奪わない政治
お金持ち国ラフィン家ーーーー
第184代大統領の孫であるマッシュは悩んでいた。
「先生。この問題難しすぎではありませんか?」
マッシュは机に前のめりに倒れ込む。
「そりゃ当然です。しかしあなたが大統領になる頃には、この問題は現実味を帯びますよ」
家庭教師は言った。
「しかし現在の国の借金が税収の5倍でしょ。しかも試算では俺の時には、約15~20倍になる」
「ですから、これをどうするか。それを今から思考実験しておくのですよ」
「単純に政府や自治体の公共サービスを減らすのは?」
「それは手っ取り早いですが、問題は野党に議席を取られてしまう事です」
「しかし国の借金が増えるより良いでしょう」
「それは大局を見られる人の考えです」
「なぜ?」
「公共サービスを削るというのは、そこに依存していた人たちの首根っこを締めるのと同じ意味があります」
「そんなの。月々幾ばくかの収入が減ったところで、配当収入や貯金なんかでなんとかなるでしょう」
「あなたはラフィン家のご子息であり、苦しい生活をしたことがないから、そんな事が言えるのです」
「とはいえ、我が国は豊かでしょ。インフラも充実している。色んな娯楽もある。犯罪率も低い」
「豊か……、たしかに豊かでしょうね。しかし本当に国民が幸福だと思います?」
「幸福ではないのか?先祖は皆頑張った」
「そうですね。ラフィン家は、この国に尽くされました。それはそうです。しかし本当に国民が幸福なのか?」
「だから違うのかと聞いているのだ」
「私の友人の話をしましょう。彼女は若くして、親を亡くし、施設に入れられました」
「施設では食事も教育も服も与えられる」
「はい。そうですね。しかしそれは最低限のものです」
「それが何故悪い?」
「わかりませんか?」
「わからない」
「最低限しか与えられていない者と、豊富に捨てるほど与えられている者との間に、垣根ができるのです」
「しかし基本的人権はあるはずだ」
「あの……、なぜ基本的人権などという言葉があるか。本当の理由をお分かりですか?」
「本当の理由?人権が大切だからではないのか?」
「そうです。そしてその人権というのは、放っておけば、容易に侵害されるものだからです」
「たしかにな。それはわかる」
「そして、それを利用してきたのも、権力者なのです」
「ちょっと待ってくれ。国が差別をしただと?」
「はい。歴史はそう物語っています。ご存じないですか?過去に政府により導入された身分制度を」
「それは知っている。しかし、それは必要なものだ」
「誰にとって?」
「それは我々だ。我々の権利を守るため」
「わかりますよ。自らの権利を守るため、他人の権利を脅かすのが、人なのです」
「話を変えよう」
俺はその話を続けるのが嫌になった。
その後は、
たわいもない会話が続いた。
そして結局、
どのように問題を解決するかはわからなかった。
帰り際、
「先生。あなたはこの問題の答えを持っているのですか?」
俺はそう尋ねた。
「ご想像にお任せします」
家庭教師は苦笑いをし去った。
その顔を再び見る事はなかった。
家庭教師は、
その日のうちに解雇された。
私は特に何もしていない。
ただ話の内容をお父様に報告しただけだ。
家庭教師が解雇されたことに対して、
私は何も感じなかった。
それはただの部品にしかすぎなかったからだ。
ある日、
俺はおじい様と食事をした。
「マナーがだいぶマシになってきたな」
おじい様はちらりと俺を見た。
「ありがとうございます」
「マナーはなぜあるか。覚えているか?」
「余計な敵を作らぬためです」
「そうだ。政治家にとって、余計な敵を作らぬことは一つの特技とも言える」
「そうですね」
「政治闘争において、なにかコツのようなものはありますか?」
「そうだな。
誰の既得権益も奪わない事を考えるのが、真の政治やもしれん」
「誰の既得権益も奪わない事?」
「あぁ……、仮に財政緊縮策を打ったとする。どうなる?」
「財政が健全化致します」
「それでは50点だ」
「足らぬのは?」
「緊縮側にいた既得権益者の利益を奪う事になる」
「なるほど。しかしそれは仕方ないのでは?」
「よく考えてみろ。
他にも税金など、いろんな所に使っておる。
よりによってなぜ俺の利益を奪うとなるだろう」
「たしかに……、しかしそれは吟味されたものなのでは?」
「もちろんそうだが、奪われる方は、そんな事を知った事ではない。
それにだ」
「……」
「それに奪おうと思えば、奪う根拠なんぞ。いくらでも作れるわい」
「どのように?」
「まずは大学教授を巻き込む。そして既得権益者の損失が利益になる連中を抱き込む。後は何人か抱き込めばいい」
「それだけですか?」
「あぁ、政治なんぞ。単純なものだ。表面上利益誘導すればいい」
「それで動かなければ」
「裏の手がある」
「なんですか?」
「ごほん。既得権益者の不正を明るみに出すのだ」
「しかし、そんなに都合よく不正なんてしているものでしょうか?」
「わかっとらんな。既得権益者といえども、一社二社じゃない。それに会社には何千という社員がいる。狡賢い者は必ずいる。いなければ経営者の身内だ」
「そこから叩くと」
「あぁ。だから政治は単純なんだよ」
「しかし、それでは国は良くならないのでは?」
「お前はわかっとらん。国が良くなるというのは、自分にとってという文脈に限るのだよ」
「私利私欲と」
「まぁ、そうだが、それでは人は動かん」
「それでは、どうやって?」
「あとはどうやって利益を分け合うかだ」
「つまり政治とは利益配分ゲームだと」
「そういう事だな」
「なるほど。
誰の既得権益も奪わないのが重要というのは、誰も反対しないし、もしかしたら利益にありつける可能性があるからですか?」
「その通り」




