第11話 普通の村娘
──アニーの視点
ウィテカーさんとアニルが戦い始めた。
練習? 試合? よくわからないけど、さっきからずっとカコンカコンって打ちあってる。私はそれを眺めてる。そろそろ家に帰らないとだけど、勝敗が気になった。
ウィテカーさんはフルボルトの人気者。特に男の子はみんなウィテカーさんに憧れて、剣を習ってる。それからというもの、男の子たちは、剣で遊ぶようになったんだ。やれ誰が勝っただの、誰が誰を倒しただの。
「お、アニーちゃん、もうリムから帰ったのか」
「んー、やっほー」
ウィテカーさんの家のまわりに、男の子たちが集まって来た。ウィテカーさんの弟子も、そうじゃない者も混ざっている。だんだん人だかりは大きくなっていく。1人、2人、3人、しまいには8人くらいになった。
「私ね、狼と戦ったんだよ」
「え!? マジで!?」
「4匹の狼に荷馬車を囲まれてね。馬がびっくりしちゃって進まなくなったんだ」
「やべえじゃん。どうしたんだよ」
「やっつけた」
「「「ええええ!?」」」
自慢してみた。
すっごい驚いてる。楽しい。
「勝ったのか!?」
「嘘だよ」
「なんだよ。もうからかうなよ」
「狼に会ったのは本当だよ」
「え、じゃあ、本当にやべえじゃん」
「あの子が倒してくれたんだ~」
私は自慢げにウィテカーさんと打ちあうアニルを指差す。
「だれ?」
「ベイルボートの子。冒険者だよ」
「へえ」
「ちなみに魔法使い」
「うえぇ!? マジかよ。すっげえ。いいなあ~」
「剣に炎を纏わせて、それで一撃! 狼を2匹も粉砕しちゃったんだよ、もう、粉々だったんだから!」
「またまた大袈裟だな、アニーは」
「嘘じゃないよ、ほんとだもん」
男の子たちと、そんな風にお喋りしながらいると、あっという間に時間は過ぎる。ふふん、私は可愛いからね。男の子は私と話すのが大好き。モテる女の子は忙しいのです。
「なんか、ウィテカーさん押されてね?」
「言われてみれば、苦しそうだな」
「あの冒険者、上手なんだな」
「というか剣が速えよ。あんなんで叩かれたら骨が折れちゃいそうだぜ」
ぺちゃくちゃ男の子たちが言ってる。確かにこうして見ると、アニルが押してる気がする。
ぽけっとしながら観戦してると、ウィテカーさんが柵から乗り上げて、頭から地面に落ちた。思わず悲鳴をあげちゃった。
大事にはならなかった。
すごい。アニルがウィテカーさんを倒しちゃった。
男の子たちも皆、騒然としてた。
その時、私は思った。
やっぱり、アニルは凄い子なんだ。
漠然とわかってた。アニルは普通の子じゃない。魔法使いだし、狼をやっつけちゃうし。ずっと暮らしてた村を捨てて、身一つで旅に出て、大きな世界へ踏み出す勇敢さを持ってるし、リムではあっという間にみんなに信頼されちゃったし。優しいし、礼儀正しいし……。
ウィテカーさんとアニルに男の子たちも加わって、男の子たちも木の剣を振り始めたあたりで、私は家に帰った。借りてた馬を返して、お母さんに私のちいさな冒険の話をして、お昼ご飯を食べて、野良仕事に汗を流した。
これが私の人生。
きっとどこにでもいる普通の村娘。
まあ、顔が可愛くて、髪が綺麗という特徴はあるけどね!
「お母さん、アニルは凄い子なんだよ。魔法使いだし、剣だってウィテカーさんより上手に使うの。それにね、ウィテカーさんが言ってたんだ。たった1時間しか練習してないのに、そこまで巧くなっちゃったんだって。天才なんだよ、アニルは」
「へえ、アニルくんは才能豊かな子なのね」
羊毛を糸に紡ぎながら、お母さんとお喋りした。アニルがいかに凄い子か。そして、そんな彼に対して自分がいかに平凡かを。
今朝までは、アニルに対してちょっと自信があった。
アニルは童貞だったし、私で卒業したし。
気分が良かった。有利な感じが良かった。
でも、今はなんだか違う。
「アニーは、アニルくんのことが気になってるの?」
「もうやめてよ、お母さん。恥ずかしいよ」
「うちも少し寂しくなっちゃったしね~。森に入るにも頼れる男の人がいたら安心よね」
「アニルは冒険者なんだよ。この村にはとどまらないよ」
「わからないわ。恋は人を変えるものよ。それにベイルボートで上手くいかなくて、旅に出たのでしょう? どこか安住の地を探してるかもしれないじゃない。ほら、私の可愛いアニー。元気を出しなさいな」
「別に元気だよ、お母さん」
夕食時、お母さんが余計なことを聞いた。
「そう、アニルくんはベイルボートの子なのね。冒険者には仕方なくなったの?」
「そういうわけではないですよ。こう生きようと決めていたので。これが俺のやりたいことなんです」
わかってはいたけど、まあ、そうだよね。アニルは安住の地を探してるわけじゃない。彼は冒険者なんだ。旅の吟遊詩人が歌って聞かせてくれたような英雄になるような特別な人間なんだ。
夜、川に水を汲みに行ったら、アニルと会った。
「アニル、今日は私のベッドで一緒に眠ることになったよ」
「何から何までありがとう、アニー」
「……どういたしまして」
口に出してから、ちょっと後悔した。
なんか、卑しいかな。言わなきゃよかった。
私はどんな反応を期待してたんだろう。
自分の魅力で、彼をフルボルトに縛り付けようとでも?
はあ。なんだか惨めな気分。
ベッドに寝転がる。
アニルも横になる。
こちらに背を向けている。
求めてくる、と思ったけど……お母さんが言ってた。男の子は、一度、えっちなことをするとその女の子には興味を失くしちゃうんだって。
求められないんじゃ、やっぱり、到底、アニルをこの村に留まらせることなんてできないね。
途端、寂しい気分になった。
最初はこんなつもりじゃなかったのに。
ただ、お礼して終わりのはずだったのに。
気づいたら全部が欲しくなってた。
アニルの背中に身を寄せてみる。
「今日は寒いから……」
問われてもいないのに、言い訳をしていた。
浅ましい子だなぁ、私……。
「まあ、確かに……寒いね……」
ぼそぼそ言うアニル。私の手を握ってくる。
誘導するようにこっちの手を動かす。
えっちなことさせようとしてる。
ふふふ。なんだか気分が良い。
優位が少し戻ってきた感。求められてる。
アニルは特別だけど、それでもやはり、昨日まで童貞だったんだ。
意味のないことだってわかってる。
繋ぎとめることはできないこともわかってる。
でも、今この瞬間は、気持ちのままに──。




