第4話 冒険者とは不審者である
長い冬を越えて訪れた春。
温かい日差しが降り注ぎ、花の香りを風が運ぶ。
耳に聞こえるは、流れの音と、遠くで何やら喋る村人たちの話し声。
丘陵の村リムには、小川が枝分かれして流れている。緑の草原でたくさん遊んだ牛や羊たちは、ゴクゴクと美味そうに小川の清水を呑む。
狼を爆破したせいで浴びた返り血を、川で洗う。靴も手でこすって良く洗う。牛革を使って自ら仕立てた靴だ。冒険に出る日のために、何度か試作して、ようやく頑丈な一足が完成した。
「ん?」
靴を脱いでよく見てみると、つま先のあたりに、狼の牙らしき破片が刺さっていた。ショック。マジか。なんでこんな目に!
あーもう辛い。
『魔女の燃える剣』を使うんじゃなかった。
初めての実戦だから張り切りすぎた。
女の子を助ける場面だから力みすぎた。
俺は拳でおでこをゴツゴツと叩く。
いけない奴め、アニル。反省しろよ。
気分が下がりながらも、衣服と靴、剣帯を洗い終える。
剣もしっかりと水で洗っておく。
狼を斬ったあと、地面に生えている草で血と脂は拭いたが、それで完全に綺麗になるわけではない。あらゆる道具は洗える時に洗っておいたほうがいい。っと、あの人が教えてくれた。
『冒険者の心得その3。装備のメンテナンスは欠かさないこと!』
はい、欠かしません。
心の中のリトル魔女様に頷く。
「横、失礼」
「モォ~」
「メエ~」
牛と羊に断りをいれてから、川にゆっくり入水。体を清める。傷口に若干染みるが、こんなものは男なら我慢だ。髪もしっかりと洗う。いい気分だ。
着替えは一着だけ持っているので、人目を忍んでそちらに着替える。濡れた服を絞り、水筒の中身を川に捨てて、中をすすいで、新鮮な水をいれておく。
よし。まあ、ひとまずこんなところですかね。
濡れた服をひとまとめにして、ボールみたいに持ちながらリムを彷徨う。なんかいい感じの干せる場所を探しております。
おやおや、柵がありましたよ。
良い感じの柵じゃないですか。
まあ、ちょいと借りて干させてもらいますか。
「ちょっと、あんた」
背後から声をかけられ、慌てて振りかえった。
中年女性がいた。恰幅の良いのと、やや痩せ気味の二人組だ。ふたりして腰に手を当てて立っていた。いずれも村娘の最終進化形態って感じの風貌だ。
「よそ者かい。そこで何してるんだい」
「こそこそと怪しいったらありゃしないねえ。そんなもんぶら下げて。あたしゃわかるんだよ」
剣のことですね。
「あー、不安にさせてしまったのなら申し訳ないです。ちょっと、この服を干す場所を探してまして」
「それでうちの柵に勝手に、断りもなく干そうって腹積もりだったわけかい」
ちょっと、怒ってる、かぁ?
「……いや?」
「それは嘘をついてる時の『いや?』だねえ」
「あたしゃわかるんだよ」
「いやいや、本当にそんなつもりがない時の『いや』です」
「いや、違うねえ」
「嘘の時の『いや』は、俺は『いや!』っていいます。でも今のは『いや?』だったでしょう? なので、嘘じゃあないです。証明完了」
「そんなもんどうとでも言えるだろうがい、この小生意気な坊主」
「あたしゃわかるんだよ」
くっ、あたしゃわかるんだよババアの援護が思ったより激しい。脳死で連打できるわりに強すぎだろ。
マダム二名の華麗な連携。
やや旗色が悪いか。仕切り直そう。
「わかりました。本当のことをいいます。干そうとしてました。さっきは咄嗟に口から虚偽の発言がでたことを陳謝します。ごめんなさい」
「ふん、やっぱり、そうじゃないかい」
「だから言ったろう。あたしゃわかるんだよ」
「えっと……あー、俺はアニルっていいます。冒険者です。さっきリムに来て、綺麗な川で水浴びをしまして」
まずは相手を安心させます。自分のことを話すのです。冒険者ってのは、武装した不審者にほかなりません。俺がまともに話ができる存在であること、危なくないことを伝える努力は必要なのです。言い合いで一度、敗北をきしたあとも、挽回のチャンスを狙いましょう。正直に話せば、向こうもわかってくれるはずです。
「ふーん、冒険者ねえ」
「あたしゃわかるんだよ。冒険者ってのは勝手に言ってるだけ。野盗と何もかわりゃしないよ」
いや、見た目上はそうなんですけども。
意外と鋭いじゃねえか、このババア。
旅人、野盗、冒険者、傭兵などなど。
ここら辺は自認の世界らしい。
あの人が言っていた。
しゃーない。ダニエルを使いますか。
村長の立場から俺が善き人間であると証言してもらうのです。わざわざ村長宅まで戻るのだるいけど。ここからだと歩いて10分はかかりそうだ。
「あ、マグダさんにベアトリスさん」
横から現れたるはアニー。
アニーは己の最終進化形態どもに果敢に近づいていく。
「ん、どうしたの? ふたりとも。なんだか怖い顔して」
「アニー、気を付けな。野盗が紛れ込んだよ」
「あたしゃわかるんだよ」
「アニルのことを言ってるの? あはは、違うよ、ふたりとも。アニルはとっても良い子なの。狼に襲われていた私のことを助けてくれたんだから! ね!」
アニーは腰裏で手を組み、優しく笑んでくる。
恰幅の良い方──マグダと、やや痩せ気味の方──ベアトリスは、驚いた顔になる。俺はぐっしょり濡れた服の塊を持ち上げて「狼の返り血で汚れて」と付け足す。
「そ、そいつは本当かい、アニー」
マグダは申し訳なさそうに眉尻をさげる。
「あたしゃわからなくなっちまったよ……」
ベアトリス、しょぼん。
「悪かったねえ、坊や。よく見たら善良そうな顔してるじゃないか」
「あたしゃ悪かったよ。こんな男前を疑うなんてねえ」
そんな露骨にヨイショされましても。
まあ、別に怒ってないですけど。こういう扱いを受けるのは、あの人に教えてもらってたから知っていたしね。旅先で疑われるのは冒険者の宿命なのです。
「ほら、かしな。うちの物干し竿を貸してやろう」
「え、いいんですか」
「もちろんだよ」
アニーを見やる。ウィンクして手を振っている。ねえ、あのさ、可愛い。
「あ、アニー、ありがとうございます」
「お安い御用だよ!」
アニーは言って、薬草がたくさん入った籠を片手に行ってしまった。
「アニルだっけ。あんた冒険者って言うからには、何かと入り用なんじゃないかい」
マグダは物干し竿に服を干しながら、聞いてくる。
「ええ、まあ」
「そいつはちょうどよかった。実は人手が必要でね。依頼をひとつ。報酬はミルクとかでどうだい?」
言ってマグダは、太い指で向こうにいる牛を指差した。
食の偏る旅において、貴重な栄養源だ。
あの人も言っていた。ミルクは命を救う、と。
「ミルクもいいですけど、あと革を少し貰えますか? これくらい」
「ああ、いいだろう。端材でよければ」
よし、これで靴を修繕できる。
「何か直すんだろう。道具も貸してやろう」
「助かります」
「なに、アニーの恩人ならこれくらい当然さ」
ほう、これが徳の力ですか。
「それでどんな依頼ですか、マダム」
初めての依頼。
しっかりこなしてみせるぜ。




