第3話 村長の揉みほぐし
魔法の見せ合い。なんかノリで了承したけど、俺のヤツ大丈夫かな……。いやあね、実はあの人に言われたことがあるんだよね。
『呪術はちょーっと見た目が怖いから、不用意に見せびらかすと人々を怖がらせて、迫害とかされちゃうかもね』
当時はそんなことどうでも良いくらい、この術がカッコいいという一点で教えてもらったんだけど……いくらか大人になった今、振り返ると、確かに見た目というのはけっこう大事な気もしてくる。
要はビジュです。
ビジュは大事です。
「いつもありがとう、アニーちゃん」
「こちらこそ、いつも助かってるよ、ダニエルさん」
アニーとダニエル村長が、薬草を家に運びこむのを手伝う。別に手伝わなくていいのだけど、こういうところで信頼を積むのが大事だ。
『冒険者の心得その2。冒険者は信用商売。まずは信用を稼ぐべし。知らない人からすれば君は、ただの武装したよそ者であるということを忘れちゃダメだよ』
まずは初回サービス。こんなことで報酬を貰おうとしてはいけません。一流の冒険者とは、実際に依頼にありつくまでに手間暇をかけるものなのです。
「アニルくん、助かったよ。さすがは冒険者だ。アニーちゃんの件もある。きっとみんな君を信用して仕事をくれるだろうさ」
村長、陥落。
これはあれだな。
良い経験になったかも。
地位の高い者に恩を売る作戦。
この先の旅でも使える気がする。
昼下がり、村長の家で野菜のスープをいただく。
俺とアニーはご相伴にあずかる。
うむ。薄味だが美味しい。
「ほう、村を飛び出して冒険者に! 若いのう。いやあ素晴らしいの一言に尽きる」
「ありがとうございます」
気を利かせてくれてるのか、村での生活のことはあまり聞いてこない。デリカシーがある。優しい村長さんだな。
「アニルくんは、村では迫害とかされてたのかな? ほら、魔力って持ってるだけで動物は逃げるわ、足元の小石が地味に浮くわで怖いじゃろ? あと君、お世辞にも顔が、いじめられてそうっていうか──」
前言撤回。
ノンデリじじいがよ。
「まあ……ええ、ちょっと」
「ダニエルさん、やめなよ。悪い癖出てるよ」
「あっ、しまった。つい」
「ひどいね。アニルはこんなに勇敢で、優しいのに」
いつの間にか敬語じゃなくなったアニーが悲しげな顔をする。悲しげな顔もかあいいね。好き。
「こほん。しばらくはリムでゆっくりしていくといい。部屋はうちのを貸そう」
「助かります、ダニエルさん」
別に悪い人ではなさそうなんだけどね。
皆の皿が空になる。
「さてと」
ダニエルは首をポキポキ鳴らす。
手首と指をほぐし、何やら備え始める。
「アニルくん、私の魔法、見たいかねぇ?」
「え? ああ、もちろんです」
忘れてたわけではないけど、若干、その話題に触れないようにしてた。理由は俺の魔法のビジュが不安だから。
まあ、でも、俺も魔法にはかなり興味がある。
というのも、自分、特異な才能がありましてね。
その名は『欠片の集積』。習熟速度がはやくなるんだとか。その代償に、俺はひとりからひとつの魔法しか受け取れないらしい。
俺もよくわかってないんだけどね。
ふわふわした説明だったし、もう4年前のことだし。
そういうわけでひとつあの人と約束しているんです。
『次にあった時、君がどんな魔法を集めているか楽しみだよ』。
目を見張るような綺麗な女の子と出会って、ロマンスを楽しむのは我が人生の最大の目標だ。だけど、魔法の収集もそれに匹敵するくらい頑張りたいと思っている。
世界はすごく広いらしい……。
だから、あの人にまた会うことは、たぶん難しい。
でも、もし次に会うことがあったら、俺はあの人に喜んで欲しい。俺の才能で集めた魔法たちのことを、ひとつずつ伝える。それで旅の話をする。そして、たくさん褒めてもらうんだ。
どうでしょうか。
これが俺の密かな野望です。
さて、記念すべきひとつ目の魔法。
こんな田舎で、村長を務める男がいかなる魔法を修めているのか、興味はある。
「ダニエルさんはどこで魔法を覚えたんですか?」
「どこで? ここでじゃよ」
「誰かに教わったと?」
「いいや? 独学という奴になるのかな。聞くところによると、たまーに旅の魔法使いがリムにも来てたらしいけど、魔法を教わるというのは、大変なことじゃて。対価を用意するのも簡単じゃないし、一朝一夕でものになるものでもない」
なるほど。俺は2週間で最初の魔法を覚えたが、世の中的にはもっと腰を据えて学ぶものとされているのか。
「私の魔法を見せてあげよう。これは疲労回復、外傷の治癒促進などを行える魔法でね。病にもちょっと効果がある。痛みとか、寒気とか、和らぐんだよ」
「それはすごいですね」
癒しの魔法ってことですか。
「そいじゃ、ちょっと失礼して」
村長が俺の手のひらを揉み揉みし始めた。カサカサの手でマッサージされる。
「あの、何をされてるんです?」
「施術中じゃよ。私の魔法は、マッサージを通して発動する」
「はあ、なるほど」
野良魔法には、変なのが多いとあの人は言っていたっけ。
「こうして患部の近くを揉みほぐすことで、治療パワーを送り込むのじゃ。この技で私はリムの皆の健康を守ってきたのじゃよ」
なんて偉大な村長なんだよ。
ノンデリじじいとか言って申し訳なくなる。
あれ? なんかアニーが含みのある視線をダニエルに向けてる気がする。なんだろう、これは……軽蔑?
「ダニエルさん、事あるごとにみんなを助けようとするんだよ。特に若い女の子相手には! いろんなところに触れるもんね!」
あー、察し。
「こ、こら、アニーちゃん、何を失礼なこと言うんだね!」
「リムの子みんなダニエルさんのいやらしい手つきに困ってるんだよ」
被害報告もあがってます。
「本当に効果があるから、処されてないだけなんだからね!」
効果は本物なのか。ふーん。じゃあ、まあ、マッサージというプロセスが必要なだけで、本人が意図して開発したエロ魔法ではないのかもしれないな。あの人も言っていた。野良魔法は自然発生的なもので、本人の意志と関係なく覚醒するとか。
きっと、村人を助けたいという村長の崇高な願いと、彼の魔力が融合して起きた奇跡の技なんだ。
「ちなみになんて魔法なんです?」
「秘術『村長の揉みほぐし』という」
エロタッチ言うてます。
終わりです。語るに落ちました。
これ以上の擁護はできません。
「ていうかこれ本当に効果あるんですか。いまいち回復してる感ないんですけど」
「大丈夫じゃ。そこは間違いない。ほんの2、3日経てば、傷はすっかり綺麗になっているじゃろうて」
「まあまあ掛かりますね」
「しかと見よ。魔力を感じるだろう?」
うーん、まあ、感じるっちゃ感じるか。
深く集中し、俺の肉体に流れ込んでくる未知の波動を感じる。意識を集中させれば、それが邪な魔力ではないことがわかる。
「さて、こんなもんかの」
「あっ、もう少しお願いします」
「おや? そんなに私のマッサージが気に入ったのか。そうかそうか」
俺はダニエルに1時間近く全身を揉み揉みされた。
その後、俺のターンになった。
「俺の魔法は『魔女の燃える剣』といいまして──」
一通り、術の発動から、効果まで説明する。
ダニエルもアニーも、ちょっと引き気味だった。
「よく見たらすごくグロテスクだね……それ手を斬らないとだめなんだ」
「なんて激しい魔法じゃ。うわあ。私の村にやばい魔法使いきちゃったんじゃが……」
悲しい。やはり、呪術は危険人物判定されてしまうな。符号がよくないのよね。符号が。
「しかし、なおのこと驚いた。普通に生きてて、そんな魔法になるかのう」
「これは旅の魔法使いから教えてもらった魔法なんですよ。『火山』の呪術と聞いてます」
ダニエルは目を丸くする。
「ほう……『火山』? 異国かな?」
「そこまでは聞いてないです」
いろいろと外の世界の話を聞いたが、俺が子供だったこともあって、隅々が抜け落ちている。もっと『火山』のこと聞いておけばよかったな。
「呪術……なんだか怖い響きじゃが、まあ、アニルくんはアニーちゃんを助けてくれてるし、薬草を運ぶのも手伝ってもらった。うむ。リムでの滞在については咎める必要はないじゃろう」
ワンチャン出て行ってくれと言われていたルートもあったのか。これはあれだね。今度は迂闊に呪術のことは話さない方がいいかもね……。
ダニエルとの魔法見せ合いっこが終わった。
俺とアニーは1階奥の部屋へ案内された。
客人用の部屋とのことだ。普段は稀に訪れる旅人や、徴税官などに部屋を貸すんだとか。特に旅人には、村長宅に置いて、危険人物かどうかをダニエルが監視をする意味もあるらしい。
そういえば、ベイルボートでも、あの人が来訪した時は、村長の家でお世話になっていたようだった。村の長というのは、どこであろうと、来訪者から村を守る役を担っているのだろうな。
旅の者の場合は、一泊の宿代を取るらしいが、俺はアニーを助けた功績で、数日の滞在であったら無償で貸してくれると言ってくれた。
エロじじいだが、懐の広い人だ。エロじじいだが。
「よいしょっと」
ベッドに腰掛ける。
良い布団だ。さすがは村長宅。
「ほいっしょ」
俺の隣、アニーがぽふんっと座った。
「いつもは私ひとりで泊まるけど、今日はアニルも一緒だね」
「え、ああ、はい。よろしくお願いします」
このベッドをふたりで使うということか……いいんすか? 逆に。だってそれって、この布団にふたりで入って、温もりを共有するといいますか。
まずい。いろいろ想像がはかどってきた。
立ち上がる。そそくさと部屋を出る。
「ちょっと服を洗ってきます。川、ありましたよね」
「そうだね。いつまでもその格好じゃね」
「ええ、まあ」
「それじゃあ、私も仕事してこよっと。薬草と交換する品を決めないと。ふふ、服を洗うにも私がついていったらアニル、困っちゃうもんね」
揶揄うように笑い、アニーは部屋を出て行った。
なんか見透かされてるような……。女の子と話すの楽しい。生きててよかった。
俺は村長の家を出て、来る途中に見た、小川を目指す。
とぼとぼ歩きながら、手のひらを揉みほぐす。
先ほど見た魔法。
1時間も揉まれまくったじじいのシワシワの指の感覚を忘れないうちに復習する。
「うーん……8割ってところか」
検証完了。自信を持って言うことにしよう。
野良魔法『村長の揉みほぐし』をほぼ修得した、と。




