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1人になったライナは聖堂の中に戻る。
丸く外へ飛び出した天窓からは明るい日差しが入り、装飾の金箔を照らし神々しく輝かせる。凄い量の彫刻や絵画に圧倒される。一番大きな礼拝堂をぐるりと回ったが、あまりの煌びやかさと情報量に眩暈を覚える。それに人も多い。
少し休憩しようと思い、先程通ってきた回廊の脇の中庭に足を向ける。
噴水の脇に幾つかのベンチを見つけた。何人かの人がお喋りをしたり、本を読んだり寛いでいる中、空いているベンチを見つけ腰を掛ける。先程ナディルにもらった焼き菓子を取り出す。サクサクとした生地は仄かにナッツの香りがして、真ん中には砂糖漬けにされた果物が入っていた。
焼き菓子を食べ終えて、少し元気になったライナは、庭を散策することにした。
薔薇のアーチや鮮やかに咲き乱れる花壇も美しかったが、木漏れ日が気持ち良さそうに揺れるのに引かれて、ライナは木々の間を進んだ。細い道はライナを庭の奥へと誘う。
暫く歩いて、空気が変化したのを感じた。先程までの、明るく賑やかなものとは違う、もっと静謐で神聖な、どこか懐かしい空気だ。木々の色も青々しい緑から、光を透かした黄金へと変化していた。辺りから人の喧騒は消え、とても静かだった。
戸惑いながらも、進める足を止められなかった。
吸い寄せられるように歩いていると、神々しい、見た事も無い程太く大きな木に出会った。
上を見上げても果ては見えず、豊かな葉が天井の様に覆い尽くす。葉は黄金色に輝いて葉脈まで透けて見える。大地に根付く力強い根は何度も波打ちながら地面から見え隠れする。とても強い生命力と尊く穢れの無い力を感じる。
ライナはそっとその木に触れる。神聖な力が流れ込んできて、自分の中の気を全て入れ替えてくれる。悪いものは浄化され、綺麗で純粋なものに満たされる。そんな錯覚に陥った。
なんだか、とっても懐かしい。胸が締め上げられるような気持ちになり、そっと目を閉じて、木の幹に額を押しあてる。ずっとこうしていたい……
暫くそのままでいたが、ふと目を開け、顔を上げると、すぐ隣に美しい少女が立っていた。
彼女の髪の毛は降り注ぐ日に透け、黄金色に輝いた。
透ける様な白い肌に、青空の様に真っ青な瞳、ほんのり薔薇色に染まった頬と艶やかな唇。晴れやかで優しげな美しい容姿だ。
彼女の耳は長く尖り、精霊である事を示している。彼女の周りには小さな光の塊が幾つも揺れながら浮かんでいる。生まれたばかりの光の精霊だ。
彼女は滑らかなたっぷりとした白い布を着つけている。両肩に沢山の襞が取られていて、ウエストは弛みを持たせて細い茶色の紐で締め上げていた。古い神話の女神の様だ。その古風な格好も彼女の神聖さを引き立てる。
精霊の少女はじっとライナを見つめていたが、手を伸ばし、そっとライナの頬に触れた。
腰まで流れる緩やかなベビーブロンドを揺らして口を開く。
「ライナ?」
自分の名前を呼ばれたライナは驚いた。
「ライナ、でしょ?」
精霊の少女はもう一度問いかける。
何故自分の名前を知っているのかは分からないが、確かに自分の名前は“ライナ”なので、彼女から目を離さずに一度だけ頷いた。
彼女はその美しい顔を愛らしく綻ばせる。
「やっぱりそうだ。絶対ライナだと思った」
そう言ってライナに抱きついてきた。
「すっっごく会いたかった。一体どこに行っていたの?」
抱きついたまま本当に嬉しそうに話す少女に、ライナは戸惑う。まるで大切にしていた宝物がやっと見つかったかの様な喜び方だ。
誰かと勘違いしているのではないだろうか。
彼女はライナと同じ位の背恰好で、年齢もきっと同じくらいであろう外見をしている。
ぴったりとひっつく彼女から暖かな体温が伝わってきて、酷く懐かしい気分になる。
――私、彼女を知っているのかもしれない……
直感的にライナは思った。
あ、とライナの肩に両手を当てて、少女は急に身を離した。
「私、大きくなったからわからないんでしょ!」
もう、と愛らしい頬を膨らませる。
「ティレットだよ。昔みたいにティレって呼んで」
そう言って美しい薔薇の様な綻んだ笑顔を浮かべる。
――ティレット
ライナは心の中で呟いてみる。分からなかった。忘れてしまったのか、知らないのか。でも何故か胸が痛い。彼女を知らない事が何故か酷く悲しい。
「ほら、早く!」
自分の名前を呼んでくれと、少女は急かす。
「……ティレット……」
戸惑いながらその名前を口にする。
「そうじゃなくて、ティレでしょ!」
そういって少女は頬を紅色に染めてむくれる。くるくると変わる表情はどれも可憐だ。最初の清らかな印象とは随分違う。
でも何だか懐かしい。暖かい。ライナは少し笑顔になる。でも申し訳ない。
「ごめんなさい、貴方が誰だかわからない……」
何も思い出せない自分が嫌になる。この少女を知っているはず。そう、身体が、心が訴えるのに。




