第21話 霊園の調査
治癒院での仕事が終わったのは、夕暮れ前のことだった。アルバドンという場所は、ベイルボートやリムなどの馴染みのある村とは違って、夜も人々が活動している。
村の生活は太陽とともにある。
陽の昇りに始まり、陽が落ちれば1日が終わる。
そういうシンプルさが、アルバドンにはない。
そこら中の家に、陽が沈んだあとも明かりがついているのだ。なので通りもけっこう明るくて、うろつくことができてしまう。
冒険者ギルドが設置されている酒場『灰色の狼亭』も、かなり遅くまで営業している。デイジーはずっと働いていて、営業が終われば、酒場の2階で死んだように眠る。ベラルダはいつ寝てるのかわからない。
「こんばんは、依頼を受けた冒険者のアニルです」
窓の内側の明かりが照らす通りを抜けて、霊園にやってきた。
「ははあ、なんだ、ガキが来やがったか。もっと頼りになる奴がよかったんだが」
話しかけた霊園の管理人っぽい男は、露骨に嫌そうな顔をする。汚れた身なりの男だ。大きなスコップを杖のように持って、体重を預けて立つ。墓守りだろうな。
「若い冒険者ってのはたくさんいるが、たいていはろくでもない。仕事もできやしねえのに、一人前ぶって、迷惑ばかりかけて、そのたびにベラルダにケツを拭いてもらう。そうやって、いずれアルバドンにいられなくなって、街の外で野盗に身を堕とすんだ。馬鹿で何もできない田舎者はおとなしく村にひっこんでりゃいいんだ」
言いたい放題です。
アニル、傷つきます。
でも、俺だって頑張ってるんだ。
大きな失敗はしてないと思う。
「こほん、お言葉ですが、俺は有能ですよ」
「有能は自分のことを有能とは言わない」
「冒険者アニルって言ったら、今はけっこう尊敬されてると思うんですけどね」
「知らん。聞いたこともない」
「それじゃあ、これは聞いたことありますか──エロタッチのアニル」
「ッ!!」
墓守りの表情が変わりましたねぇ……。
「お、お、お前が、そうか、お前がエロタッチのアニル!! 病に倒れた近所の奴らがよく言ってるぞ!! いやらしい手つきで股の間や、乳を揉まれて『あのガキ死ねよ』と思ってから数日後、コロっと調子がよくなるって!」
やっぱり、患者の皆さんにあのガキ死ねくらいは思われてるのか。つら。でも、最終的な評価は一応、命の恩人ってことでV字回復してるから良いよね……?
「巷では救世主だのと言われているが……そうか、お前さんが。いや、悪かった、お前ほどの善人をあしざまに言って。エロタッチのアニル」
「これからは冒険者アニル、魔法剣士アニルとかで覚えてくれると嬉しいです」
「エロタッチのアニル」
言うこと聞かねえじじいだな。
「俺の名前は墓守りのバサス。俺の親父も墓守りだったし、おじいちゃんも墓守りだった。当然、息子も墓守りだ」
「はあ、そうですか。で、異音というのは?」
俺は依頼書を指でパチンと叩きながらたずねる。
バサスは銀貨2枚を、俺の手に落としながら「こっちに来い」と言って、スコップを担いで歩き出した。
「アルバドンの成り立ちについて少し話そう。ここの始まりは、古代の戦争の駐屯地だったという。戦争が長引いて、駐留する兵士たちの集落ができた。やがて人が住み着き、大きくなり、そうやって街ができた」
へー、そういう感じで街できるんだ。
「まあ、そんなもんだから死者との縁が深くてな。この土地には、昔の戦争で死んだ者たちが、埋まりまくってる。ここの霊園のほかに、あっちにデカい地下墳墓もあるくらいだ。もっぱらそっちはいにしえの戦争の死者をまとめて埋めた場所らしい」
墓守りのバサスは足を止めた。
地下へと続く穴の前で。木の扉はすでに開かれている。
両開き扉の奥、階段が暗闇の底へ続いている。バサスは穴の入り口付近に置かれている松明のそばで、火打ち石で火花を起こす。油かなにかをしみこませた布を巻いてあるのだろう。すぐに火がついた。
「ここは?」
「普段は封じている穴だ」
「それはなぜ?」
「怖いからな。あと危ない」
「……」
「でも、たまには調べておかないとな。んで、行ってみたら案の定だ。異音がしたところまで案内する。もしかしたら怪物がいるかもしれない」
「過去に出たことが?」
「ある」
「なるほど」
「こういった場所は、アンデッドが湧くんだ。湧かないように日々、浄化はしてるんだが、それでも区画がデカいとどうしてもな」
スコップを武器のように担ぐバサスとともに、俺たちは穴の底へ降りていった。俺とバサス、ふたりとも松明を片手に掲げ、闇を切り裂いていく。
古びた石の支柱で固定された地下霊園。ひんやりとしていて、意外と快適だ。
「あ」
バサスは足を止めた。
普通に白い骨が立っていた。
何をするでもなく、棒立ちだ。
「エロタッチのアニル!」
バサスが叫ぶ。
俺はすでに松明を放り捨て、両手で剣を振りかぶっていた。
力一杯にぶん殴って、頭蓋骨を吹っ飛ばす。
斬り返しで、腰のあたりを強打し、上半身と下半身を砕き分けた。
「はい、討伐完了」
初めて見る怪物だけど、怖くはなかった。
アルバドンに来てから治癒院とかいう監獄にうっかり足を踏み入れてしまったが、それでもベラルダのところに住んでいると、冒険者たちと交流する機会がある。兄貴分の彼らは、俺にいろいろ教えてくれるんだ。たいていは自慢話だが、それらは、物を知らない俺にとってとても面白いものだ。
スケルトンは弱い。
そんな話も聞いていた。
なのでビビらずいけた。
「良い手際だな……怪物が怖くないのか?」
「ああ、まあ。もっと大きいのと戦ったことあるので」
グリフォンと比べればね。
こんなのただの骨っしょ。
「終わりですか?」
「いや、一応、まだ奥のほうを見て欲しい。異音がするのはそっちのほうなんだ」
バサスの案内で、さらに奥に進む。
涼しさがだんだんと寒気に変わる。
そして、煙臭さが濃くなっていく。
なにか燃えているのか? この先で?
階段を降りていくと、松明の揺れる火が、暗闇の先に異様な光景を映し出した。
広々とした穴の底で、蒼い炎が円陣を象っていた。
その中心で、黒いローブに身を包んだ人影が、両手を掲げて揺れている。
霊園でなにか流行病の原因が見つかるかもと思っていたけど、俺の予想、意外と当たってたかも。
「バサスさん、下がってたほうが良いかも」
言って振り返る。
バサスは俺の後方10mで怯えた顔をしていた。
危機感◎。さて、ひとまずあの怪しげな奴にお話を伺いましょうか。




