第九話「違和」
風は、まだ冷たかった。
戦の熱が引いたあとの、妙な静けさ。
勝ったはずなのに——落ち着かない。
春日部は、崩れた城の方角を見ていた。
「浮かねえ顔だな」
横から声。
前田慶次。
いつの間にか、隣にいる。
「別に」
短く返す。
「ちょっと考え事」
「ほう」
慶次は軽く笑った。
風が吹く。
少しの沈黙。
「……あの城」
春日部が言う。
「変じゃなかった?」
慶次の口元が、わずかに歪む。
「気づかなかったかと思ったが」
「え?」
「気づいてたか」
一歩、前に出る。
視線は、崩れた池田城の跡へ。
「池田城だ」
当たり前のように言う。
春日部が頷く。
「うん」
間。
「……だがな」
視線が外れない。
「そのままじゃねえ」
空気が、わずかに張り詰める。
「どういうこと?」
慶次は肩をすくめる。
「普請に手ぇ入れてるやつがいる」
一拍。
「——藤堂高虎だ」
沈黙。
風の音だけが残る。
「……は?」
春日部の声だけが、浮く。
——間。
春日部(そんなの——知らない)
視線が、城跡へ戻る。
(違う)
ほんのわずかに、背筋が冷える。
「……なるほどな」
後ろから声。
明智光秀。
「ただの威圧ではなかった、ということか」
慶次が笑う。
「そういうことだ」
「見せるための城だが——」
「中身はちゃんと殺しに来てる」
光秀は静かに目を細めた。
「道理で歪みがあった」
「無理に整えた形、か」
春日部は黙ったまま。
城を見る。
(なんで通った?)
あの時の判断は間違っていない。
水の流れ。
構造の歪み。
全部、理屈は合っていた。
でも。
前提が、違う。
「……面白えな」
慶次が小さく笑う。
「何が?」
思わず聞き返す。
「お前だよ」
即答。
「普通ならビビる」
一歩、近づく。
「だが、お前は違う」
視線がぶつかる。
「ズレてても、押し切る」
春日部は顔をしかめる。
「褒めてる?」
「さあな」
軽く笑う。
だが、その目は笑っていない。
試している。
測っている。
「春日部」
光秀の声。
振り向く。
「次は、どう動く」
短い問い。
逃げ場はない。
春日部は、ほんの一瞬だけ目を閉じた。
そして——開く。
「……大丈夫」
言い切る。
「まだ、いける」
光秀は何も言わない。
ただ、見ている。
春日部は小さく笑った。
「ちょっと予定と違うだけ」
「それくらい、なんとかなるでしょ」
慶次が、くつくつと笑う。
「いいねえ」
「そういう顔だ」
風が吹く。
戦は終わっていない。
「じゃあ見せてくれよ」
慶次が言う。
「次はどんな手で来る」
春日部は前を見た。
崩れた城の、その先。
まだ見えない敵。
「決まってるじゃん」
一歩、踏み出す。
「勝つよ」
その言葉は、小さく。
だが、はっきりと響いた。




