第15話 フルボルトの英雄
アニルです。
どうにか五体満足で倒すことができました。
えー、死ぬかと思いました。
「はあ~、よかったぁ」
「アニル、大丈夫か?」
ウィテカーが剣を片手に歩いてくる。
「まあ、なんとか?」
「グリフォンの魔法を速攻でものにしちまうなんて。それにあの飛び出した禍々しい炎! ありゃあなんだったんだ?」
「剣に炎を纏わせる魔法と、風を刃として斬り放つ魔法、ふたつを組み合わせてみたら良い感じだったんですよ」
「なるほど……いやはや、凄まじい戦いだった。マジでさ。酒場で語り聞かされたどんな自慢話よりもすごかったぜ」
「大絶賛じゃないですか」
「当然だろ。こんなデカい怪物をひとりでやっつけちまったんだぜ」
「ウィテカーさんが後ろ脚を斬ってくれてたので、ずいぶん移動能力を失ってましたよ。僕たちが倒したんです」
「ガキの癖に謙虚なふりをするなよ」
「じゃあ……まあ、俺の手柄ですかね!!」
アニルユーモア発動。
「そうだ。お前が倒したんだ」
真面目に返されると困る。
俺はまじまじと黒焦げになった巨大な死体を見つめる。
これ……俺が倒したのか。
意外とやるじゃん。
あの人に会った時、語れる武勇伝がひとつ増えたかな。
その後、俺たちはひどく怪我をした狩人たちに肩を貸して、フルボルトに戻った。
森の怪物がどれだけデカかったのかを、両手を広げて語り聞かせると、皆、ずいぶんと驚いてくれた。それを倒したのは、ベイルボートのアニル。グリフォンとセットで語られる自分の名前を聞いていると、とても誇らしい気分であった。
「見事だ。魔法剣士アニルよ。 君はフルボルトの英雄だ」
「依頼をこなしたまでのことですよ、ふふ」
澄まして応じるのが楽しい。
村長は貨幣を俺にくれた。
シルバーと呼ばれるこのコインは、街で使える代物とのことだ。
あるいは行商人などと取引できるらしい。
都のほうでは、もっぱらこのコインで様々な取引をしているのだとか。
村での生活では無縁のものだったが、存在自体は聞いたことがあったので、ありがたく受け取った。正直、パンとか肉とか、布とか糸のほうが価値がわかりやすいのだが、そうした物は持ち歩ける量に限りがある。
その点、コインは手軽だ。この銀貨1枚、100シルバーで3日は腹いっぱいにご飯を食べられるほどだという。すごい話だ。3日も腹いっぱいになる食糧を持ち歩くのは大変なことだからな。
村長から貰った報酬は、1000シルバー。
それが多いのか、少ないのかはわからないが、ざっと計算した限りでは、めっちゃ貰えてる気がする。
俺の名前はすぐにフルボルト中に広がった。村を歩けば方々から「あんたがアニルかい? ありがとうね!」とか「これを持っていきな!」と食べ物を渡されたりした。
カバンに早々に入りきらなくなったので、多くをアニーの家に寄付することになった。アニーとアニーママは、そのお礼に俺の服を直してくれた。
グリフォンとの戦いで、すっかりボロボロになってしまったので、これはありがたい申し出だった。
そんなこんな英雄として過ごして7日あまりが過ぎた。
俺の装備はすっかり修繕されていた。
今日はフルボルトの馬飼いジャスパーが、隣の村、ホークへ荷馬車を出してくれることになっている。つまるところ、今日、俺はここを旅立つ。
この1週間を過ごした家で、朝のスープをいただく。
山羊の乳を使った甘じょっぱいミルクスープだ。
「アニル、これ」
食事中、アニーはポケットからグローブを取り出した。
革製のそれは、手のひら側が空いており、主に手の甲と指を守ってくれる代物だ。俺が魔法を使用しても、これなら破けることはない。
「作ってくれたの?」
「うん。こういうのあったほうがいいって、ウィテカーさんが言ってから」
「ありがとう、アニー。大事に使うよ」
「……うん。そうして」
まだ朝の寒さが残る時間、俺は家を出た。
腰に剣を差し、カバンを背負って。
隣をアニーが歩いている。
「……」
「……」
沈黙が続いた。
やがてジャスパーのところに辿り着いた。
すでに馬と荷馬車は用意されていた。
「ねえ、アニル」
「ん?」
「……いや、なんでもない! ホークってどんな場所なんだろうね?」
「人が多いな、フルボルトよりも。あとポテトをいっぱい育ててる」
アニーの質問に、ジャスパーが答える。
アニーはムッとして、ちいさくため息をついた。
どうしますかね。
まあ、俺もいろいろ悩んだけど、結局こうすることにしたんです。
俺はやはり、まだ見ぬものを求めているらしい。
グリフォンとの戦い。怖かった。
でも、心躍った。あの緊張感。
初めての怪物と戦い、初めての魔法に出会った。
冒険者というものを、俺は少し理解できたように思う。
あのベイルボートに留まっているままでは、こんな体験もあんな景色も手に入らなかっただろう。そして、同じようにフルボルトにいるままでは、見えないものがある。
あの人が語り聞かせてくれた冒険譚。
満足するには、まだまだ足りない。
「ねえ、アニー、俺──」
「しっ」
アニーの細い指が俺の唇を塞いだ。
「何も言わないでさあ、冒険者アニル、はやく出発しないと明るいうちにホークに着けないよ」
「……そうだね」
俺は荷台に乗った。
馬車がゆっくり動き出す。
ジャスパーの家を出る。
アニーは徒歩で並走しながら話しかけてくる。
「アニル」
「なに、アニー」
「私のこと、好き?」
「え、あぁ……」
直接の言葉に、俺はつまる。
だが、今しか言えないぞ。
怖気づくな。
「……好きだよ」
「私も」
「……。ありがとう」
「ふふ。どういたしまして。でもね、アニルのこと待たないよ」
「うん」
「私みたいな可愛い女の子を手放したこと、きっと後悔してね?」
「うん、もうしてるよ」
「ふふふ、それならよろしい!」
アニーは楽しそうに笑う。
「私はフルボルトで一番可愛い女の子なんだからね? 結婚相手なんてすぐ見つかっちゃうんだから」
「うん。間違いないよ。アニーはすごく良いお嫁さんになると思う」
「でもね、アニルのこと嫌いになんかならないよ。だからさ、いつか、いつかきっとフルボルトに戻ってきてね。それでたくさん冒険のお話をするの。何日もかけてね。約束だからね?」
「うん、約束する。絶対戻ってくるよ」
ゆっくり進む荷馬車。
アニーは潤んだ瞳を閉じ、サッと顔を近づけてきた。
唇が重なる。柔らかく、温かい。
でも、寂しい気持ちでいっぱいだった。
アニーはその場で足を止めた。
その姿がどんどんちいさくなる。
アニーは胸いっぱいに息を吸い、大きな声を出してくる。
「じゃあねー! アニル―!」
「ばいばい! アニー!」
俺は頭のうえで大きく手を振った。
フルボルトの村がちいさくなる。
坂道がアニーの姿を消してしまうまで、俺は手を振り続けていた。
「アニーを捨てるなんてもったいないねぇ」
御者台のジャスパーは肩をすくめ、ぼやいた。
「わかってますよ。俺はろくでもない男なんです。あんなに好いてくれた女の子を放っておくんですから」
「でも、アニーはきっとそんなお前さんに惚れたのさ」
「……ですかね」
ホークへの旅が始まった。




