第5話 毛刈りの季節
恰幅の良い中年女性マグダから初めての依頼を受けた。
納屋で渡されたのは、やや錆の浮いたハサミだ。それを渡された段階で俺はうっすらと任される仕事を察する。
「メエ~」
「メエ~! メエ~!」
「メエメエー!」
「アニル、あんた、羊の毛は刈ったことあるかい?」
マグダは大量のモフモフどもを背後に従えながら尋ねてきた。手のなかでこなれた所作で同型のハサミを回しながら。
「もちろん。先日まで村で暮らしてたので。羊も飼ってました」
「ほう、そいつはいい。なら皆まで言うことはないね。あー、でも一応、うちのやり方を見せておこうか」
「よろしくお願いします」
毛刈り。村の生活においては、冬が明けたあたりで確定で発生する大仕事だ。一年を通して毛を蓄えた羊たちから、羊毛を回収し、これを様々に加工する。多くの場合は、まず毛を洗って、撚り合わせて糸に加工し、そこから布にする。
布や糸は、徴税官様がとても喜ぶ品だ。どれだけあっても困ることはないのだとか。
マグダは達人の手つきで、片手に砥石を持ち、もう片方の手に持ったハサミを高速で研ぎ澄ます。火花が12回散ったあと、デカい体が機敏に動いた。近くにいる羊をとっ捕まえて、そのまま納屋のほうへ連行する。「メエ~!!」と抗議する羊を「黙らっしゃい!」の一言で大人しくさせ、ハサミでズバズバと皮膚スレスレを切り込んでいく。
あっと言う間に、一枚の毛皮のような羊毛が取れた。ひと繋ぎだ。これだけでマグダがいかに優れたハサミの使い手かわかる。
「はいこんな感じ。だいたいわかったかい?」
「大丈夫だと思います。マグダさん、上手ですね」
「ははは、まあね。あたしはリムで1、2を争う速さだよ」
マグダに1匹やってもらって、要領を押さえる。
その後、マグダとベアトリス、そのほかマダムたちと一緒に毛刈りが始まった。毛刈りは村をあげての大仕事だ。ベイルボートでは、村人総出で2日かけて、終わらせていた。
リムでは、ベイルボートよりは小規模にやるっぽい。各家庭に知り合いを集めて、行う……という形態に近いだろうか。
羊を集めてくる係、押さえておく係、ハサミ係、毛刈りが終わった子を外へ帰す係。ざっとこんな具合に分かれて、並行して進行していく。
俺はハサミを研ぎ澄まし、サッと作業に取り掛かる。中腰姿勢を維持するので疲れるんだよね。背が低いほうが有利だとかで、8歳の頃からハサミを任されていた。
「メエ~!」
「手際がいいね、よそ者の」
「ありがとうございます」
俺のハサミ捌きに、そこそこ賞賛の声が集まってくる。妙齢のマダムたちと、その旦那さんたちと代わる代わるでハサミ係をやる。中腰なのでね。一番疲れるんですよねここが。
そんな感じでローテーションしながらやっていると、隣で延々とハサミ係をしているマグダと同じタイミングで、俺の前に新しい羊がやってきた。
お互いの視線が交差する。
泥と動物臭の漂う納屋の中。
俺とマグダは、言葉を交わすでもなく、手元のハサミを羊に向けた。
ザク、ザク、ザク! 俺はワンカットごとのストライドを最大まで高めて、高効率で切り進む。チラチラと横を見ながら。速い。マグダめ。流石はリム最速を謳うだけある。俺はハサミを持ってない時は、じーっとマグダの仕事ぶりを観察した。
こちらもベイルボート最速でやらせて貰ってたんでね(自認)。たぶん辛い仕事を押し付けられてただけだけど、それでも誇りがあるんだ。負けたくない。
「メエー!」
「ほれ」
俺は羊を解放し、お尻を叩いて「行っていいよ」と合図を送る。
いくらか遅れてマグダは、担当羊を解放した。
表情には驚愕の色がにじんでいる。
「ふう……驚いたねえ、アニル」
「そっちこそ」
俺とマグダは称え合った。
ぶっちゃけマグダはぶっ続けで40匹の羊をしばいていた。彼女が体力を消耗していなかったら、勝負はわからなかっただろう。
「おいおい、マグダより速いハサミ使いがいるのか」
「こいつはすごいもんを見たよ」
「カッコよかったよ、アニル!」
一緒に羊たちをしばいた妙齢のマダムと旦那さんたちが、口々に言う。口笛が響き、拍手が鳴る。毛刈りが繋ぐ人の絆です。一緒に仕事すると仲が深まるね。
──マグダの視点
異様なハサミの使い方だ。
ほとんど刃を閉じず、羊の皮膚の上をなぞった?
40年間、毛刈りのマグダと称えられた私より速い。疲れを加味しても、埋まるタイムじゃない。粗を探してやろうと思ったが、完璧すぎて言及できない。滑らかに刃が通るものだから羊もされるがまま。おかげで作業が迅速。
ケチをつけるわけじゃないが……違和感はあった。
おかしな話だが、たぶん、今日、毛刈りを始めた段階では、私の方が早かったんだ。アニルが仕上げた最初の5匹までは。だんだんと坊やは速くなった。ハサミの使い方はストライドを長くとった私のやり方に近づいていった……久々の毛刈りに腕が訛っていたのか、あるいは──今日、急速に成長したのか。
経験値の量では、私のほうがずっと多いはずなのに……こいつは参った。
こんな天才がいたとは。世界は広いねえ。
──アニルの視点
夕暮れ時。
「素晴らしい働きだったよ、アニル。私よりハサミの巧い奴は初めてだ。さあ、報酬を受け取っておくれ。納屋は好きに使いな」
初めての依頼は大きな成功を収めた。
俺は誇らしい気分だった。
椅子に腰かけて、穴の開いたところに革を縫って補う。多少不格好だが、これで良い。貰ったミルクを飲み干す。ついでに夕食も追加報酬として貰えた。チーズと硬い黒いパン、雑穀スープの3品目だった。
ちなみに旅の食料としてバターとパンも貰えた。
次の村を目指すのに十分以上の食料が集まった。
──アニーの視点
ここまで関わった感じ、アニルは九分九厘、童貞。
うーむ、どうすればいいんだろう。
聞いたことあったんだ。男の人に命を救われたら、大抵は一晩の相手をするものだって。差し出せるお礼なんてそれくらいしかないから。だから、私はすごく緊張してた。揺れる馬車の上で、一体いつアニルがエロがり始めるのかって。
これって私から言ったほうがいいのかな?
アニルは冒険者だし、報酬を欲しがっているのだとしたら、応えてあげたい気持ちはあるけど……私の勘違いだったら、始末に負えないよね。アニルは私に興味ないだけかもしれないんだし。よくよく考えれば、私、胸はいつになっても大きくならないし。男の子は大きな胸しか受け付けないと聞いたことがあるし。
でも、意外だ。
まさかシャイボーイだなんて。
あんなにすごい魔法を使えるのに。
狼の群れだってやっつけちゃうのに。
優しくて、強くて、勇敢。
いざという時は命を張って助けてくれる。
あれ? もしかしてアニルって良い男ってやつなのかな?
マグダさんとベアトリスさんがなにやらアニルを疑ってかかってた。なので助けてみた。ふたりとも悪い人じゃないから、すぐわかってくれた。アニルの助けになれてたら良いな。
手元の薬草を売り切ってダニエルさんの家に戻ろうとした時、マグダさんの家で毛刈りに勤しんでるアニルを見た。ふふ、どうやらすっかり仲良くなったみたい。それどころか、アニルはハサミが上手らしくて、みんなに褒められてた。
アニルはやっぱり、すごい子なんだ。
なんだろう……ちょっとだけ寂しさを感じた。
アニルがすごい魔法を使える魔法使いで、狼をやっつけられるほど勇敢な子で……そう知ってたのは、私だけだったのに、今はみんなが彼の凄さを知っちゃった。それが少しだけ、ちょっとね。
うーん。アニルが信頼を勝ち取って、冒険者としてお仕事できているのは良いことのはずなのにね。私は意地悪な性格なのかな……?
薬草をたくさん売って、暗くなった。
空の籠を片手にぶらぶらと振りながら、ダニエルさんの家に戻る。
「ん、あれは、アニル?」
ダニエルさんの家の横で、アニルが剣を振り回していた。上裸だ。汗をかいている。鍛えられた筋肉が露わになって、夜の寒さのなかで湯気が立ちのぼっている。
私は声をかけず、しばらく彼のことを眺めることにした。




