第16話 魔法剣士の噂
ホークに辿り着いた俺は、そこで馬飼いのジャスパーに別れを告げた。
聞いた通り大きな村だった。人口がどれくらいいるかはわからないが、フルボルトよりも家の数が多いのはひと目でわかった。
さて、ここで次なる村ミストへの足掛かりを見つけたいところです。話によれば、一夜は越さないと、ミストには着けないらしいのでね。
野宿が確定しているわけです。仲間のいない野宿は厳しいと、ベイルボートを出て1日で思い知ったので、同行者をどうしても見つけたいのです。
「さて、どこから当たるかぁ」
ポテト畑を横目に歩く。
ジャスパーに村長の家の場所は教えてもらったので、ひとまずそこを目指すことにした。
「ん?」
大きな家の前に、豪華な馬車が止まっていた。
明るい茶色の木目が綺麗な車体、赤い垂れ幕と文様が備わっている。
そんな馬車のほかにも、大きな荷馬車が、10台ほどずらっと並び、荷台には布や樽などが敷き詰められている。
これは……徴税官の隊列だ。
ベイルボートにも来ていたのでわかる。
村々を回って税を回収しているんだ。
俺は絡まれないように、ちいさくなりながら横を通り過ぎる。隊列の護衛たちがジロジロと見てくる。みんな剣を腰にさげている。恐すぎる。
村の生活では、あんなに珍しかった剣という代物がこんなにもあるんだから、不思議な気分だ。
「ん」
村長の家から紺色の礼服をきた男が出てくる。
見たことあるぅ。徴税官だ。
その隣、見るも見事な板金鎧に身を包んだ大男が目を引いた。
たぶん、騎士だろう。
ああいう鎧を着てる人は、限られてる。
徴税官と隊列を守る護衛たちのリーダーだ。
ふと、目が合った。
俺は視線を逸らし、そそくさと村長宅を離れた。
────
ホークを出発し、次の村を目指す。
「次はどこだ、アッシュ」
「フルボルトです、クーブッシュ様」
従騎士のアッシュは、地図を見ながらいう。
徴税の仕事は、けっこう大変だ。
親父から直接頼まれちゃ、断るわけにもいかない。
つまらない村から村へ移動して、街に戻る1カ月の日程。
冬の税を回収するのに必要とはいえ、なかなかしんどいぜ。
最近は、いずれは次男坊である俺の領地になる、かもしれない場所ということで、モチベーションを新たにすることで乗り越える術を手に入れた。
自分の領地。
見て回るのも悪くない。
そう思えば退屈も有意義に感じるものさ。
フルボルトに到着し、隊列が村長の家の前にずらりと並ぶ。
徴税官や作業員が仕事をしている間、護衛役は手隙になる。
俺はアッシュを連れて、村のあちこちを回ることにした。
女を漁る。それが退屈な徴税回りの唯一の楽しみなんだからな。
「一番の美人って言ったら、向こうに住んでるアニーって子だよ」
「ありがとう、マダム」
「でもね、騎士様、しっかり心づけはあげてくださいよ。アニーはまだ若いんですからね?」
「もちろん、もちろん。安心しなすって。クーブッシュ・エルドランドの名にかけて、恥になるような行いはしないと誓おう」
騎士の立場を使えば、村娘ひとりを手籠めにするのなんざ簡単だ。腕力的にも、身分的にも。だが、それはエルドランド家の騎士道に反する行いだ。
心づけってのは、懐の豊かな騎士から、村民への贈物。これがあればひとまずはトラブルは起きない。納得もしてもらえる。
「こんこん。こんにちは」
言われた家を訪ねると、確かに綺麗な娘が出てきた。なんなら母親のほうも全然ありだ。
「え、き、騎士様ですか?」
「徴税の時期ですよ」
「あ、なるほど、それで……」
母親は頬に手を当て、居間の奥で糸仕事をしている娘を見やる。
「えっと、娘に御用ですかね?」
「まあ、ちょっとね」
俺は金貨を指でいじりながら、にこやかに言った。
奥の部屋に移動し、ベッドに腰掛ける
「アニーっていうんだって? 可愛いねえ。すごく髪が綺麗だ」
ベッドに腰掛けるアニーは、緊張した面持ちで肩を強張らせていた。
「あ、ありがとうございます、騎士様……」
「君なら街へ出ても、引く手数多だろうね」
手を取ってみる。震えている。
うーん。怖がらせちゃってるかぁ。
「あ、あの……すみません、やっぱり……できないです」
アニーは肩を落とし、涙声を絞り出す。
まあ、しゃーないか。
俺は金貨をポケットにしまう。
心づけありきでもやりたくないというのなら、無理にはできん。
「悪かったね、お嬢さん。さあ、顔をあげて。何もしないよ」
「うぅ、ご、ごめんなさい、ごめんなさい……」
そっとしておくことにした。
居間に移動すると、緊張した様子の母親の姿があった。
「あ、あれ? もうよろしいのですか?」
「いやあ、まあね。あんまり乗り気じゃないみたいで」
にへらと笑いながら言う。
騎士として、対価まで用意したのに、断られたというのは、まあ、名誉を傷つけられたわけで、人によっては逆上するところだが……このクーブッシュ・エルドランドはそうしない。
「どうかな、俺、けっこうカッコいいと思うんだけど」
「ええ! それはもちろん、とってもハンサムですよ」
「だよねえ。……なんでかな? 歳上嫌いとか?」
ちょっと声を潜めながら、母親にたずねる。
「あぁ……その、あの子、つい先日、失恋しまして。きっとその男の子のことが忘れられないんだと思います」
「あー、失恋。なるほど、それは間が悪かったな。その子は、俺よりハンサムなんで?」
「いえ、さほど顔は……でも、すごい子でした。旅の冒険者でしてね。魔法を使うんです。それで、この前なんて、山のように大きなグリフォンを倒して、この村を守ってくれたんですよ!」
そう語る母親の声は興奮のあまり大きくなっていた。
冒険者、魔法使い、山のように大きなグリフォン?
ほほう。
面白いことを聞いたな。
「そのグリフォンはいずこに?」
「えっと、私はちょっと。でも、知ってる人なら!」
「いいねえ。教えて」
俺はアニーのほうへ顔を出し「気が変わったら声かけてね」と手を振り、家をあとにした。
「あんたがウィテカーかい?」
「っ、徴税の護衛ですか?」
「いかにも。で、あんたがウィテカー?」
「あ、はい。俺がウィテカーです」
「山のように大きなグリフォン、見たいんだけど」
彼はどうやら膝が悪いらしいので、狩人たちに案内を頼むことにした。
そして、森の中に入った。
「確かこの辺に……あ、あれです! 騎士様!」
「んん? ──ほう」
深い木々の奥、それは横たわっていた。
眉唾だと思っていた。こういうのは尾ひれがつくもんなんだ。
だが、違った。
辺り一帯が黒く焦げ付いている。
その中心に焼け死んだらしきグリフォンが横たわっている。
「クーブッシュ様、これは……っ」
従騎士のアッシュは、驚きに声をあげた。
「アッシュ、近づくなよ」
剣を抜いて、その切っ先で焦げたグリフォンをつつく。
死んでるね。完全に。よし。
「近づいていいぞ」
「凄まじい怪物ですね、クーブッシュ様!」
「ああ、初めて見るサイズだ。こんなのがいるのか、田舎は。怖いねえ」
そして、それを殺すに足る魔法……。
それを使う魔法使い……。
とてつもない破壊力の魔法が炸裂したのだろうな。
それに聞いたところ、山に入って、その日のうちに帰ってきたとか。仕事が早いこと。やるねえ。かなりの腕利きだ。
「これを殺したのが、誰だって?」
「ベイルボートのアニルです。まだ若い男でして。たしかちょっと前にホークに旅立ったとか」
「ホーク……ね」
ふと、頭をよぎった。
村長宅で徴税官が仕事を終えて出た時、隊列の傍を怪しげな少年がうろついていた。一瞥をくれてやっただけで、そそくさ離れていったが……もしかして、あいつが、ベイルボートのアニルだったのか……? いや、確証はないが。
退屈な徴税巡りだとばかり思っていたが……魔法剣士アニル。存外、面白いやつを見つけたかもしれない。




