名もなき者の調べ
「全員、武器を取れ!」
バルドの咆哮が、凍りついた空気を打ち破った。
今まで「ただ生き延びるため」に泥を啜っていた冒険者たちが、次々と古びた武器を手に立ち上がる。かつてアレクサンダー・中山の伝説に憧れ、しかしその現実に絶望して荒野に流れ着いた彼らの中に、忘れかけていた「誇り」が呼び覚まされたのだ。
「死神のガキが、死に場所を探して彷徨うのは勝手だ! だがな、俺たちの街で好き勝手暴れさせるわけにはいかねえ!」
バルドが振りかざした巨大な斧が、最初の影の騎士を叩き潰す。オリビアの調律によって、街を覆っていた魔王軍の瘴気が薄れ、冒険者たちの心にあった「諦め」という名の澱みが晴れ始めていた。
「ルカ、行くわよ! 彼らの調べを遮るものを、すべて払う!」
「ああ、調子に乗らせてやるよ!」
オリビアとルカの周囲に、黄金の光の渦が広がる。オリビアの《静謐の調律》が空間の歪みを解き放ち、ルカがその隙間を縫って影の騎士を魔鉄の刃で断ち切る。
二人の背中を守るように、カエルムの冒険者たちが円陣を組み、圧倒的な数の敵に対して一歩も引かない防壁を築いた。
「面白い」
バルバトスは眉一つ動かさず、空中で優雅に指を鳴らす。
「滅びゆく荒野の掃き溜めが、一体になったところで何になる? 影は増殖する。この街の住人すべてを、闇に塗り替えてくれる」
バルバトスが手にした闇の短剣から、触手のような影が地面を伝い、街全体を飲み込もうと這い寄る。しかし、それよりも早く、オリビアは街の中心――勇者が遺した「最初の根」へと意識を繋いだ。
「――《銀霧の共鳴》!」
オリビアの叫びに呼応し、街の至るところに隠されていた、住人たちが無意識に集めていた「小さな光の欠片」が弾け飛んだ。それは冒険者たちの持っていたささやかな宝物であり、古びた守り石であり、かつての平和を祈る想いだった。
街全体が銀色の光に包まれる。
影の騎士たちが光に焼かれ、悲鳴を上げて霧散していく。バルバトスが初めて、驚きに目を見開いて後ずさった。
「馬鹿な……個々の微弱な意志が、共鳴して結界を形成しているだと?」
「ここはただの掃き溜めじゃない。帰る場所を失った者たちが、それでも『明日』を夢見て生きている場所よ!」
オリビアの言葉と同時に、街の住人たちが一斉に空へ向かって拳を突き上げる。その想いが一つの大きな波となり、バルバトスが作り出した闇の要塞の結界を、ひび割れさせた。
カエルムの街が、覚醒した。
それは、魔王軍が支配する荒野において、初めての「光による反撃」の狼煙となった。




