第9話 天才疑惑
ウィテカーの指導のおかげで、俺にも剣と剣の打ちあいの意味がちょっとわかってきた。かなり楽しいですよ、これ。
なにが楽しいって、自分が強いって思えるのが良い。だって、いまなら剣を手にした大男が斬りかかってきても、いなして、斬り返すことができるんだから。まぁ、相手の技量にはよるだろうけど、少なくともその道理を知っている。
これまでは、わりと空虚に感じているところはあったんだ。
誰とも斬り合ったことのない、ただ自由に剣を振り回していただけの4年間。ベイルボートというちいさな村のなかでは、そりゃあ、剣を持っている時点で、俺は一番強いというか、危険人物というか……でも、今は違う。そこら辺の奴が剣を手に斬りかかってきても、自信を持って対処できると言える。
と、そんな感慨にふけりながら、自信満々に受けては斬り返し、流しては斬り返しと繰り返していると、いつの間にかウィテカーがひっくり返った。
肝が冷える。やべ。柵のほうに追いやってた。
周囲のウィテカーの弟子らしき男子たちの視線が痛い。
「ウィテカーさん! 大丈夫ですか!?」
アニーが駆け寄る。
「す、すみません」
俺は背中を丸めながら、顔の前で手を立て、できるだけ申し訳なさそうな顔をする。俺の精一杯の誠意だ。
「俺の負けだ」
ウィテカーは起き上がり、服についた土を払う。
「すごいよ、アニル! ウィテカーさんに勝っちゃった!」
アニーは顔の前でぎゅっと拳を握り、嬉しそうに笑む。
別に勝った感じではないですけどね。試合ではなかったし。どちらかというと練習中に俺だけ張りきり過ぎて、相手に怪我をさせた、というのが正しいです。
「アニル、お前、いくつだ?」
「14ですけど」
「14か。はっ。天才剣士だったんなら先に言っておいてくれよ」
ウィテカーに肩を叩かれる。
「天才剣士?」
「才能の塊だ。剣と剣。棒を振り回して、いかに相手に打たれず、自分だけ当てるかの道理。それをお前はゼロから始めて、すでに俺を越えたんだ」
「え? そうなんですか?」
「そうだ。フルボルトに帰ってきてから5年。村の男子連中にあれこれと指導してやってるが、未だに俺に追い付けた奴はいない。俺自身も上手くなってるのはあるが……わかるか? 普通の連中じゃあ、5年間剣を振ったって、俺には勝てやしないんだよ」
そう言われると、なるほど。
俺、天才なのか? あんまり自覚なかったけど。
「つっても、1時間も同じこと繰り返してたら、出来るようになりません?」
ウィテカーは顎髭を指でいじりながら、すこし思案する。
「んまあ、ならないかな」
ならなさそうです。
うーん。才能というと『欠片の集積』が真っ先に思い浮かぶが、あれは魔法限定のものらしいし。あの人が言ってた言葉を、俺が聞き落としていたのかな。
そうじゃなければ、シンプルに俺が剣の天才だったことになるけど。だとしたらちょっと嬉しい。いや、めちゃくちゃ嬉しい。やはり、ベイルボートを出てよかったって心から思える。俺の活躍する場は、あのちいさな村の外にあったんだ。
「まだ明るいので、もうすこし指導してもらってもいいですか?」
「いいぜ。もう俺が教わる側かもしれないが。今度は突きありでやろう。あと、お前たちも来い。暇そうに見てねえで」
ウィテカーは言って、周囲で野次馬していたフルボルトの男たちを招いた。
偶然の可能性は捨てきれない。
なので、日が昇っている間、俺はウィテカーのもとで木の剣をぶつけ合わせ続けた。ウィテカーの弟子たちともやったりした。
結果、どうやら俺は本当に巧いことがわかった。
彼らに手加減している様子は微塵もない。
俺より年上のやつも、体が大きいやつも、やや打ち込まれる感触は違えど対応できる。その理屈が俺の肉体に宿っていると感じられる。
「はぁ、はあ、お前、さっきよりも巧くなったな……」
「ありがとうございます」
「羨ましいやつ」
夢中になって木の剣を振り続けて、夕暮れになった。
「お前、今晩、どこ泊まるんだ?」
「あぁ……まだ考えてなかったです」
言われてみれば。なんかずっと木の剣振り回しちゃってた。冒険者たるもの、困っている村人を助けて、一晩の宿の交渉をするべきだというのに。なんたることだ。
「よかったら俺のところ来るか」
「え、いいんですか!?」
やったぁー!
ちょっと期待してましたけど!
さすがはウィテカーの兄貴だぜ!
「アニル~」
喜んでいると、柵の向こうからアニーがやってきた。途中から荷馬車と一緒に姿が見えなくなったので、家に帰っていたのだろう。
「お母さんがご飯もうできるって」
あれ、これは……。
「いこ♪」
アニーは言って、愛らしく笑み、手招きしてくる。
なんて心優しい子なんでしょうか。
滞在中の面倒まで見てくれるつもりでいたんだ。
もうこれは結婚して、ここに骨を埋めるしかないのでは。
魔女様、俺の冒険やっぱり終わりそうです。
「すーっ……」
ウィテカーは俺とアニーを交互に見てくる。
どうしよう。気まずい。善意で宿を貸してくれると言ってくれたのに。本音をいうと、普通にアニーの家に泊まりたいです。このアニル、心に嘘はつけません。
「ウィテカーさん、ごめんなさい」
「やかましいな、謝るんじゃねえよ。別にこっちはお前に泊まって欲しいわけじゃあねえんだ。さっさと行けよ」
ウィテカーは少し拗ねたように手をヒラヒラ振った。あーあ、傷つけチャッタ……。
頭をさげて、俺はウィテカーの庭をあとにした。
「ったくガキが。色気づきやがって……」
背後でなにか聞こえた気がした。




