第22話 屍術師 ジャング
アルバドン。いにしえの戦の地。
ここは死の気が色濃い。
だが今は、乾いた泥のようで、すっかり勢いを失ってしまっている。我々、屍術師が施してやらねば、この宝は埋もれたままだろう。
屍術の奥義、ここでじっくりと鍛錬させてもらおう。
そして、私は、戻るのだ。
あの暗い穴の底にな。
しかし、最近はどうも儀式の進行が遅い。
大地の死の瘴気を活性化させ、生者たちの生命力を低下させる。この土地の生と死のバランスを崩し、死へ偏らせる。その算段を邪魔している者がいる。
街で聞き込みをしたところ、流行病として運ばれた者たちを癒せる魔法使いが現れたらしい。名をエロタッチのアニル。なんて恥ずかしい名前の男なのか。最近、アルバドンにやってきた田舎者とのことだ。
治癒院に突然、現れて以来、生命力を削られ、歩けなくなった者を片っ端から癒して回っているという。恐らくは生命の源により、死の瘴気を一時的に妨害しているのだろう。
その魔法の威力もさることながら、驚異的な魔力にも驚かされる。一体どれだけの人数に魔法を施しているのやら。とうに枯れてもおかしくないはずなのに。
忌々しい魔法使いだ。
幸い、我々に直接関与してはこない。
だが、そろそろ目障りだ。
奴がいては儀式に支障がでる。
始末するほかないだろう。目立たずにな。
「こんばんは、そこで何をしているのか伺ってもいいですか」
頭の悪そうな声が頭上から降ってくる。視線をやれば、そこに小僧がいた。剣と松明を手にしている。風貌からすれば、騎士といった感じではない。大方、冒険者あたりだろう。
ふふ、迷い込んだか。
「お前、名前は?」
「俺の名前より、あんたの名前を聞きたいけど」
「私はジャング。魔法使いジャングだ」
「じゃあ、俺はアニル。魔法剣士アニルだ」
「聞いたこともない名前だな」
「エロタッチのアニルとも呼ばれてる」
「ッ!!?」
エロタッチのアニル!
こいつがエロタッチのアニルか!
腹の底から怒りの炎が再燃する。
ツキが回って来た。ノコノコと現れおった!
「恥ずかしい二つ名だな!」
「そんなのわかってる。いちいち言うな」
「お前のせいでずいぶんとこちらは迷惑を被っているんだ」
「俺、何かしたかよ、あんたに」
「シラを切りおって。まあよい」
ローブの袖をまくり、前腕に儀式用短剣で傷をつける。
「蘇れ、屍共よ──『不死者の呼び声』!」
滴る血が黒い霧となり、周囲の屍に絡まる。
屍がゆっくりと起き上がり、錆びた剣を片手に恥ずかしい二つ名を誇っているエロガキを睨んだ。その数は全部で3体。
私は蒼い炎が作り出すサークルの内側で、腰裏に手を当てる。エロタッチのアニルは目を丸くし、驚いた表情で凝視してきていた。ふふふ、いい顔だ。
「驚いたかね、これこそ生命と死の輪廻に干渉する究極の魔法、屍術だ」
「アンデッドを生み出せるのか」
「左様! 私ほどの屍術師になれば、どんな死体にでも再び生命の灯火をともすことができる。エロタッチのアニル。貴様だけは許さん」
「なんで俺そんなに恨まれてんだよ……」
「ゆけ、屍どもよ! 憎き田舎者に本物の魔法の力を刻み込んでやれ!」
3体のアンデッドが走り出した。
田舎者は松明を放り捨て、両手で剣を握り、応戦する。
屍たちには、生前の肉体の記憶が宿っている。ここにいるのは戦死者の死体ばかり。剣の扱いは得意。
一方で相手は、剣を持っているだけの田舎者。牛や羊、畑の世話しかしたことのない子供が剣士を気取ったところでなにができるわけもない。
……っと、思っていたが、やたら達者に動く。
3体のゾンビでは、仕留めきれそうにない。あ、1体やられた。くそ。
「ええい、なにをしている! 『不死者の呼び声』!」
さらに3体追加。戦いとは数よ。田舎者め、手こずらせおって。
「切り裂け──『鷲獅子の風刃』」
田舎者が剣を振るうと、土を巻き込んだ風がゾンビの胴体を切り裂いた。腐った体液が噴出し、壁と床を汚す。
このガキ……!? 卑猥な回復魔法のほかにも術を!?
なんで最近田舎から出てきたばかりのガキが、複数の魔法を覚えているんだ!
ええい、こいつの正体を突き止めるのはあとだ。
今は数で潰す!
「『不死者の呼び声』!
『不死者の呼び声』ォ!
『不死者の呼び声』ォオ!」
地下霊園のあちこちから屍たちが湧き出した。
白骨死体はスケルトンに、腐肉が残ってる者はゾンビに。
その数はあっという間に30匹を超える。
しかし、さすがに疲れてきた。
血を使いすぎた。
「火の悪魔よ、宿れ──『魔女の燃える剣』」
田舎者が剣で手のひらを傷つけると、赤き豪炎が溢れ出した。
第三の魔法、だと……!?
ありえん、ありえん、ありえんッ!
それにあれは!! 炎!
『火山』の呪術!
なぜこんな田舎者のガキが!!?
「燃やし尽くせ──『魔女の焼尽旋風』」
田舎者は言霊で魔力を研ぎ澄まし、一息に放った。恐らくは先ほどの風で斬る魔法との併用。無数の炎の刃が広範囲に拡散し、屍の群れに降り注ぐ。
燃える風の刃は、屍に当たると炎上し、腐肉を焼き尽くしてしまう。
ただ一撃で半数以上のスケルトンとゾンビが息絶えた。
なんという攻撃能力!
なんという魔力!
魔法使いとしての格は、あの田舎者がずっと上……!!
屈辱的な事実を認めざるを得ない。
「おのれ、やるではないか……だがッ! ここでは私が強い!
── 『不死者の呼び声』!」
さらに屍を召喚する。
確かに特別な魔法使いなのだろう。
だがな、それでも数の暴力は有効!
「こんな感じか? ──『不死者の呼び声』」
「……は?」
田舎者は熱の残る剣を握りしめ、血を周囲へ放った。すると、血は霧状になり、私が操るゾンビ数匹に纏わりついた。
「ゔあ、ァァあ、あ!」
ゾンビたちが互いを攻撃し始める。
使役者が、か、書き換わった……ッ。
「あり、ありえない……ありえない……」
第四の魔法……それだけでも、信じられない。
だというのに、この田舎者、私の魔法を……。
元から使えたのか? いいや、そんなわけがない。
では、どういうことになる? どういうことになるというんだ、ジャング!
この田舎者は、九分九厘、今、使えるようになったんだ!
信じられん。
なんていう潜在能力……ッ。
田舎者、いや、魔法剣士アニル、これほどか……!
「くそぉぉぉぉおお!
『不死者の呼び声』!
『不死者の呼び声』ォ!
『不死者の呼び声』ォオ!」
「いいな、それ。俺もやろっと。
『不死者の呼び声』『不死者の呼び声』『不死者の呼び声』」
「やめろ、マネをするんじゃあない!!!」




