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ナディルは王宮に来ていた。賑やかな街とは違い、王宮はいつも荘厳で尊大な、ピリッとした空気が張り詰めている。
仇なす者を拒む如く張り巡らされた高く大きな門には、青銅でできた大きな王家の紋章が左右に付いている。紋章は中央に描かれた盾を、王冠を頂いたドラゴンが巻きつき抱えた意匠だ。盾は4分割されており、其々炎の獣、風の精霊、水の精霊、大地の妖精が描かれている。ナディルの持っているヴィリジアンの手帳に描かれているものだ。
門で銀色の甲冑を身に纏った門兵に手帳を見せる。
「お伺いいたしております」
彼は長い槍を持ったまま片手で敬礼をし、ナディルを快く通してくれる。
刈り揃えられた芝生が植えられた広い前庭を進み、王宮の前まで来る。
そこでも手帳を見せて中に入ると、侍女が待ち構えていて奥へと案内してくれる。
深紅の絨毯が敷かれた廊下を進み、幾つもの重々しい扉を通り過ぎると、やっと謁見室に繋がる前室に辿り着く。
案内をしてくれた侍女は、少々お待ち下さいと言い残し、丁寧にお辞儀をして部屋を出て行く。
ナディルは部屋の隅に置かれた豪華な椅子に座る。肘掛はつるつるに磨かれており、細かい模様のジャガード織りのクッションはふわふわとして心地よい。
前室ですでに待機していた使用人が用意してくれた、花の香りのするお茶を飲みながら待っていると、入口の扉が開き、先程のここまで案内してくれた侍女が深々と頭を下げる。
「お待たせ致しました。中にお入りください」
彼女は謁見室へと続く白い扉の前にナディルを促し、扉の向こう側に声を掛ける。扉は内側から恭しく開かれた。
広間は艶々した赤墨色の大理石で模様を描いた床が広がる。白い柱と天井は細かく細工された金色の飾りで彩られている。天井からは煌めく硝子のシャンデリアが幾つも吊り下がっている。
そして中央にはヴィリジアンの絨毯が敷かれたピラミッド状の7段の階段があり、その中央には金色の細工に縁取られた同じくヴィリジアンの豪華な玉座が置かれている。玉座の奥には床や椅子と同じ色のヴェルベットの垂れ幕に、金糸で大きく刺繍された王家の紋章が堂々と位置している。
階段の両側、部屋の両脇には金糸で縁取られた緑色の上着に白いズボンを履いた兵士が剣や槍を携えて立っている。
ナディルは謁見室に入り、玉座の正面に来て片膝を付き、頭を垂れて王が現れるのを待った。
程なくして左奥の扉が開き、何人かの足音と布の擦れる音が入ってくる。
カツカツと高い足音が止み、目の前の玉座に気配を感じ取る。
「面を上げよ」
ゆっくりと顔を上げると、目の前にはこの大陸を支配する竜妃、ウォーラ・レイス・ユングヴィが鎮座する。
艶やかなヴィリジアンの髪を結い上げた頭には、小さな白い宝石を散りばめた簡素だが美しいティアラが輝いている。金色に光る瞳はまるで全てを見通す力を秘めているようだ。
白金の光を孕んだタフタのドレスに、斑点模様の美しい雪山猫のファーで縁取られたマントを羽織るその姿は神々しく、正にこの地の支配者だ。
「報告を」
玉座の階段を下りた横には宰相であるセファ・リディが居て、この場を取り仕切っている。
細身で高い身長に良く通る凛とした声。彼は前髪だけがストロベリーブロンドで、残りの栗色の毛を後ろで一つに束ねている。
鋭い、少し神経質そうな淡褐色の瞳が睨みを利かせる。
「はい。アルフヘイム大陸、パラスロットの教会に祀られているのは確かに7つの宝珠の1つの様です。ただ宝珠は聖堂に存在するのではなく、聖堂は鍵にしかすぎませんでした。聖堂の尖塔から登れる別の塔が存在する様です。宝珠自体は確認できておりませんが、守り手である司教の話からして恐らく風の宝珠かと思われます。
しかし塔に登る資格のある者、宝珠を使役できる者は現れていないとのことです」
ナディルは今回の仕事であったアルフヘイム大陸の宝珠の所在を簡潔に報告した。
その後、パラスロットの街の様子や司教の様子等、セファから幾つか質問をされ、報告を終えた。
「そうか。御苦労であった」
竜妃が初めて口を開く。気品のある澄んだ声が響く。
「労いのお言葉感謝致します」
ナディルは深々と頭を下げる。
「その後、具合はどうじゃ」
先程とは違う、少し優しい声がナディルに掛けられる。
「はい、今は大分調子がいいです。お気遣いありがとうございます」
ナディルはにっこりと答える。
竜妃はそうか、と目を細めた。
穏やかで粛々たるしじまが訪れる。しかしその一瞬の静寂を破る様に、奥の部屋からバタバタと足音が聞こえてきた。
何かあったのだろうか、とナディルは奥の扉をちらりと見た。セファも不審そうに振り返り、眉を顰める。
皆の視線を浴びた扉は勢いよく、大胆に開いた。
「ウォーラ!!」
透き通った声が謁見室内に響き渡る。
そこに現れたのは、透ける肌に豊かなベビーブロンドを携えた精霊の美少女。
彼女は部屋の中心で傅くナディルや呆気にとられる兵士等には目もくれず、玉座に一直線に突き進む。
「ウォーラ!ライナが帰ってきたの!」
ナディルは彼女の言葉に息を呑む。
――ライナ?
彼女の後ろから手を掴まれて引っ張られながら現れたのは、紛れも無く先程教会でわかれたはずのナディルの妹だった。




