ネズミ肉の店アーマン
私は昨日食べたネズミ肉の味が、妙に気にかかった。
気にかかったというのは、
つまり、
私以外も美味しいと感じるのではないかという事だ。
そこで家族全員に、
お義父さんが触ったネズミ肉を食べさせることにした。
すると一瞬で肉はなくなった。
「お替わり頂戴」
子供達の目の色は変わった。
私はこの子供達の顔をアーマンに見せたい。
そう思った。
私は近所の人に、
ネズミ肉を売り、
そのお金でまたネズミの罠を買い、
またネズミを捕った。
それをくり返し、
どんどん売れるネズミの量は増えていった。
暇を持て余していたお義父さんは、
休みなく、ネズミ肉に触った。
ネズミの人気が増えるにつれ、
お義父さんだけでは足りなくなり、
お義母さん、お爺ちゃん、お婆ちゃんにも頼むようになった。
亡くなった一族総出で、ネズミ肉を触った。
店の名前は『ネズミ肉の店アーマン』
村の評判の店になり、
遠くの村や町から、ネズミ肉を食べにくる者が増えた。
……
戦場に来て、どのくらい経つだろう。
相変わらず、俺は下っ端のままだ。
もうそろそろ新入りが来てもいい頃だと思うが、
だいたい戦が始まると、
皆血まみれになって死んでいる。
生き残るのもいるのだろうが、
怪我の治療も満足にできないから、
生き残っても死んでいるのだろう。
そんな風に皆言っていた。
興味があるような口調ながら、
まったく興味がないのだろうと思った。
目にまったく勢いがない。
この戦場というのは、
ある意味完全に閉鎖されてる。
出ようと思えば、出る事もできるのだろうが……。
たぶん死ぬ。
それは直感でわかる。
清掃兵だか、掃除兵だか、
たぶんそんな連中が周りを見張っている。
数か月に一度。
三人の商人がやってくる。
片方が金、もう片方が銀色の毛をした人狼族。
自分の事を忌み子だと言っていた。
忌み子という言葉の意味はわからない。
ただ、
「俺らは境界線でしか生きる事が許されない」
そんな事を言っていた。
俺も境界線を生きているのか。
そんな風に思った。
ただ恰好をつけたが、
境界線の意味がわからず、
他のオス達も商人達も、
境界線の意味を教えてくれなかった。
ある日、
新入りが入ってきた。
金狼族の若者だった。
俺が名前を名乗ると、
「ネズミ肉の店アーマンの人?」
と聞かれた。
詳しく聞くと、
どうも俺の住んでいた村で、
『ネズミ肉の店アーマン』
という店が人気らしい。
アーマンはあの村で俺一人だから、
もしかして妻がやっているのかもしれない。
そう思った。
新入りはこう言った。
「そこの奥さんは、戦争から戻ってこない旦那が、ネズミ肉を獲るのがうまかったから、この店を始めた」
「それは、俺の妻かもしれない」
そういうと、
「そうだと思う。看板に描かれた顔にそっくりだから」
そう笑った。
俺は知らない所で、
アーマンという名前が一人歩きしているのが、
妙にくすぐったかった。
「戻るんだったら、俺と一緒に戻るか?」
その新入りは言った。
「馬鹿言え。俺が戻れば、その感動的な物語が台無しじゃねぇか」
と笑った。
帰る家はある。
しかし、
帰る事ができない動機が一つ増えた気がした。
……
昨日から、編集者が家にずっと詰めている。
「それでシイタケ先生。原稿はいつ出来上がるのですか?」
編集者は尋ねた。
昨日は私の家で執筆に付き合っていたせいか、
目の下が真っ黒だ。
「チチタケ君。そんな事を言ったって、ネタがないのだよ」
「でもシイタケ先生。原稿料を前借りしてるでしょ。原稿出してもらわないと、僕も帰れないのですよ」
「君ね。ネタが切れたと言ってるのだよ」
「それは聞きましたけど、なんか探してください」
「あぁそうだ。少し気分転換に外に出よう」
「そうですね。僕も身体がなまってますし、出ましょう」
私達は外に出る。
太陽の光がやけに黄色く感じる。
「チチタケ君。太陽が黄色いね」
「そうですね。どこに行きます?」
「そうだね。西の山にでも行こうか?」
「西というと、こっちが東だから、こっちか」
「そうそっちだ」
「何があるのですか?」
「君は河豚という魚を知っているか?」
「あぁあの食べると死ぬという魚ですか?」
「そうだ。その河豚の神様が、西の山の山頂の祠に祀ってある」
「河豚の神様?なぜ河豚の神様なんかを?」
「わからないかな。河豚というのは、食べても必ず死ぬわけではないのだよ」
「そうなのですか」
「詳しい事はわからないが、毒の成分が強い個体とそうでない個体があるらしく※1」
「へぇ。それで?」
「つまり当るか当たらないかわからないから、鉄砲とも言われる」
「ほう。鉄砲。鉄砲って?」
「詳しくはわからないのだが、太古の技術で作られた武器らしい」
「そうなのですか?」
「いやだから詳しくはない」
「それで祀るのは?」
「つまりね。たまに当るわけ。わからないかな。ほら作家みたいな稼業は、当らないと日の目を見ないだろ」
「はいはい。つまり験担ぎね」
「そういう事」
「で……、この西の山。山頂までずいぶんありますけど、毎回登られてるのですか?」
「まさか。山頂に向かって、三度遠吠えをするんだよ。がぅーふふふ。がぅーふふふ。がぅーふふふ。君もやってみたまえ」
「がぅーふふふ。がぅーふふふ。がぅーふふふ」
「どうだい?当る気がしないかい」
「たしかにそうですね。あの先生。この話を作品にされては?」
「どの話?」
「今の話ですよ」
「今の話って、これ作家の験担ぎだよ」
「いいじゃないですか。先生今まで当った作品。何冊かありますよね」
「たしかにね」
「ご利益あったんじゃ?」
「そう言われればそうだけど……、でも河豚の神様だよ」
「じゃあ。先生は河豚の神様のつもりで、原稿を出してください」
「うんうん、それで」
「こっちで、ふぐの点々を取って、ふくに替えます」
「つまり……、ふくの神ってこと?」
「そうそう」
「まぁそれなら、嘘をついたことにならないから良いけど。文脈上、説明しないほうが良いところも出てくるね」
「そうですね。『ふぐとは毒を持った魚で』みたいなのは落としましょう」
「そっか。こっちとしては当たり前の事だから説明しなかったと言えば済むしね」
「じゃあ、それで原稿を詰めましょうか?」
「うんうん、それなら書けそう。これも河豚の神様のご利益かもね」
「そうですよ。先生」
※1フグ毒の有無・強さは種類、部位、個体、餌や環境などで差がありますが、毒が弱い個体なら食べても平気という訳ではありません。




