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田舎の天才魔法剣士、冒険者になる。  作者: ファンタスティック小説家


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7/30

第7話 フルボルトへ

 眩しい朝光が客室の小さな窓から差し込んでいる。

 俺は天井の木目をじっと見つめたまま、微動だにできずにいた。


 夜が明けた。


 横には、すやすやと心地よさそうな寝息を立てるアニーがいる。

 薄い布が一枚、彼女の肩口までかかっているが、昨夜の出来事が夢でないことを雄弁に物語っていた。


 えーと。なんというか。

 男になりました。たぶん。

 大人の階段を音速で駆け上がりました。


 「任せて。全部」されてしまった。

 アニーのことをあんなにお姉さんに感じるなんて。

 自分の顔が恐ろしいほど熱いのがわかる。


「ん……あにル……?」


 布擦れの音で目を覚ましたアニーが、眠そうに目をこすりながら体を起こす。はだけた肩口、乱れた栗毛。


「おはようございます……」

「ふふ、なんで敬語に戻ってるの」

「ですよね……だよね」


 アニーは一瞬だけ照れくさそうに視線を泳がせると、慌ててシーツを胸元まで引き上げた。昨晩はあんなに余裕そうだったのに。


 気まずい。

 お互いに目を合わせられないまま、無言の時間が流れる。


「ありがとう。楽しかった」


 敬語になりそうなのを我慢する。


「こほん。どういたしまして」


 アニーは頬を染めながらいたずらっぽく笑う。


「……」


 俺はシーツに視線を落とす。昨晩さんざん触ったが、暗かったのでよくは見えなかった。もう押さえがない。昨晩あれだけやっちゃったんだから、もう何しても良いのではないだろうか。


 シーツの上からアニーの足を撫でてみる。そのまま足の間へ──。


「ん? こらっ」


 怒られた。


「まったく。昨晩あんなに暴れたのに、もう元気になってるの?」

「言わないでよ。恥ずかしいよ……」

「ああいうのは雰囲気が大事なんだよ」

「そうなんだ……」


 雰囲気って難しいこと言うな。もう一回、濡れタオルで背中拭くところからやったほうがいいのかな。違う気がするけど。


 いや、これはあれか。優しく言ってくれてるが、たぶん、もう報酬分は払ったって意味だろうな。想像の70倍くらいは良い思いはしたし、これ以上は欲張りか……くそ! 昨晩のうちにもっと触っておくんだった!!!


 俺は渋々、アニーの太ももの上から手をどけた。

 代わりのようにアニーの手が、俺の胸に置かれた。そのまま静かに力をかけられ、俺はベッドに横たえられた。はい?


「仕方がない子だなぁ、アニル」


 アニーは布団のなかをよじよじと移動し、身を寄せてくる。柔らかい。温かい。


「そんなに良かったんだ。ふふ」

「あの報酬、もう貰っちゃったけど……」

「アニル」

「はい?」

「私、可愛い?」

「はい」

「ふふん」


 アニーは言って、布団のなかを移動し、俺のうえに乗っかってきた。いつから雰囲気がよくなったのか、その境界線が見えない。でも、まあいいか。


 ──ダニエルの視点


 早朝、まだ寒さを感じる時間に起きる。

 なぜならもうおじいちゃんだから。

 勝手に目が覚めるんだよね。


 昨晩、いかがわしい音が響いていた壁を見やる。

 あれ、おかしいな。まだギシギシ聞こえるんだけど。

 おかしくね。おかしいよね。さすがに一晩中ってことは……ないよね。


 気のせい。それを一瞬疑ったが、女子(おなご)のものと思われる声が漏れてきたので、それはなさそうだ。大きな声が出て、すぐ声を静める感じが、大変けしからん。


 うちは第二回戦禁止じゃからー! って叫んでやろうかな。マジで。


 何してくれてんのよ。もう。

 仕方のない若者どもじゃて。


 うわー、俺、優しいのう。

 ここで邪魔しないの優しー。

 マジでアニルくん感謝してねー。


 ──アニルの視点


 部屋から出る。

 居間と隣接している台所では、ダニエルがスープを作っていた。


「うん、おはよう、アニルくん」


 俺の顔を見るなり、挨拶をしてくる。


「……おはようございます、ダニエルさん」


 何か言われないかとヒヤヒヤする。

 冷静に考えれば、すぐ隣の部屋にこの人いたんだよな。


「スープが温まっておるよ。さっそく食事にしようかのう」


 ダニエル、なんて優しい男なんだ。てっきりノンデリじじいだから、「昨晩はお楽しみだったね」とか言ってくるかと思ったけど、そんなことはなかった。この人を見くびっていた。食事を何度も用意してくれて、宿は貸して貰えて。そんな聖人を疑うもんじゃないな。


「昨日に続いて、今朝まで。ありがとうござい──」

「ところで昨晩はずいぶん楽しんでいたねえ~?」


 ちっ、じじいが! ディレイかけてきやがって!


「なんのことやら。すー、また一段と美味しそうなスープですね」

「なんなら今朝もずいぶんドタバタしていたのう」

「なんのことかまったくわかりません。今日のスープ、昨日より美味しいです」

「昨日とまったく同じじゃよ」


 着実に追い詰められている。


 ガチャ。

 アニーが客室から出てきた。

 乱れていた服は、しっかりと締められている。当然だが。


 俺は助けを求めるように視線をやりながら、木のスプーンで薄いスープを口に運ぶ。


「アニーちゃん、おはよう」

「おはようございます、ダニエルさん」


 普通に着席して、アニーはスープを飲み始めた。

 じじいの追及はいつの間にか止んでいた。


 なんだろう。気まずいのは俺だけなのだろうか。

 これは俺が童貞を脱したばかりだからでしょうか。

 みんな普通にしれっとしてるものなのかな。


 アニル、まだちょっとわかりません。


 朝食の席で、パンと燻製肉も加えて、食事を豊かにした。スープは美味しいし、手が込んでるのはわかるんだけど薄いのでね。塩辛いくらいの燻製肉を浸したら、若者好みの味になった。アニーにも分けてあげた。ベイルボートから持ってきた食料はこれで使いきってしまった。


 あとあるのは昨日、マグダから貰ったバターだけ。

 やや不安なので、朝イチで毛刈り依頼を探してパンを稼ぐことにした。アニーは今日中には、フルボルトに帰るそうなので、それに間に合わせるために。


 昼前。

 太陽が直上に昇り切らない頃。

 俺とアニーは荷馬車の準備を進めていた。


 村長宅の前でダニエルに別れを告げる。


「お世話になりました、ダニエルさん」

「うむ。たくさんお世話したのう」

「どうかお元気で」

「そっちもな。旅、楽しむんじゃぞ」


 ちいさくなっていくダニエルへ、御者台の上から手を振る。


 アニーと一緒に荷馬車に揺られる。

 夕暮れ前には、フルボルトに着けるとの話だ。


「ふんふふーん」


 隣で楽しげなアニー。

 御者台で隣り合って座る距離は、リムへ向かう時より、ずっと近くなっていた。太ももの横がくっついて、肩も当たる近さだ。


「リムはどうだった? アニルにとっては、初めてのよそだったんでしょ?」

「何もかも目新しかったかな。広かったし、羊もベイルボートよりたくさんいたし。村長の家は、うちより立派だった。同じところもあって、親近感もあって」

「うんうん」


 時間はたっぷりある。

 俺たちは取り留めのない雑談を重ねた。

 リムへ向かう時は、緊張してすっかり無口になっていたが、今回は違った。こんな可愛い女の子相手に、萎縮せずに話せている。やはり、俺は男になったらしい。


「ところで、アニル、フルボルトまでついて来てもらってよかったの?」

「また狼が出るかもしれないから」


 言っていると、あの道に戻ってきた。

 道の脇に狼の死体が転がる森の道だ。

 昨日とほとんど変わらない様相で。


 ふたりともなんとなく黙って通り過ぎた。

 狼の幽霊を怖がっているとかではないけど、なんとなくだ。


「ふふ、私のことが心配なんだー」


 揶揄うように言うアニー。


「まあ。心配かな」

「そ、そんな素直に肯定されると、なんか照れるかも」


 アニーは頬を染め、栗色の髪をつまみ、表情を隠すように口元に寄せた。


「それに行く当てもない旅だから」


 逃げるように村を飛び出した。

 あの人への憧憬を追いかけて。


「そうなの? それじゃあ、フルボルトにしばらくいるとか──」

「あーでも、都には行こうと思ってるんだ。特に王都」

「あっ、そうなんだ。ふーん……何かしたいことがあるの?」

「それは……えーっと」


 金髪碧眼巨乳エルフの美少女を探すため。

 ないしはそれを超える綺麗な女の子を拝むため。

 さすがの俺もそれをうっかり口にするほど愚かではありません。


 どうしよ。嘘をつくのは違うし……。

 うーん。あっ、そうだ。


「魔法を集めてるんだよ」

「え? 魔法?」


 これなら嘘にならない。

 実際、集めてるから。


「集めるってどういうこと?」

「俺、すこし才能があって。魔法を覚えるのが得意なんだ」


 『欠片の集積(カイロス・ステアシス)』の恩恵。

 誰とも比較したことがないので、いまいち実感はないが。

 まあ、あの人が言ってたので間違いないと思います。


「それじゃあ、ダニエルさんから魔法教わらなくてよかったの?」

「うーん……実はもう教わってて」

「そうなの? いつ?」

「なんというか、ほら、最初にマッサージしてもらった時」

「え、あれでもう魔法覚えちゃったの!?」


 アニーは目を丸くする。よほど驚いたのか、手綱が暴れ、馬がやや取り乱した。ガタガタと揺れる。アニーは「おっとっと」と手綱を取り直す。


「アニルって天才なんだね」

「まあ……そうなのかも」


 自分で言うのはむず痒い。

 ひけらかしているようで浅ましく感じる。


「へえ、ふふ、そうなんだ。アニルはすごいなあ。すごいなあ」


 アニーはずいぶん感心したようで、しばらく浮かれたように、いろいろと聞いてきた。


 荷馬車に揺られることしばらく。

 俺たちはフルボルトに到着した。


 ベイルボートよりも、リムよりも、近場の街にアクセスしやすい場所だという。ここで少し滞在して、準備し、街を目指す算段だ。


 人口は300人ほどいるらしく、リムやベイルボートより規模が大きく見えた。森に隣接しており、畜産や畑に限らず、森の恵みを受けて生活しているんだとか。


「アニーちゃん、お帰り~。大丈夫だったかい?」


 フルボルトで人にすれ違うたびに、アニーは村人たちから声をかけられていた。


 ベイルボートでも見た光景だ。若くて、可愛い娘は、老若男女に好かれて、大事にされているんだ。なお真逆が俺ね。誰からも話しかけられない。


 話しかけられる時は、言葉の暴力のサンドバッグになり、相手のストレスのはけ口になる時だけだ。


 まあ、そういう奴も必要なんだろうな。村社会には。気兼ねなく攻撃できる共通の敵というのかな。大事な役割さ。ひとりが犠牲になるだけで、村全体の結束が高まるんだから。


 隣の女の子が愛を受け取るたび、心の底にある暗い澱を刺激されながら、俺はちいさくなっていた。


「隣の子はリムの子かい?」

「この子は、アニルだよ! すっごく勇敢な冒険者でね、私が狼に襲われてるところを助けてくれたの!」


 なお、村一番の美人の隣に座ってる死んだ魚の目をしている奴は、やはり気になるようで、村人たちは「アニーちゃん、おかえり!」のあとに90%くらいの確率で「隣のは誰だい?」とアニーに質問していた。そのたびに、アニーは面倒くさがらずに俺のことを紹介してくれた。


 おかげでフルボルトでは不審者扱いされずに済みそうだ。アニー、優しい。


「おう、おかえり、アニーちゃん」

「あっ、ウィテカーさん! ただいまです!」


 この男がウィテカーか。

 元傭兵とかいう。


 身長180cmはある。筋肉質で、二の腕の太さがアニーの腰ほどもある。そして、日に焼けた肌と、唇のあたりに目立つ縦傷。恐すぎて笑う。あまりにも元傭兵。


「ねえねえ、ウィテカーさん! この子、アニルっていうんです! 冒険者で、剣が凄い上手で、すっごく強いんですよ! ウィテカーさんの剣術に興味があるとかで、戦ってみたいんですって!」


 え、そんな雑にけしかけるの?


「ほう、冒険者ねえ。面白いじゃねえか」


 元傭兵すぎる男がやる気出しちゃった。

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