第18話 錬金術師の発明品
窓を開けると、冷たい朝露がアルバドンに降りていた。
通りにはチラホラと人影があるが、昼間のような賑々しい感じはない。
街が寝ぼけ眼をこすっている。
ベラルダの酒場『灰色の狼亭』の2階で、一晩を過ごした。ベッドは少し硬かったけど、干し草で眠るよりはずっと良かった。
「アニル、入るよー」
扉をノックされ、返事する前に開かれる。
昨晩と違って地味な服装のデイジーが、タオルと水桶を持ってきた。
「はいこれ」
「どうも。助かります」
「ベラルダ、けっこうあんたのこと気に入ってるみたいだよ。頑張ってね」
デイジーは言って、ヒラヒラと手を振って行ってしまった。
タオルと水で顔と体を拭いて、いざ下におりる。
酒場の机には、椅子が逆さにしてあがっていた。
まだ営業はしていないらしい。
だが、一部、椅子が降りている場所がある。
そこには武装をした男たちが、頭を突き合わせて、机に広げられた紙を指さしたり、銀貨の山を手で分けたりと忙しそうにしている。
「アニル、こっちにきな」
ベラルダに手招きされ、走って向かう。
「おはようございます、ベラルダさん」
「うん。良い返事だ。それにテキパキしてるのも良い。ちんたら歩いてこようものなら追い出しているところだったよ」
まじかよ。
「夕方までは、酒場は営業してない。明るい時間は、冒険者のための打ち合わせ場所を提供しているくらいだ」
ベラルダは、机で何やら話し合っている冒険者たちを指差す。
「あいつらはベテランだ。ひとつ隣の村からきた怪物討伐の依頼に当たろうとしてる」
「怪物退治! 俺もいけます!」
「私がいかせない」
ベラルダがギロっと睨んでくる。
はい、すみませんでした。
でしゃばるのやめます。
「依頼の9割はアバルドンの内側だ。あれは特例。お前さんには、あたしの信用を貸してやる。いま信用ゼロのあんたに任せられるのは、ここら辺の仕事だけだ」
ベラルダが見せてくれた依頼書一覧を吟味する。
報酬はどれも、銀貨1〜3枚くらい。
庭掃除、猫探し、皿洗い、荷物運びなど。
言っちゃ悪いが、あんまりそそられない仕事だ。
いや、まあ、こういう依頼こそ大事なんだけど。
「ん?」
依頼書のなかに気になるものがあった。
「これ、いいですか?」
「ん? こいつは魔法使い限定の仕事だよ」
「俺、魔法使いなんですよ」
「え? そうなのかい?」
ベラルダは目をすっかり丸くする。
「そいつは……凄い才能じゃないか、アニル。どんなことができるんだい」
「炎とか、風とか、あとエロタッ……回復系の魔法とか使えます」
「お前さん、もしかしてあたしが思ってるより凄い奴なのかい?」
「ふふ、まあね! フルボルトでは英雄と呼ばれていたんでね!」
アニルユーモアチャンス!
「さっさと仕事に行きな」
冷たく返された。
一度もウケんのだが、
俺はベラルダの導きにしたがって、依頼書を片手に酒場を出た。
ベラルダの話では、変わり者の錬金術師が依頼人だという。アバルドンでは、そこそこ有名人らしい。おもに変人として。
依頼内容は、発明品の効果検証となっている。
なんでも立っているだけでいいらしい。
それで銀貨2枚もらえる。
こんなにお得な依頼ないですよ。
とても5分の1グリフォンの仕事とは思えません。
「ここか」
言われた家にやってきた。
目印は立ち上る緑の煙。
このやばそうな家に入らないといけないのかよ。帰ろっかな。
「はあ。行くか」
少し不安になりつつ、ドアをノックする。
「コンコンコン、依頼の件で──」
扉が勢いよく開いた。顔を強打しながら、俺は後退する。痛いです。
「あぁ! 鼻がぁあ……!?」
「ベラルダのところのだね? よく来たね、さあ、はやく入りたまへ。げほげほっ」
顔を出したのは、紺色のローブに身を包んだ美しい女だった。蒼い肌、冬の冷たい夜を思わせる灰色の髪。輝く氷のような銀の瞳。思わず見惚れてしまう。それはそれとして鼻は痛いけど、こんな可愛いなら許してやらないこともないです。
「お邪魔します。あの、俺の鼻、大丈夫ですかね?」
「ああ、特に問題はないよ。さして形はよくないがね。けほけほ」
なら平常か。
鼻を押さえながら、中に通される。
「私はルーナ。錬金術師だ。君は?」
「アニルです。冒険者でして。あと、魔法剣士と名乗ってもいます」
自分で名乗ったわけじゃないが、フルボルトでそう呼ばれるようになったので、そういうことにしておいた。なぜならただの魔法使いより、響きがかっこいいから。
「ほう! それはいい。君は剣術も魔法も、いずれにも秀でているというわけか!」
「まあ一応」
「ささ、そこで待っていてくれたまへ。君は4番目だからね」
言って錬金術師ルーナは、俺を部屋の隅に立たせた。
部屋のなかには、すでに3人いた。
皆、魔法使い、ということなのだろうか。
見た目からはぱっと見わからない。
「さて、十分な被験者が集まった。実験を始めよう。ああ、なに、みんなそこに立ってくれているだけでいいんだ。順番に見ていくからね」
ルーナは紐で灰色の髪を後ろでたばねた。
そでをまくり、珍妙な装置を手に持つ。
「おほん。んっん。これは魔力測定鏡といってね。才能を発掘するための魔導具だ。このレンズを通して人間を見ると、そのものの魔力を視覚化できるんだ」
俺を含めた被験者4人が「おお」と声をあげる。
「魔力を持つ者とそうでない者を見分けるだけでなく、魔法使いの魔力の強さの差異を見ることもできてね。例えば君、完成された魔法を持っていないね」
ルーナはレンズ越しに被験者のひとりを見つめて、ニヤリと笑む。
「あ、はい。私はまだ師匠のもとで練習中でして……」
「ふむふむ。修行開始から半年以内といったところかな? けほっけほ」
「すごい、まさにそれくらいです」
「ありがとう。貴重なデータが取れたよ」
ルーナは羽ペンで、羊皮紙に走り書きする。
つーか、今の聞き捨てならないな。
なに、魔法って覚えるのに普通、半年とかかけるもんなの?
「そっちの君は……おお、素晴らしい。錬成された魔力だ。君はすでに魔法を完成させた魔法使いと見える」
ルーナは二人目の被験者に質問をし、頷きながらメモを取る。
レンズ越しの蒼い瞳が、俺の隣の男を見る。金髪の背の高い男を。こいつだけ服装がやたら良い。どこかのお金持ちなのだろうか。
「っ、これは! 君は大きな才能を持つ魔法使いなのだね」
「ふふふ、いかにも。さすがは錬金術師ルーナ。僕の才能は隠せないようだ」
言って、金髪のどこか高貴な顔立ちの男は、前髪を指で払う。
「僕は家はやや裕福でねえ。父の勧めで、竜の学院で3年にわたり厳しい修行を積み、魔法を学んできたのさ。そして、2つの魔法を収め、アルバドンに持ち帰った」
「ほう、素晴らしい。生涯で2種の魔法の習得をなせる魔法使いは指折りだ。君はいくつだね?」
「ふふ、こう見えてまだ25でね。来年には竜の学院に戻る予定さ。僕の才能はアルバドンで腐らせるには惜しいと、教授が推薦状を送ってくれてね」
「あの、すみません。使える魔法の種類が、魔力に影響を及ぼすんですか?」
俺は恐る恐る話に割って入り、ルーナに聞いてみた。ルーナは忙しそうに羽ペンを動かしながら答えてくれる。
「いかにも、その通りだ、アニル! 私は長年の研究を通して、魔力の正体を紐解きつつある。魔力魔法の才能は、先天的な部位で測ることが難しい。その差は、魔法修練のなかでのみ顕著に現れるのだ。習得した魔法の数が、術者の魔力の練度の進行度そのものであり、その数はわかりやすく魔力の強さとして現れるのだよ」
難しいけど、なんとなくわかった。勝手に魔力の強さが、魔法の練度、覚えられる数に影響を及ぼすと思ってたけど……逆だったのか。魔法修練を通した結果、魔力が鍛えられるんだ。
「んにゃあ!?」
ルーナが変な声を出した。
気づけばレンズがこっちに向いていた。
「ば、バカな、そんなこと……っ、いや、落ち着け、私、これはレンズの故障……」
ぶつくさとつぶやくルーナは、眉間を指で揉み、瞼を閉じて、再びレンズに向かう。そして「見間違いじゃない……」とこぼす。
「……アニル、君はずいぶん若く見えるが。いったいいくつなのかな」
「14です」
「……ありえるのか? うーん」
ルーナは首をかしげ、肘を抱く。
眉根をひそめ、真剣な表情でレンズを見つめている。
被験者たちもざわついて落ち着きがない。
「端的に言って、君の魔力はあまりにも強すぎる。異常値だ」
「異常値?」
「これがレンズの故障でなければ……君は完成された魔法9つ相当の魔力を保有していることになるのだが、いかがだろうか」
静まり返る室内。
ルーナは顎に手を添え、至って真面目に聞いてきた。
隣の被験者たちが青ざめた顔でこちらを見てきた。




