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荒野の洗礼、そして対価

灰色の空の下、土埃にまみれた集落の門前で

オリビアはギルドマスターのバルドと対峙していた。


バルドは驚きを隠せない様子で、倒れ伏すグレーターボアの死体を

そしてその横で静かに

ナイフを鞘(といっても、ただの革袋だが)に

納めるエルフの少女を交互に見つめた。


「……信じられんな。魔法も使わん

ただの小刀一本でボアの急所を的確に突くとは。

お前、本当にただの『清掃員』だったのか?」


バルドの声には、先ほどまでの侮蔑は消え

代わりに奇妙な敬意が混じっていた。

オリビアは荒い息を整えながら、まっすぐに彼を見つめ返す。


「清掃員よ。でも、私は世界樹の最も硬い枝さえも

その構造を見極めて優しく癒やす術を知っている。

魔物の身体だって、構造は同じでしょう?」


オリビアの言葉に、ロンドも誇らしげに翼を羽ばたかせた。


『バルドとやら、我が主の丁寧さを侮るな。

彼女の手にかかれば、この荒野の歪みだって清掃かたづけられるはずだ』


バルドは髭をひねり、しばらく沈黙した後に

破顔して大きく笑い声を上げた。


「ハッハッハ! 気に入った!

丁寧な清掃員か……なるほど、この荒野はゴミ捨て場のようなものだ。

なら、お前のような掃除好きにはうってつけだな。

いいだろう、仮登録を許可する」


ギルドのカウンターに案内されたオリビアは

そこで初めて「冒険者」としての洗礼を受けた。

渡されたのは、薄汚れた革の登録証と

この荒野の地図が記された一枚の羊皮紙だった。

だが、地図には大部分に「未踏・魔域」という朱印が押されている。


「ここが、私たちの世界……」


オリビアが地図を指でなぞると

バルドが冷めた口調で現実を突きつける。


「綺麗な地図を期待したか?

甘いな。この荒野は魔王軍の軍勢に蹂躙された後

生態系も魔力の流れもぐちゃぐちゃだ。

昨日まで安全だった道が

今日は魔物の巣窟になっていることも珍しくない。

お前たちが追いかけている『伝説の勇者』の足跡だって

嵐が来ればすぐに消える」


バルドの言葉は、オリビアの胸に重く刺さった。

彼女が憧れた勇者アレクサンダー・中山。

彼が歩いた道は、果たして今も残っているのだろうか。


その時、ギルドの喧騒がふと止んだ。

入り口から、全身を黒い革鎧に包んだ一人の男が入ってきたからだ。

ただ歩いているだけで、周囲の空気が凍りつくような冷たい闘気。

彼はカウンターに真っ直ぐ歩み寄り、一通の封筒をバルドに突き出した。


「バルド、例の調査依頼だ。

中央の荒野で『青い光』が目撃されている」


オリビアは、その男の背中から目が離せなくなった。

アレクサンダー・中山ではない。

だが、彼からは、昨日見た勇者と同じ

死線をくぐり抜けてきた者にしか出せない鋭い気配が漂っていた。


「おい、エルフ。俺を見過ぎだ」


男が振り返る。その鋭い眼光に射抜かれ

オリビアは思わず息を呑んだ。

男は彼女の持つ古びたナイフを一瞥し

興味を失ったように鼻を鳴らした。


「初心者か。長生きしたいなら

そのヒッポグリフを隠して街の裏通りで芋でも売っていろ。

荒野は、俺たちのような『汚れ仕事』を

厭わない奴らのための場所だ」


男が去った後、バルドが苦々しげに吐き捨てる。


「……あいつは死神のルカ。この辺りじゃ腕は立つが

性格は最悪だ。だが

あいつが言った『青い光』……心当たりはないか、樹守のお嬢ちゃん」


オリビアはハッとする。青い光。かつてアムズガルドを包んでいた

あの発光苔の穏やかな光と同じ色――。


「……世界樹の、光」


彼女の予感は確信に変わった。アムズガルドを失っても

世界樹の欠片はどこかで息づいている。

彼女は冒険者としての初仕事として

その光の正体を突き止めることを決意した。

たとえそれが、死神と呼ばれる男が狙う危険な領域だとしても。


「バルドさん、その依頼、私が引き受けます」


オリビアの決意に、ロンドもまた力強く翼を広げた。

新たな物語が、泥と希望の混ざり合う荒野で幕を開ける。

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