第26話 欠片の集積
ルーナは目を丸くし、口を半開きにしたまま固まってしまった。ちょっと間抜けな顔で可愛いな、とか思っていると、人差し指をこめかみに当て、思案げにする。
「普通の方法ではない、と見たがいかがかね」
「普通の方法、というのは、俺にはわかりません。才能らしいので」
「らしい、とは」
「教えてもらったんです。才能の名前を」
「ほう、それは非常に、あぁ非常に興味深いね! 才能に名前があると!」
ルーナは口元を愉快げに歪め、ダダダっと迫ってくる。勢いに押されて、後退し、腰を背後の棚にぶつける。痛い。
「な、なんですか」
「ふはははっ、なるほどなるほど、ようやく疑問が解消する取っ掛かりが見つかったよ! その若さでそれだけの魔法を使いこなす才覚。そして、測定器では9つの魔法を体得しているレベルの魔力だというのに、君自身はそれを認知していない。そして、前回会ってから2週間と少しで新しい魔法を覚えたという規格外の学習能力。普通の鍛錬では、到底不可能な速度だ。才能ある者でも、新しい魔法の修得には数か月の鍛錬は必須だからね」
ルーナはさらに顔を近づけてくる。背後の棚と挟まれて逃げ場がない。柔らかい双丘がへにゃっと潰れ、細い人差し指が俺の顎を突き上げてくる。
「見えた、君の才能。恩寵だね?」
「は、はい?」
「選ばれし者のみが賜ると言われる特殊な才能。それを魔法学では、恩寵と呼ぶんだよ」
「い、いや、ちょっとわからないですけど」
あまりに柔らかくて話に集中できません。
綺麗な顔が近くて、心臓がうるさく鳴る。
「君は才能の名前を聞いたのだろう。その何某かに」
「あの人は、『欠片の集積』とだけ……」
言葉にした途端、ルーナは俺の顎を突き上げていた人差し指を口元に持っていく。
「カイロス・ステアシス……か、ふふふ……」
つぶやきながら、俺からゆっくりと離れていってしまう。あぁ、柔らかくて温かいのが……っ。
ルーナはこちらに振り返り、踵を揃えて腰裏に手を添えた。
「素晴らしいよ、冒険者アニル」
「あ、ありがとうございます」
「君は選ばれし者だ。英雄の器を持っている」
「あの……『欠片の集積』をご存知なんですか?」
「当然だ。学のある者ならば耳にしたことくらいはある。なにせ最初の恩寵のひとつだ。これは神の最初の一息と呼ばれている。ほかの恩寵より有名だ」
有名だったのか。知らなかった。
「ただし、実在するかなんて、誰にもわからなかっただろうね。今日、今この瞬間まで」
ルーナは言って、嬉しそうに机に腰掛けた。
「『欠片の集積』。文献によれば、それは才能の蓄積を司る恩寵。偉大な冒険者アイヴァン・ドルストロイが持っていたといわれる。彼はあらゆる魔法を記憶し、世界を旅した。西の果ての部族が編み出した秘術を、東の都に伝え、竜の学院の魔法を、南の辺境で教えたという。アイヴァン・ドルストロイによって、人知れず失われるはずだった多くの野良魔法が、学院に寄贈された。もう1000年も昔のことだと言われているよ」
「せ、1000年!? すごいスケールですね」
「伝説上の人物だ。だから彼が実在したのかすら今となっては疑わしい。そして、彼が持っていたといわれる才能『欠片の集積』も実在したかも同様だ。否、だった」
そんなすごいものが、俺に宿っていたのか?
「恩寵は巡る。時代に一人、各々の恩寵を宿した者がいるとされる。恩寵は人を選び、そして、継承されていくんだ」
「はあ、俺なんかでよかったんですかね」
「それはなんとも言えないね。才能は必ずしも活かせるとは限らない。誰が持とうとそこは一緒だ。才能を持っていても、その者が自分の才能に出会えるかは環境次第。君だって、もしかしたら故郷にずっとこもっていたかもしれないだろう」
確かに。あの時、魔女様に出会っていなければ、きっと俺は今もベイルボートで気味悪がられていただろうな。
「だから、アニル、君でよかったんだ。君は旅に出たのだから」
ルーナは俺をまっすぐ指差して言った。
「1000年の時を経て再び現れた恩寵。それがどんな意味を持つのか、私にはわかりかねる。だが、きっと意味がある。アニル、君には何か役目が待っているのだろうね」
「役目、ですか。それはどんな?」
「さあ? そこまでは。恩寵を持つ者の宿命のようなものさ。神の意志は、人には測れないものだよ」
神様の意志かぁ……旅先で可愛い女の子を探すことじゃないんだろうなぁ。
「いやあ、凄いことを知れたよ。今すぐにでも誰かに話したい気分だ。あ、そうだ、冒険者アニル。実際に見せておくれよ」
ルーナは笑みを浮かべながら言うと、壁のフックにかけてあった杖を手に取った。
ガチャ。
その時、扉が開いた。
入って来たのは、鎧を着た大男。騎士様だ。
つーか、この人、この前ホークで見たような……。
「面白い話を聞かせてもらった。魔法剣士アニル」
「あの、あなたは?」
「クーブッシュ・エルドランド」
エルドランド。全然ピンとこない。家名があるってことは、貴族様なのだろうけど。
「領主の息子だ」
ルーナがつぶやいて補足する。
領主様の息子ね……死ぬほど偉い人じゃないですか。
「錬金術師ルーナ、久しぶりだな」
「もう徴税からお帰りになられていたのか」
「ああ、退屈な遠征だった。だが、実りもあった」
クーブッシュは、顎を撫でながら、舐めるような視線を送ってきた。
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