第25話 アルバドンの英雄
翌朝。
「行ってきます」
「あいよ、行ってらっしゃい」
ベラルダに声をかけ、銀貨を1枚渡す。宿泊代だ。俺は決まりきった動きを再現するように、治癒院へと向かった。
「ウィーブル院長、おはようございます」
「おはよう、治癒師アニル」
治癒院で働く時は、白っぽい外套を羽織る。これを着ている間、俺は治癒院の治癒師となるのだ。
「はーい。ここに悪いものが溜まってますからねえ~」
「あ、ん!」
本日の一人目。若い町娘に施術する。横乳のあたりに悪いものを感じるので入念に揉みほぐす。患者は頬を薄らと染め、どこか甘い息を漏らす。医療行為って楽しいね。
「アニル治癒師、本日はまだひとりも新しい患者が来ていないようだ」
昼頃、休憩中にウィーブル院長に教えられた。
「そういえば、昨日、霊園で魔法使いをやっつけましてね」
「魔法使い?」
諸々の事情を話す。霊園に足を運んだ理由。その結果、目にすることになったものを。
「なんということだ……アンデッドの儀式では、往々にして生贄をもちいると聞いたことがある。禍々しい呪術の一種だからね。そうか。わかったぞ。患者たちの衰弱は、その儀式により生命力を奪われた結果だったんだ! 霊園の近くに流行病患者が多かったのがその証拠。治癒師アニル、君はそこまで気づいて、病の根幹を叩きにいったんだね」
えーっと、いいえ?
「素晴らしいよ」
「……それほどでも」
なるほど、そういうことだったのか。なんか関係があるのかなとか、漠然と思っていたけど、説明されるとそんな気がしてくる。ウィーブル院長は博識だ。
2日後。
俺はついに治癒院から解放された。
治癒院に新しい患者が来なくなったためだ。
本当にピタリと止んだ。
十中八九、俺が霊園で倒した魔法使いが流行病と関係していたらしい。なんでもウィーブル院長は此度の事件調査に協力したらしく、実際に現場を見て出した結論だそうだ。
この事件調査を主導したのは、なんでも領主様とのことだ。
本日は褒賞を受け取ることになっている。
なので衛士舎へ出向く。
「すごいね、アニル。衛士舎から褒賞をもらうなんて。なんだか誇らしいよ」
「胸を張ってもらってきな」
デイジーとベラルダに背中を押されて街にでる。
「あ、アニル先生!」
網籠をぶら下げた女の子に話しかけられる。2日前、横乳集中療法を施した子だ。
「アニル先生のおかげでもうすっかり元気になっちゃいました!」
「アニル? お前さんがエロタッチのアニルか」
女の子からババアに連鎖する。
「流行病を止めてくれたっていう。君があの」
近くにいたジジイに連鎖。
「お前さん、治癒院で一生懸命、患者さんの世話をしてくれたようだねえ」
ジジイから新しいババアへ。無限だ。
どんどん人が集まってくる。
フルボルトでグリフォンを退治した時を思い出すな。
通りを歩けば、方々で感心された。俺の活躍はずいぶんと広まっていたらしい。恥ずかしい二つ名とともに。
これだけの人に喜んでもらえる。
慕ってもらえる。褒めてもらえる。
自分がとても立派なことを成し遂げた、そんな気分になれた。やっぱり人に喜んでもらうというのは、とても生きがいを感じることだな。
ベイルボートでは厄介者扱いしかされてこなかった俺がな……。はあ。いい景色だ。
「褒賞金3000シルバー。確かに渡したぞ」
「ありがとうございます、衛士さん」
「お礼を言うのはこちらだ、冒険者アニル。霊園の地下にいた魔法使いだがな、悪名高い闇の屍術師ジャングであると判明した。恐るべき男よ。君が退治してくれなかったら、アルバドンは大変な危機を迎えていたかもしれない。街を守ってくれてありがとう。君はアルバドンの英雄だ」
銀貨30枚。ずっしりとした重みを感じる革袋をポケットにいれた。衛士舎の衛士たちに拍手で称えられ、見送られる。
はあ、なんだか大きな仕事をひとつやり遂げた気分だ。というか、やり遂げたのか。治癒院での過酷な労働から解放されたし、しばらく休めそうだ。シルバーはたんまり稼いだしね。
「ふふふ」
実はですね、俺にはモチベーションがあったんですよ。
報酬につられて始めた治癒院での仕事、それの使い道。
ずばりベッドのマークの店だ。
このアニルさんもアルバドンで暮らし始めてけっこう経ったんでね、もう知ってますよ。冒険者の先輩方が教えてくれましたよ。あの店、えっちなことができるらしいです。お金さえ払えばね。街ならではの文化ですよねぇ。
昼下がり、俺はかつて門前払いされたベッドのマークの店に足を運んだ。
「こんにちは、えっちなことできると聞いてきました」
「このエロガキが。まだ開店準備中だ」
おかしい。
また門前払いされた。
いかつい男に話を聞いてみると、こういう店は夜しかやってないらしい。知らなかったぁ。
失意のなか、俺は踵をかえす。
「あ」
通りでこちらを見ているデイジーと目が合う。
なんかちょっと軽蔑を感じる……あ、あれ、これよくないか。
「ちょ、ちょっと、待ってください、デイジー。俺まだ何もしてないですから!」
「ふーん、まだ、ねえ~」
「この先も予定はないです」
なんで、俺、焦ってるんだろ。いや、焦るか、やっぱり、ちょっと後ろめたいもの。悪いことしてる気になるもの。
デイジーはさっさと行ってしまう。
たぶん買い出しの途中なのだろう。
「おや、君はエロタッチのアニルじゃないか」
デイジーを追いかけようとしたところ、声をかけられた。
そこには美しい女の子が立っていた。紺色のローブに蒼い肌を包み、冬の冷たい夜を思わせる灰色の髪をしっとりと垂らしている。双眸には輝く氷のような銀の輝きがある。
「ああ、ルーナさん」
錬金術師であり発明家の女性だ。以前、依頼を受けた。
「その後どうですか」
「問題はないよ。咳も止まったきりだ」
実は彼女も治癒院に一度やってきた。そこで医療行為を施して、症状が回復した。
「あの時は、恥ずかしかったね。あんなに堂々と撫でたり、揉んだりされるなんて思っていなかったからね」
「そういう魔法なので……すみません」
「まあいいさ。そうだ。街を離れる前に、君の魔力をもう一度、計測させてくれないかい」
「いいですけど……あれ、どこかに行くんですか?」
街を離れる、とな。
「遠方から手紙が届いてね。私の力を必要としている友人のもとにいかなければならないのだ。長旅になる。アルバドンにはしばらく帰ってこない予定なんだ」
「そうなんですか」
寂しい、なんて言葉を告げるほどの仲ではない。なので、俺は淡泊なリアクションにとどめた。
錬金術師ルーナの家にやってきた。
相変わらずゴチャっとしている。
「さーてと、あれからレンズに調整を加えてね。どうかな……相変わらずすさまじい魔力だ」
ルーナはレンズ越しに銀の瞳をパチパチさせる。
「……調子が悪いな。前より魔力がさらに高まってることになる。さすがにそんなわけが……(ブツブツ)」
「どうかしました?」
「んー。ちょっとね」
ルーナは何度かレンズの枚数を調整し、いじったりして、腕を組んでかたまった。そして、何か思い至ったかのようにこちらを見てきた。
「もしかしてだが、前回の測定から今日までの2週間、なにか新しい魔法の鍛錬を開始し、そして完成させたのかね?」
「まあ、新しい魔法は覚えましたよ」
「……………え?」
ルーナは口を半開きにしたまま、しばらく沈黙してしまった。
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