荒野の生存術
「光の正体を知りたいだと? ……お前さん、この荒野を舐めているな」
バルドは呆れたように肩をすくめると
カウンターの奥から重そうな麻袋を二つ放り投げた。
一つはオリビアへ、もう一つはロンドの首元へと放り込まれる。
「まずは『荒野の流儀』を学んでもらう。
いいか、この世界に精霊の加護なんてものはない。
あるのは、食うか食われるかの摂理だけだ。
明日から三日間、私の弟子について山へ行け。
そこで生き残る術を叩き込んでもらう」
バルドが呼んだのは、集落でも一二を争う古強者のスカウト、
名をクレスという初老の男だった。
彼は寡黙にオリビアを見つめ、
ただ一言「付いて来い」とだけ告げて門を出た。
三日間にわたる修行は、
オリビアにとって「世界樹の清掃」以上に過酷な時間だった。
クレスの指導は、徹底的な効率主義に基づいていた。
「エルフの貴様は、音を消すのが上手いが、
匂いを消すのが下手だ。魔物は目で見ているんじゃない、
腐肉と魔力の匂いを嗅いでいるんだぞ!」
クレスは、オリビアが大切にしていた亜麻布の衣を剥ぎ取り、
魔物の皮をなめして作った無骨な革の外套を羽織らせた。
さらに、足元には魔物の爪を削り出した滑り止め付きのブーツを履かせ、
ロンドの鞍には予備の保存食と、
水を浄化するための「魔力触媒石」を装着させた。
「武器も換えろ。その小刀はただの玩具だ」
「……その短剣は、
この辺りの地層から掘り出した『魔鉄』を鍛えたものだ」
クレスは無骨な黒鉄の短剣を差し出した。
それは、一見するとただの古い鉄の塊のようだが、
手にとると、ずしりとした重厚な質量と、奇妙な冷たさが手に伝わってきた。
オリビアは戸惑い、短剣を押し返そうとした。
「そんな、貴重なものを……。
私はまだ、正式な冒険者としての実績もありません。
なぜ、私のような者に?」
クレスは荒々しく鼻を鳴らすと、
焚き火に薪をくべた。火花が夜空へと舞い上がる。
「実績? そんなものは、生きて帰ってきた奴が勝手に積むもんだ。
俺がこれを渡すのは、慈悲じゃねえ。
……お前が、昨日、ボアとの戦いで見せた『目』だよ」
クレスは厳しい眼差しでオリビアを射抜いた。
「この荒野じゃあ、多くの新人が魔物に怯えて、あるいは宝に目が眩んで死ぬ。
だが、お前は違った。
ボアの傷を突いたあの瞬間、お前は獲物を『殺す』のではなく、
まるで不要なゴミを『掃除する』かのように動いた。
あの冷徹なまでの観察眼と、迷いのない一突き……。
あれは、長く荒野を歩いてきた俺たちスカウトでも、
稀にしか見ねえ『生き残るための適性』だ」
クレスは、自分の腰に差している同型の短剣を軽く叩いた。
「この魔鉄の刃は、魔力を遮断する。
ここいらの魔物は、精霊の澱みを取り込んで硬化しているからな。
普通の鉄じゃ刃が立たねえ。
俺が一人で持っていても、予備にしかならねえんだ。
だが、お前のその『構造を見抜く力』と
組み合わせれば、この刃は凶器になる」
クレスは少しだけ表情を和らげ、焚き火の向こう側を見た。
「俺は、お前が明日、魔物の腹の中で消化されているのを見るのが嫌なんだ。
お前がその腕で何かを変えてくれるなら、
この短剣一本など安い代償だ。
それに……もしお前が死んだら、
その時はまた新しい冒険者がここへ来る。
その時、俺が死体からこの剣を回収すればいいだけの話だ。
荒野じゃ、それが当たり前なんだよ」
冷徹に聞こえる言葉の中に、
クレスなりの「期待」が込められていることを、
オリビアは理解した。
彼女は震える手で短剣を握りしめる。
それは単なる武器ではなく、
この地獄のような荒野で生き抜くための「許可証」であり、
クレスというベテランからの「投資」だった。
「……大切に使います。私の命を繋ぐために」
「そうしな。
……さあ、寝ろ。明日は地獄の入り口まで案内するぞ」
オリビアは短剣を鞘に納め、それが自分の腰に完璧にフィットするのを感じた。
以前のナイフとは違う、冷たくて力強い重み。それは彼女が、
もはや「世界樹の根元で清掃をしていたお嬢様」ではなく、
荒野で生きる「冒険者」になったことを告げる、確かな手応えだった。
ロンドもまた、クレスの指導の下、
空中で急旋回するための特殊なハーネスを装着した。
これにより、
ロンドは以前よりも遥かに鋭い軌道で獲物を襲うことが可能となった。
最終日、クレスは岩山の上から眼下の荒野を指差した。
「いいか、オリビア。お前が目指す青い光は、
この荒野の『心臓部』……かつて魔王軍の幹部が根を張ったとされる禁域に近い。
そこは、魔力が濃すぎてコンパスも魔法も狂う場所だ」
クレスは、オリビアの新しい黒鉄の短剣に手を重ねた。
「お前には、『清掃人』としての観察眼がある。
普通の冒険者が魔力に酔って迷い込むような場所でも、
お前なら『澱み』の筋を見抜けるはずだ。
……帰ってこいよ、お嬢ちゃん。カエルムで、うまい酒を待っててやる」
集落へ戻る道すがら、
オリビアは短剣を鞘に収め、ロンドの首筋を優しく撫でた。
「準備は整ったわ。ロンド」
『ああ。新しい装備も、お前の手にはよく馴染んでいるようだ』
装備を整え、技術を磨き、何より「死ぬ」ことへの実感を身体に刻み込んだ。
かつては平和な霧の中にいた少女は、
今や煤と鋼の匂いを纏った一人の冒険者として、再び荒野へ足を踏み入れる。
その先には、死神のルカが目撃した「青い光」の正体
――世界樹の記憶の残滓が、静かに彼女を待ち受けていた。




