第8話 元傭兵ウィテカー
──ウィテカーの視点
こんな辺鄙な田舎で一生を終えるほど、俺はちいさな人間じゃねえ。
俺はそう思って、村を飛び出して、街に出た。冒険者組合に登録してすぐのことだった。たいして稼げもしねえ日々が続いているなかで、東のほうで紛争が始まった。だから、仲間たちと一緒に傭兵稼業に乗り出した。
良い事と悪い事があったが、まあ、トータルでみれば悪かった気がする。数年もしないうちに、俺は膝に矢を受けて引退。古傷を抱えて、フルボルトに帰って来ることになった。
以来、森からたまーにやってくる危険な動物を追い払うのが、俺の仕事になった。膝が悪いもんだから、速くは動けないが、それでも明らかに俺が強いんでね。
そうして守ってると不思議なもんで、フルボルトに愛着が湧いてきやがる。ここは俺が守ってる場所なんだって、きっと、そんな気分になってるんだと思う。一度は捨てた故郷だっていうのにな。
だからこそ、気になった。
リムからアニーが帰ってきたと思ったら、死んだ魚の目をしたような男が一緒にいることが。うちの村で一番の美人は、ひとりでリムに行ったはずだ。何があったんだ。聞いてみると、狼の群れからアニーのことを助けてくれたらしい。この魚が?
しかも、冒険者ときた。
まあ剣を腰に備えているから、何かしらだとは思ったが。
「ほう、冒険者ねえ。面白いじゃねえか」
ちょっと揉んでやるか。
そう思って、乗り気になった。
見たところかなり若い。13、14歳あたりか。
剣ってのは身体のデカさがモロに出る。あと筋力。いじめるようで悪いが、向こうも俺に興味があるようだし、別にそこはお咎めはないはずだ。
名前はアニル。大方、アニーと名前が似てるだとかで、ひと盛り上がりあったとみた。
庭先で鍛錬用の木の剣をアニルへ渡す。
フルボルトの男どもは、みんな俺に剣を教わりにくる。
そういう時に使ってるから、何本も用意してある。
「準備いいですね、ウィテカーさん」
「まあな。これでも弟子が多くてな」
「すごいですね。剣術師範なんですか」
「そんな立派なもんじゃねえよ」
喋ってみると意外と礼儀正しいやつだった。陰湿で、性格悪そうだとか勝手に想像してすこし申し訳なくなる。
「なんで俺に興味があるか聞いてもいいか?」
古傷をいたわりながら準備運動がてらに聞く。
アニルも俺にならって、膝を曲げたり、手首をまわしたりし始める。
「人と戦ったことがないんです」
「まあ、若けえもんな。最近、村から出てきて冒険者になった口だろ」
「なんでわかるんですか」
「だいたいそれくらいの年頃に思いつくことだ。よし。待たせたな。軽く振ってみろよ」
アニルは木剣を振り回し始める。
驚いた。めちゃくちゃ達者だ。
刃をしっかり斬撃方向に立て続けてるし、切り返しの動作もすべてが自然かつ迅速。連続で振り回す繋ぎ目も滑らか。重心移動も合理的。しかも初めて握る木の剣で。なんなら普通に俺よりも上手だ。
一朝一夕で身につくものじゃあない。
息を吸うように剣を振り回してきたんだ。何年も。
この時点で、フルボルトにいまいる剣士のなかで、一番達者な剣の軌道を持ってるのは確信できた。
「それじゃあ、すこし打ってみるか」
「お手柔らかにお願いします」
「強打なし、頭なし、突きなし、寸止めは努力。いいな」
「え、ああ、ルール的な?」
「そうだ」
「大丈夫です。把握しました。えっと、突きなし、ですよね」
「そうだ」
俺が余計なこと言ったせいかややぎこちなくなった。
アニルは両手で木の剣を握り、素早く打ち込んでくる。受けて、斬り返す。俺の木剣はアニルの肩口に当たる寸前で止まった。
アニルは目を丸く見開いて「お、おぉ……」と声を漏らす。
「まあ、こういう感じだわな」
「なるほど……想像はしてましたけど、こんな簡単に。今の俺、死んでましたよね」
「まあ、九分九厘?」
「ですよね」
剣を上手に振れるのと、剣と剣の打ちあいができるのは、やっぱり、意味合いが違ってくる。棒と棒。ぶつけあった際の合理、その瞬間の判断力、経験値、そうしたものは、ただ剣を振り回しているだけじゃ、身に着くものじゃない。
アニルが俺に興味を持った意味が正確に理解できた。
「剣術を教えてやるよ。打ち合いの道理をな」
「いいんですか?」
「アニーのことを救ってくれたんだろ? 危うくフルボルトは村一番の美人を失うところだったんだ。お礼くらいだと思ってくれや」
「ありがとうございます。あの、今日、時間、大丈夫ですか?」
「平気だ。俺は暇なんでな」
まあ、剣術も一朝一夕で身に着くもんでもないが。フルボルトにいる間くらいは面倒を見てやろう。
「おお、いいね。そうそう。ぶつけたあとを想像しろ。受けの形にバリエーションを持ってるといいぞ。そうそう、斜めで滑らせる。脱力で柔らかく受けてまわす。そうそう。そうそう。うんうん、そう……」
乱取り形式で、自由に打ち合っていると、アニルの要領がどんどん良くなっていく。
打ち合い始めて1時間が経つ頃には、もはや無言で木がぶつかる乾いた音だけが響くようになった。周囲には弟子たちが集まってきていた。
斬り返し、普通に鋭い。
受け、柔らかく、滑らか。
なんか……巧くね、こいつ。
心臓がどきどきしてる。
なんか、なんか、ちょっと恐い。
こんなに呑み込みが早いものなのか?
そんなことありえるのか?
「アニルー! なんかさっきより上手になったんじゃない?」
楽しそうにずっと眺めてるアニーが声をかける。こいつずっといるな。家、帰らないのか?
アニルの剣速がはやくなる。俺は後退を使って、やり過ごす。受けきれない。最初に見せたあの剣速が、ごく自然と術の道理を纏っている。再びさがる。背中にぶつかる感触。
「あっ」
柵にぶつかり、俺はひっくり返り、頭から地面に落ちた。
「ウィテカーさん! 大丈夫ですか!?」
「す、すみません」
アニーが駆け寄ってくる。硬い石に頭をぶつけたわけじゃないので平気ではある。ではあるが……死ぬほどダサい醜態をさらしちまった。
アニルのやつ、謝りやがって。
いや、これは八つ当たりかな。
参ったな。これは……負けてる、よな。
さっきまで棒振りの術理しか知らなかった奴が、打ち合いの道理をこうも短時間で身に付けちまうなんて。天才ってやつだ。
ったく。
世の中には凄い奴がいるもんだな。




