけに思える。


「ライナ、そなたは何かしら神々の黄昏(ラグナレク)に関わっておるはず。

 余は神々の黄昏(ラグナレク)に備える為に神の子がこの地に納めた宝珠を集めるつもりじゃ。

 神の子がそなたの記憶が封じられたのであれば、神の子の力を封じた宝珠でそれが解けるやもしれぬ。試してみるか?

 ……そなたが本当の自分を知りたいと思うのであれば」


 竜妃はまるでこの先訪れる未来を知っているかのような口振りだ。

 強い眼差しがライナの心に突き刺さる。

 知るのは怖い。でも知らないでいるのはもっと怖い。いつまでも沼に怯えているのならいっそ、足を踏み入れてみた方がいいのかもしれない。


「ナディル」

 竜妃はナディルの方に顔を向け声を掛けた。


「そなたは宝珠の力の使い手を探せ。来るべき日の為に。

 ライナを導いてやれ」

「畏まりました」

 ナディルは強く頷き頭を垂れる。


 竜妃は安心した様に優しい顔に戻る。


 竜妃は以前ライナを連れて行かれた事を激しく悔いていた。創世神の言葉を守れなかった自分を責めた。そしてどんな形であれもう一度彼に会えると信じ、淡い期待を寄せて待っていた。叱咤され非難されるかもしれない。それでも構わなかった。もう一度会いたかった。そこに自分の存在意義があるかの様だった。

 しかし彼が竜妃の前に現れる事は無かった。やがてそれは自分の役目がもう終わってしまったからだと悟り、ライナを探す事すらしなかった。失望と絶望の中竜妃の中の小さな炎が消えてしまいそうになっていた。


 でもライナは再び現れた。彼女が導き出す答えに竜妃の欲する答えもある。その答えがどんなものでも竜妃はそれを知りたかった。


 竜妃は静かに白磁の花のティーカップに口を付けた。

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