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結局ライナは広場のベンチに座り、穴あきチーズと燻製紅魚、それにたっぷりの若葉菜と玉ねぎ、オリーブの実まで入った棒パンサンドを頬張っていた。
ナディルがあれもこれもと付け足すうちに、パンは分厚く膨れ上がり、ライナは食べるのに一苦労する。
――やっぱり、多いんだけど……
心の中で呟くも、にこにこと満足気にこっちを見てくるナディルには何も言えない。
少し硬めのパンはあっさりとしていて、中に挟んだ具材の味を引き立てる。ライナは特に穴あきチーズの木の実に似た香ばしい匂いと味を気に入っている。
ナディルもハムと穴あきチーズ、トマト、緑菜の挟まった棒パンを片手に、王都までの旅の計画を話す。
「ところで王都への行き方なんだけど、この街の移転の魔法陣だと遠回りになるから、ル=イースランの街まで行こうと思うんだけど……」
大きな街には大体移転の魔法陣が設置されている。魔法陣は教会が管理しているので、同宗派の教会と教会を繋いでいる。つまり、神の御子派のこの教会からは創世神派の王都へは行けない。それどころか、王都のある大陸の教会は殆どが創世神派なので、神の御子派のこの教会と繋がる場所は、広い大陸の端の方の、王都から大分離れた所にしか無い。
それならば、ここから北へと向かった、創世神派の教会から成り立つル=イースランの街まで行く方が随分楽なはずだ。
「ライナは馬に乗れる?」
ライナはナディルの言葉に、頭を横に振る。馬なんて乗った事が無い。
「そっかぁ……流石に歩いてだと物凄く時間が掛っちゃうからなぁ。
俺の後ろでもいい?」
「……え?」
「普通の馬じゃなくて、ちょっと大きい馬なんだけど、その分凄く早いからすぐ着くよ。
でも振り落とされないように気を付けてね」
有無を言わさず、にっこり笑うナディルにライナは戸惑う。
少し嫌な予感がしたが、馬に乗れないライナは従うしかない。
足元にはパン屑を目当てに灰青色の鳥が集まって来ていた。彼らは一生懸命頭を動かして、パン屑を啄ばむ。
鳥達を眺めながら不安と一緒にパンを飲み込んだ。
街を出て、森とは違う方向に歩くと、若緑色の草原が続いていた。風が流れるたび、さわさわと音を立てて、針の様に細長い草が足元で揺れる。ナディルは草の生えていない広い場所を見つけると、剣の鞘で地面に○と△を描いた。そして△の中に、魔法陣の描かれた一枚の札を置き、自分は○の中に立つ。
「危ないから少し離れていて」
ライナにそう言うと、短く呪文を唱える。
すると△の中に置かれた紙が光り、家畜の馬の2回りは大きい魔獣と思しき馬が現れた。
魔獣は艶々とした濡羽色の毛が全身を覆っていて、逞しい体からは足が8本も生えていた。
ライナが茫然として眺めていると、馬は鼻を鳴らしながら立派な鬣を揺らした。
「スヴァジルファリって言うんだ。良い子だよ。
借り物だけどね……俺は召喚士じゃないから」
ナディルが魔獣の鼻を撫でと、馬は真っ黒な目を細める。
「とっても賢くて、自分より魔力の高い者は絶対に襲わないから大丈夫だよ」
確かに賢そうな馬だが、その大きさと容姿に圧倒される。そもそもこの馬の魔力はどれ程で、魔力の無いであろうライナは乗って大丈夫なのだろうか。不安で胸が一杯になるが、ライナに与えられた選択肢は、これに乗って、振り落とされない様に目的地まで行く事しか無い。ナディルを信じるしかない、と覚悟を決めた。




