第13話 森の怪物
怪物討伐依頼を受けた翌日。
村の守護者ウィテカーと弓を携えた狩人たちとともに、森にやってきた。総勢5人の討伐パーティだ。
なんとなく俺ひとりで行くのかなとか覚悟していたので、実はかなりホッとしていたりする。知らない森にひとりで入るのは、けっこう勇気がいることなのだ。
フルボルトの狩人は、この森のことを知り尽くしているはず。土地勘のある者がいてくれるだけで、心強さが断然違う。
俺は怪物を殺すことだけに集中すればいい。
「ここいら一帯は西フォルトナ森林と呼ばれていてな。怪物はあまり見ないんだが、東のほうの森から、たまーに怪物が流れてくるんだ。その時は、俺たちが事前に罠を張ったりして退治してるんだが、今回のは半端じゃなくデカくて」
件の怪物を見て、生き延びた狩人は、そう語る。
昨日の今日でまだ心にダメージを負ってるはずだが、フルボルトのために彼は再び森に入る決断をした。きっと死した友の敵討ちの気持ちもあるのだろう。
木々がざわめき、遠くで鳥が鳴いて、飛び立つ羽音が響き渡る。
昼間だというのに、鬱蒼と茂った蒼き茂みと、陽の光を遮る背の高い木々のせいでずいぶんと不気味な空気に満ちている。
あるいは俺が臆病風に吹かれているせいですかね。
そんな気がしてきました。
「ウィテカーさん、平気ですか?」
「ああ、大丈夫だ」
膝に古傷を抱えるウィテカーは、足取りが重たそうだった。
「しっ!」
山のなかを進んでしばらく。
狩人3人は、唇に指を立て、しゃがむように手でジェスチャーを示す。
俺とウィテカーは、腰を落とし、周囲を伺う。
木々の枝がひしゃげる音。
パキ、パキパキ。
何か大きなものが移動している。
重たい足音も聞こえてくる。
地面を伝播するのは衝撃。
五感に飛び込んでくるあらゆる情報が、それの規模を雄弁に語る。
そして、そいつは現れた。
木々の向こうからやってきた。
巨大な黄色い翼、焦げ茶けた立派な羽毛、四足の太い足。前足の先は鷲の爪のように内へ巻かれていて、先端には黒く艶々とした凶爪が備わっている。
俺は森に入る前にウィテカーから聞いた話を思い出す。
「いいか、アニル。狩人の情報が確かなら、相手は恐らく鷲獅子種の怪物だ」
「鷲獅子ってなんですか?」
「鷹の頭部と、鋭い鉤爪、四肢の胴体に翼を持ってる怪物だ」
「詳しいですね」
「傭兵に流れる前、冒険者をやってた頃に、同業者からいろいろ武勇伝を聞かされてな。怪物を退治した話なんて、みんな好きだろ?」
「まあ、たしかに」
「その時、聞かされたのさ。グリフォン。危険な怪物だ」
話に聞いていた通りのヤバさ。
つーか、でけえ! 馬に翼が生えたくらいを想像してたけど、頭の高さが馬の2倍くらいあるんだけど。なにこれ。これがグリフォン? ウィテカーもっと誇張して伝えてくれよ。これやばいっしょ。
「う、嘘だろ、デカすぎんだろ……!」
隣のウィテカーが目を見開いて、口をパクパクさせている。
当人も想像してなかったっぽいな。現物は見たことなかったのか。
「あの、ちょっと、無理じゃないですかあれ倒すの。本物の冒険者なり、騎士様なり呼びにいって、ちゃんと討伐してもらったほうが……」
俺は進言します。
なぜなら死にたくないからです。
最初に戦うガチもんの怪物が、アレってのはキツイ。10年くらい経験積んで、たくさん怪物倒したあとだったら、考えなくもないよ? それくらいの獲物だ。
「街まで冒険者を呼びにいって、依頼を受けてもらって、フルボルトまで来てもらうのに、最低でも1カ月はかかる。そんな悠長なことしていられるか」
生き残りの狩人は憤慨する。
それはそうなんですけども!
「ちょっとした怪物ならいいですけど、あれはたぶん伝説の怪物とか、なんかそういう類の奴でしょ。デカすぎますって」
俺たちは腰を落とし、顔を突き合わせ、引くか行くか意見をぶつけ合わせる。と、そんなことしている時だった。
「ピャアアァアア!」
あ、こっち向いた。
大きな翼がはためいた。
凄まじい風圧が巻き起こり、葉が舞い、木々が揺れる。
「うあぁああ! この化け物めええ!」
「ちょ、馬鹿!」
生き残りの狩人は、弓を引き絞り放つ。
矢はまっすぐ飛び──グシャ! なんとグリフォンの眼に着弾した。
「ピャアアアアアッ!!」
「どうだぁあ! この化け物め! よくも俺の──」
翼が凪いだ。木々が倒れる。
向かってくる空気の歪み。
俺は咄嗟にその場を跳び退いた。
木の根にダイブ。胸と腹を打ち付けた。痛い。マジで。
背後を見やる。狩人が倒れていた。
前面が真っ赤に染まっていた。
動悸が激しくなる。死んでいるのか?
落ち着け。死体を見るのは初めてじゃないだろ。
ベイルボートで昔、狼に襲われた老人を見たことがった。悲惨な姿だった。あの時は恐くて眠れないほど震えたものだった。今の俺は違う。
冷静さを取り戻す。
切り裂かれている。
これは恐らく……魔法だ。
「アニルぅぅう! 風だ! あいつ風を操るぞ!」
ウィテカーは木を背にし、剣を抜き、鬼気迫る顔で叫ぶ。やはり、そうか。彼も同じ結論に達したのなら見間違いではないようだ。
って、戦い始まっちゃったんですけど。
なにしてくれてんのマジで!
「うあぁああ! あんな化け物無理だぁあ!」
「おい、馬鹿、逃げるな!」
ウィテカーが手を伸ばす。
残りの狩人のひとりが我先に逃げ出した。
巨大な両翼が暴風を巻き起こす。
木々の枝を折りながら、風が跳び、逃走者の背中がざっくりと開かれ、鮮血が飛び出した。
くそ、やるしかねえのか。
腹をくくれ、アニル。
冒険者になるんだろ。
あの人みたいな。
「はあ、はあ、はあ──よし!」
俺は木の根が作る影から飛び出した。
両手で剣を握り、樹木の影から影へと動く。
「ピャァアア!」
見てる。
来る。
突進を回避する。
2秒前までいた場所で、大木が折れた。
バサ。巨大な翼が揺れる。
来た、風の魔法。
俺は刃を当てることを意識し、着弾する危険のある一筋を切り裂いた。
背後で木々の皮が傷つく。
俺の頬と、両腕、両肩に鋭い痛みが走った。
当たってるし……!
迎撃したつもりなのに!
腹が立つ。
頑張って合わせたのに。
だが、得るものはあった。
グリフォン。あの巨体で、あの分厚い羽毛。
あの速度、あの鉤爪、そして魔法まで。
恐ろしい怪物だが、恐ろしいがゆえに少しやれることが増えた。
俺は剣を手首で旋回させる。
刃でソレをかき集め、束ねるように。
感じたままに。模倣する。
「ハッ!」
俺は剣を素早く振り抜いた。
刹那、木々の皮たちが一斉に傷ついた。
飛び散る焦げちゃけた羽毛と鮮血。
「ピャアア、アアアア……ッ!」
二度の目撃と、一度の体験。
この魔法はそれで十分だったらしい。
恐らくは単純な構造なのだろう。
野良魔法『鷲獅子の風刃』修得。
風の刃はいただいた。




