根源の遺言
地下空間の奥、白銀の光が導く先には、さらに重厚な石門が待ち受けていた。その門には、かつて世界を救おうと足掻いた人々が刻んだであろう、無数の刻印がびっしりと並んでいる。
苗木が放つ光に呼応するように、石門がゆっくりと左右に開いた。そこは、世界樹『イグドラル』の本当の根源が眠る、広大な地下聖堂だった。
「……信じられない。ここは、アムズガルドの結界よりも遥かに古い、世界の心臓部だ」
ルカでさえ息を呑む光景だった。聖堂の中央には、かつて地上で見上げた世界樹の、さらに巨大で力強い「本物の根」が鎮座している。その根元に、一人の男が寄りかかるようにして座っていた。
――かつて魔王軍を討ち果たした、伝説の転生勇者、アレクサンダー・中山。
オリビアは駆け寄ろうとして、足を止めた。彼の身体はすでに精霊の光となって半ば霧散しており、そこにあるのは生身の体ではなく、彼が最後に遺した「記憶の残響」だった。
『……よう。ようやく誰か来たか』
勇者の残響は、穏やかな声で語りかけた。彼は手にしていた古びた剣を杖のように突き立て、オリビアとルカを交互に見る。
『俺は、世界を救うために魔王を倒した。だが、それと同時に世界樹の生命力も食い尽くしてしまった。……俺が救いたかったのは、明日を生きる人々の自由だったが、そのために俺が破壊したのは、人々が生きるための大地そのものだったんだ』
その言葉は、ルカの胸を深く抉った。勇者でさえも、結果として世界を追い詰めてしまったという事実。
『オリビア。君が今日まで守り抜いてくれたこの小さな芽こそが、俺が最後に希望として隠したイグドラルの核だ。そしてルカ、君のような調律師がまたこの場所を見つけることを信じていた』
勇者の残響は、オリビアの新しい黒鉄の短剣と、ルカの短剣を聖堂の祭壇に置くよう促した。
『この二つの刃には、俺が世界樹の魔力を一時的に封印した。君たち二人が、かつての調律の技を完全に復元し、イグドラルの根とこの核を再び結びつけたとき……この荒野に再び、本物の「銀霧」が戻るだろう。それが、俺の最後の願いだ』
勇者の姿は、淡い光となって聖堂の中に溶けていった。
後に残されたのは、二つの短剣が共鳴して放つ、澄み切った黄金色の輝き。
「……勇者さえも、迷っていたのか」
ルカは呆然と呟いた。自分たちの苦悩は、かつて世界を背負った者と同じ重さだったのだと、初めて理解した瞬間だった。
オリビアは祭壇に置かれた二つの短剣を見つめる。それは、もはやただの武器ではない。世界樹を再生させるための、二つの鍵だった。
「ルカ。世界を元に戻すのよ。私たちが、この荒野を掃除するんじゃない。世界そのものに、本来の調べを取り戻させるの」
彼女の手がルカの手と重なる。二人が同時に短剣に触れた瞬間、地下聖堂全体が黄金色の光に包まれた。それは破壊の光ではなく、世界を再構築するための「調律の開始」の合図だった。




