第八話「傾奇者」
風が、軽かった。
戦のあととは思えないほど、空は澄んでいる。
(……勝った、んだよね)
春日部は空を見上げながら、ぼんやりと考える。
池田城は落ちた。
あの異様な城も、もうない。
でも——
(なんか、実感ないな)
その時だった。
「——派手にやったもんだな」
声。
振り向くより早く、影が視界に入る。
いつの間にか、そこにいた。
高い場所。
崩れかけた石垣の上。
一人の男が、座っている。
片膝を立て、頬杖をついて。
まるで最初からそこにいたみたいに。
「……誰?」
春日部が目を細める。
男は、にやりと笑った。
「噂は聞いたぜ」
軽い声。
だが、その目は笑っていない。
「城を“見ただけ”で落としたってな」
間。
風が吹く。
「嘘なら笑える。本当なら——」
ゆっくりと立ち上がる。
「もっと笑える」
地面に、音もなく降りる。
その動きは軽い。異様なほどに。
(……この人)
直感が告げる。
普通じゃない。
「名は?」
問われる。
「春日部」
短く答える。
男は一瞬だけ考え——
「そうか」
とだけ言った。
名乗らない。
(あ、これめんどくさいタイプだ)
春日部は小さくため息をつく。
「で、何?」
男は肩をすくめる。
「試しに来た」
「は?」
「本当に面白いのかどうか」
その一言で、空気がわずかに張り詰める。
「……何それ」
「そのまんまだ」
男は笑う。
(あー、これ)
(戦うやつだ)
春日部は一歩引く。
だが——
その瞬間。
「やめておけ」
低い声。
明智光秀が前に出る。
「無用の争いは——」
「無用かどうかは、俺が決める」
被せるように言う男。
——そして。
視線が、春日部に戻る。
舐めるように、ゆっくりと。
ふ、と笑う。
「……なるほどな」
一歩、距離を詰める。
「城を落とした妖術使い、って聞いたが」
肩をすくめる。
「随分と、小せぇ」
間。
わざとらしく首を傾げる。
「その細腕で——」
にやりと笑う。
「よくもまあ、あの荒れくれどもを御したもんだ」
「その者に何の用だ」
光秀が一歩前に出る。
男との間に入る。
視線がぶつかる。
空気が、一気に冷える。
「……お前」
光秀がわずかに目を細める。
「ただ者ではないな」
「そりゃどうも」
男は笑う。
その笑みは——どこか歪だ。
「じゃあ見せてくれよ」
一歩、前に出る。
「“未来”ってやつを」
春日部の心臓が跳ねる。
(来た)
試されてる。
完全に。
「……いいよ」
口が先に動いた。
怖い。
でも——
ここで逃げたら終わり。
ポケットに手を入れる。
スマホ。
(これ見せれば——)
取り出す。
画面をつける。
——暗い。
「……え?」
もう一度。
押す。
反応なし。
(は?)
嫌な予感。
何度も押す。
動かない。
(ちょ、待って)
頭が真っ白になる。
「どうした?」
男の声。
完全に見ている。
(やばい)
(やばいやばいやばい)
「……それが、“未来”か?」
笑っている。
試す目。
(電池……!?)
理解する。
遅すぎる理解。
「……っ」
言葉が出ない。
終わる。
そう思った、その時。
(……いや)
止まる。
(まだ)
ポケットの中。
指先に触れる。
小さな、別のもの。
(これ……!)
顔を上げる。
「——これでも、いい?」
男の眉が、わずかに動く。
春日部は取り出す。
小さな、金色のボタン。
制服の、ただの飾り。
「なんだ、それ」
「知らないの?」
春日部は、にやりと笑う。
さっきまでの焦りは、消えていた。
「じゃあ——見せてあげる」
一歩、踏み出す。
「未来の“別の使い方”」
沈黙。
風が吹く。
男は、目を細めた。
「……いいな」
口元が歪む。
「そういうのだ」
一歩、近づく。
「そういう“予想外”が、面白え」
間。
そして——
「名乗ってやるよ」
初めて。
男が、名を出す。
「前田慶次」
空気が変わる。
その名が持つ“何か”が、場を支配する。
春日部は小さく息を吐いた。
(来た)
ここが——分岐点。
「で?」
慶次が笑う。
「俺をどうする?」
試す目。
完全に。
春日部は、迷わなかった。
「仲間になってよ」
即答。
一瞬の沈黙。
そして——
「ははっ!」
慶次が大きく笑った。
「いいねえ!」
「その軽さ、嫌いじゃねえ!」
振り返る。
背を向ける。
「条件は一つだ」
止まる。
「退屈させるな」
それだけ言って、歩き出す。
止めない。
追わない。
ただ——
春日部は笑った。
(……乗った)
風が吹く。
戦は、次の段階へ進む。




