第24話 アルバドンの夜
あれからバサスと一緒に衛士舎という場所に足を運び、霊園の状況を報告した。死体たちは、ひとまず状況証拠としてそのままにしておくことになった。
衛士舎には、アルバドンの治安を守る衛士や、騎士様がいる場所だという。けっこう緊張しながら足を運んだが、立派な鎧に身を包んでいる大男とかはおらず、案外普通のおっさんが出てきて対応してくれた。
それで霊園の魔法使いがいて、十中八九、なんか儀式っぽいことしてたという事実は認められた。明日、衛士舎のほうで詳しく調査するということで、俺とバサスは解放された。
ようやく『灰色の狼亭』に帰れる。
もう街はすっかり静まり返っている。
ここまで遅くなるのは初めてだ。
さすがにもう扉締まってるよな……あ、開いてる。
「アニル、やっと帰ってきた」
「ずいぶん遅いお帰りだね」
カウンターの向こうにベラルダがいた。
そばにはデイジーの姿もある。
酒場のイスはもう全部、机に逆さにされてあがっており、店内はランタンと蝋燭の明かりだけで照らされていた。
「起きててくれたんですか?」
「ふん、なに馬鹿なこと言ってるんだい、この田舎者は」
「ふふ、素直じゃないんだから。ここ最近、ずっと同じ時間に帰ってきてたからね。ベラルダ、すごく気にかけてたんだよ」
「やめな、デイジー。滅多なこと言うんじゃないよ」
意外と心配かけちゃってたのか……まあ、言及したらあの太い腕で引っ張かれそうなので言いませんけど。
「そういうあんただって、アニルのために夜更かししてるじゃないか」
「はあ? べ、別にアニルのためじゃないんだけど」
言って、デイジーはキリッとこっちを睨んでくる。いや、俺じゃなくてベラルダを睨んでくださいよ。
「私がこんな田舎者を心配するわけないでしょ」
「ですよね。いや、わかってますよ。大丈夫です」
期待はあまりしないようにしてるので平気です。デイジーは確かに『灰色の狼亭』で一緒に暮らしてる女の子だし、可愛いし、面倒見も良い。正直、まあ、普通に好きですけど、だからといって、関係値が足りてないことは重々承知だ。
このアニルさんはね、客観視が出来ている。
デイジーとはまだそんなに仲良くなってない。
俺のような冴えない男では、出会って早々、可愛い女の子にモテるなんてない。アニーとの関係は、偶然が運んでくれた奇跡のようなもの。だから、焦らない。
「依頼、これやってきましたよ」
俺は霊園の依頼書をベラルダにかえす。
依頼書にはバサスから評価が『S+』と書かれている。一応、最高評価の『S』を超えているので、この上ない素晴らしい働きだった、みたいな意味合いになる。
「あの気難しい墓守りによほど気に入られたようだね。やるじゃないか」
「追加報酬で銀貨5枚いただきました」
「あのケチな男がねえ。やっぱり、あんたは大した小僧だね」
「『S+』って珍しいの?」
「まあ、普通はないねえ。同じ依頼主のとこ何度も通って、顔見知りになったら御贔屓が入って、なることはあるが」
「へえ。それじゃあ、初めてのとこで『S+』なんてよほどのことしたんだね。すごいじゃん、アニル」
デイジーは頬杖をつき、感心したように言う。手元の小皿から、ジャーキーをつまんで、俺の口元に向けてくる。
「ん。ご褒美」
「ありがとうございます」
この2週間、デイジーはたびたび犬に餌をあげるみたいに、食べ物をつまんで食べさせてくる。たぶん、からかわれているんだ。いつものことだ。
デイジーは俺よりいくつか年上。
なので、俺のことをおもちゃ扱いしてくる節がある。
「はむ。しょっぱくておいひいです」
「指も舐めていいよ」
デイジーは目を細めて言ってくる。
「い、いいですよ」
「本当は舐めたいんでしょ? いいよ、舐めて」
くっ、ここはいつも仕返しにギャフンと言わせるか。本当に舐めちゃうもんねー!
デイジーのほっそりとした白い人差し指と、親指を順番にくわえようとし、冷静になってやめる。ベラルダと目があう。……もう寝よっと。
「げふんげふん。疲れたので寝ます」
「あ、逃げた」
「逃げてないです」
「はい、これ飯」
ベラルダからパンを受け取り、2階にあがる。
俺は自分の部屋に戻り、パンをかじりながらベッドに寝転がった。
2週間。治癒院とかいう牢屋に間違えて足を踏み入れてしまったせいで、ずっと働き詰めの日々だった。デイジーとは、朝と夜、顔を合わせるだけ。かわす言葉も、たいした数はない。もっと仲良くなるためには、治癒院をやめるしかないんだけど……まあ、流行病がこれで収まることを期待するしかないかな。
コンコン。
「アニル、入るよ」
「ん?」
扉が開いた。デイジーが入ってくる。ホカホカのお湯の入った洗面容器を手にしている。毎晩の習慣だ。この2週間、いつもお湯を持って来てくれるのだ。
「いつもありがとうございます」
「まあね。感謝するように」
デイジーはタオルを濡らす。
「拭いてあげよっか」
ドキッとする。
初めての申し出だ。
「悪いですよ」
「いいからいいから。はい、上脱いで」
あれ、本当にしてくれるパターン?
「今夜はなにをしてきたのー? 聞かせてよ」
「あぁ……霊園の地下を墓守りといっしょに見に行って、そこでスケルトンを倒して、見るからに邪悪な魔法使いがいたので──」
俺は今夜の激闘を話した。デイジーは楽しそうに聞いてくれた。俺の身体を拭きながら。腕や脇、背中に触れる細くてしなやかな指先が、皮膚をなぞるたびに、ぞわぞわとしたものが、背筋を駆けていた。反応したら負けだ。平常心平常心。
「すごいね。アニルって。強いんだ」
「まあね。意外とやるんですよ」
「それに優しい」
「優しい?」
「うん。治癒院で流行病を患った人を癒してるじゃん」
「まあ」
「あ、そうだ。市場で聞いたんだけど、エロタッチのアニルって呼ばれてるんでしょ? スケベなマッサージの魔法だとか。あははは」
いらねえ情報まで伝わってた。
「まあね……たはは……」
死ぬほど気まずい。
「私にもやってみてよ」
耳を疑う言葉。
たぶん、挙動不審だったのだろう。
デイジーはおかしそうに笑う。
「すっごい動揺してるじゃん」
「い、いい、いや、してないですけどぉ?」
「アニルって童貞でしょ?」
「は、はん。侮ってもらっちゃ困ります。経験くらいありますよ」
「……へえ、意外」
「モテなさそうって?」
「うん」
「すごく可愛い女の子としたことあるのでっ」
「そうなんだ~意外だな~」
からかうようにデイジーは言い、手をあばらに沿わせて来る。ゾクゾクとして肌が粟立つ。細い指先は遊ぶようにあばらを一本ずつ撫でてくる。
「あ、ちょ、くすぐったい……っ」
「代わりに私がマッサージしてあげよっか?」
これは、えーっと……あれ? もしかして俺のこと本当に好きなんじゃ。いけるのか? これ?
「じゃあ、お願いします」
「……。冗談。本気にしないでよね」
デイジーは温かいタオルを俺の頭に乗せ、サッとベッドから腰をあげた。
「おやすみ、アニル」
「おやすみなさい、デイジー」
んだよ。からかわれていただけか。
はあ。まったく恐ろしい人だ。
今のはさすがに俺のこと好きなのかと思っちゃったよ。
難しいって、やっぱり。
──デイジー視点
居候している『灰色の狼亭』。そこにいきなりやってきて、ベラルダに気に入られて居座ってしまった男の子アニル。たぶん、私より3つか4つ年下の男の子。
あんまり自信がないのか。立ち姿はどこか頼りない。童貞っぽいし。でも、人が良いのは、接していればよくわかる。仕事に一生懸命だし、言葉遣いも田舎者とは思えないくらい丁寧。あと律儀だし。
尊敬できるところもある。要領がすごくよい。酒場でのウェイトレスの仕事なんて、私と同じくらいてきぱき動いちゃうんだもん。魔法使いって話だし、たぶん、才能とかそういうのがあるんだろうね。
そんな彼は、酒場に来て2,3日もしたら、すごく忙しそうにし始めた。なんでも治癒院で流行病と戦ってるらしい。スケベなマッサージで。
面白いネタだ。いつもみたいにからかってやろう。そう思って言ってみた。童貞アニルはきっと動揺するに違いない。案の定、かなり焦ってた。反応が可愛くて、背中がぞわぞわとした。
「アニルって童貞でしょ?」
「は、はん。侮ってもらっちゃ困ります。経験くらいありますよ」
「……へえ、意外」
「モテなさそうって?」
「うん」
「すごく可愛い女の子としたことあるのでっ」
「そうなんだ~意外だな~」
生意気。童貞じゃないなんて。この感じで!?
しかも可愛い女の子と? そんなわけない。
絶対に盛ってる。
アニルも男の子だね。
こんなところで嘘をつくなんて。
でも残念。このデイジーお姉さんにはわかっちゃうんです。
アニルは童貞。これは間違いないと思う。
なぜなら顔が童貞だから。
そうとしか言いようがない。
でも、もし童貞じゃなかったら?
……なんか、うーん。それはちょっと嫌だな。
解釈違いだよ。アニルは童貞じゃないと。
私は確かめたくなった。
「代わりに私がマッサージしてあげよっか?」
「じゃあ、お願いします」
アニルのやつ、なんか動揺せず、普通に受け入れちゃった。
え、ちょっと待って、このマッサージって、もしかしてそういう意味になっちゃうのかな? まずい。心の準備が……。
「……。冗談。本気にしないでよね」
気づけば、私は逃げていた。
部屋を出て、胸の上に手を置いた。
心臓がバクバクとしている。
「アニルのくせに……(小声)」
負けた気がした。童貞に。
悔しくてこの夜は眠れなかった。




