絶望の黒翼
二人の連携は完璧だった。オリビアがリナの術式を静寂で封じ、ルカがその隙を突いてガルドの防壁を魔鉄の刃で無力化する。かつての仲間たちは防戦一方となり、彼らの身体に巻き付いていた魔王軍の紫の紋章が、黄金の光に焼かれて剥がれ落ちようとしていた。
「くそっ、なぜだ! お前たちごときに、我ら幹部直属の力が――」
ガルドが叫んだその時だった。
集落の上空を覆っていた灰色の雲が、左右に裂けた。
空に浮かぶのは、巨大な黒い影。それは魔物ではなく、空そのものを支配する魔王軍の移動要塞――『堕ちた玉座』だった。
そこから放たれた漆黒の雷撃が、集落の門と、戦っていたガルドたちを無慈悲に貫いた。
「あ……」
ガルドとリナは言葉を吐き出す間もなく、その雷撃に飲み込まれ、灰となって消え去った。仲間を切り捨てることも厭わない、その圧倒的な残虐性。
玉座からゆっくりと降り立ったのは、長い銀髪を靡かせた、優雅でいて冷酷な影――魔王軍幹部、『虚無の公爵』バルバトスだった。
「素晴らしい調べだ、エルフ。そして、かつての裏切り者よ」
バルバトスは足元に落ちた黄金の欠片を拾い上げ、優雅に弄ぶ。彼の周囲には、空間そのものが凍りつくような重圧が漂っていた。
「おかげで、世界樹の根がどこに眠っているか、正確な座標が分かった。君たちの『調律』は、我々にとっての地図だ。……手間賃どころか、この上ない報酬をありがとう」
「お前……ガルドたちを、駒とすら思っていなかったのか」
ルカの問いに、バルバトスは人形のように美しい笑みを浮かべた。
「駒? 私は、不要な澱みを排除したに過ぎない。君たちも同じだ。この荒野で調律師などという妄想に取り憑かれた哀れな亡霊たちは、ここで消えるのが相応しい」
バルバトスが指を鳴らすと、周囲の影から数え切れないほどの「影の騎士」が湧き出した。それは先ほどのゴーレムや、ガルドたちとは次元の違う、精鋭中の精鋭だった。
「さあ、この『銀の霧』が再び世界を覆う前に、君たちの調べを永久に奪い取ろう」
オリビアは短剣を握りしめ、背後にいるカエルムの住人たちを庇うように立ち塞がった。彼女の瞳には、かつてのような戸惑いはもうない。あるのは、この絶望的な状況を打破しようとする、調律師としての確固たる矜持だけだ。
「ルカ。調律を、止めてはダメ」
「分かっている。……死神の仕事は、ここで終わりだ。これからは、世界を守る側として踊らせてもらう」
二人の前には、魔王軍の幹部と無数の影の騎士。
絶望的な戦力差の中、オリビアとルカの「調律」の調べが、再びカエルムの空に響き始めた。




