銀の予兆(サイン)
地下聖堂で放たれた黄金の光は、岩盤を突き抜け、この荒野の空へと突き抜ける柱となって立ち上った。
「なんだ……あの光は!」
カエルムの集落で、酒場のカウンターに座っていたギルドマスターのバルドが、窓の外を指さして叫んだ。それは、灰色の雲を切り裂き、空を淡い銀色に塗り替えていく、見たこともないほど神聖な輝きだった。
荒野の門番たちや、泥まみれで一日を終えようとしていた冒険者たち、そして物乞いをしていた子供たちまでが、一斉に足を止めて空を見上げた。
「おい、まさか……あんな色は、古い記録にある『銀霧』じゃないのか?」
誰かが震える声で呟いた。かつての繁栄を知る長老たちが、涙を流しながら膝をつく。
これまでこの荒野を覆っていた毒々しい瘴気が、その銀色の光に触れた瞬間に泡となって消えていく。風の匂いが変わった。常に鼻を突いていた腐敗と火薬の臭いが薄れ、代わりに、湿った土と、何万年もの年月をかけて磨かれた樹木の香りが混じり始めた。
その光景を、集落の端にある廃屋の屋根から眺めている影があった。
死神ルカのパーティを裏切ったとされる、魔王軍の斥候である。彼は腰の通信装置を握りしめ、冷や汗を流していた。
「報告だ……『囁きの谷』から、世界樹の再起動を確認。あのエルフと、裏切り者の調律師がやったのか……! このままでは、魔王軍が築いた荒野の支配権が根底から覆るぞ!」
彼の背後には、闇に溶け込むような不気味な黒い鳥が数羽、報告を待つように羽を休めている。
荒野の静寂は終わりを告げた。この変化を「福音」と呼ぶ者たちと、それを「排除すべき脅威」と見なす者たち。両者の間で、大規模な衝突が不可避な状況へと突き進んでいく。
一方で、地上の喧騒を知る由もない地下聖堂で、オリビアとルカは互いの短剣から伝わる鼓動を感じていた。
「……地上に届いたみたいね」
オリビアの瞳に、祭壇の光が宿る。彼女の手には、勇者が遺した意志が宿る短剣が握られている。
「ああ。だが、これからが地獄の始まりだ。この光は、魔王軍にとって何よりも目障りな信号だぞ。奴らが黙って見ているはずがない」
ルカは短剣を鞘に納めると、オリビアに向かって初めて、曇りのない表情で微笑んだ。
「行くぞ。俺たちが始めた『調律』の仕上げだ。地上へ戻り、この芽を守り抜く。それが、俺たちが生きる意味になったんだからな」
地上では銀霧の復活に希望を見出す人々が溢れ、地下では新たな覚悟を決めた二人が立ち上がる。
オリビアとルカの「調律の旅」は、個人の冒険から、世界を左右する戦いの渦中へと足を踏み入れた。




