第七話 「崩し」
風は、静かだった。
摂津、池田城。
その城は、変わらずそこにある。
高く。
過剰に。
そして——どこか、歪に。
「……やるよ」
春日部が言った。
短い。
だがその一言に、迷いはなかった。
兵が動く。
並べられていく火縄銃。
そして後方——
据えられる、鉄の筒。
「……あれは」
「国崩し、か……?」
似ている。
だが違う。
継ぎ接ぎ。
歪。
完成されていない兵器。
「名前なんてどうでもいいよ」
春日部は淡々と言う。
「使えればいい」
誰も笑わない。
その配置。
その距離。
その並び。
すべてが——異様だった。
「……重ねるのか」
光秀が呟く。
「うん」
「銃と砲」
「同時に撃つ」
沈黙。
理解が追いつかない。
「一回で終わらせる」
その言葉だけが、やけに重かった。
春日部は前に出る。
視線は、水堀。
(いける……はず)
だが——
(外したら、終わり)
初めて、手がわずかに震えた。
「……まず試す」
手を上げる。
「撃て」
轟音。
空気が裂ける。
だが狙いは——城ではない。
水。
堀の一角。
爆ぜる。
揺れる。
そして——
止まる。
「……浅い」
春日部が呟く。
「まだ足りない」
その瞬間。
「砲撃位置、特定!」
城内から声が上がる。
「水門を閉じろ!」
「遮断しろ!」
速い。
異常なまでに速い。
「……やっぱ強いな」
春日部が小さく呟く。
池田輝政。
その指揮は、的確だった。
「流入経路を塞げ!」
「堀を分断しろ!」
兵が動く。
水の流れが、変わる。
「……止めに来てる」
春日部の目が細くなる。
(これ——間に合う?)
一瞬。
迷いがよぎる。
その時。
「春日部」
光秀の声。
「決断せよ」
短い一言。
だがそれは——
“任せる”という意味だった。
息を吸う。
吐く。
そして——
「……やる」
手を振り下ろす。
「全部、撃て」
次の瞬間——
轟音。
銃声。
砲声。
すべてが、重なる。
完全な同時。
逃げ場のない衝撃。
直撃。
破壊。
——そして。
遅れて、来る。
水。
「な——!?」
城内。
揺れる。
崩れる。
だが——
「まだだ!!」
輝政の声。
「持ち場を離れるな!」
踏みとどまる。
兵が耐える。
流れを押し返そうとする。
「止めろ!!」
——止まらない。
水は、増える。
押し寄せる。
「……嘘だろ」
誰かが呟く。
止まるはずがない。
最初から——
「止まる構造じゃない」
春日部が静かに言う。
「だから言ったじゃん」
その目は、冷えていた。
城が——崩れる。
内側から。
構造ごと。
威圧のために積み上げたものが、
その重さで、自らを壊す。
だが——
「……やりすぎた?」
一瞬だけ。
春日部の口から、言葉が漏れた。
想定以上。
水の量。
崩壊の速さ。
(これ……止まらない)
城内。
叫び。
流される兵。
「退け!!」
輝政の声が、最後に響く。
そして——
音が、消えた。
戦は、終わった。
誰も、すぐには動かなかった。
ただ、崩れた城を見る。
「……これが」
丹羽が呟く。
「戦か」
その声には、
わずかに——恐れが混じっていた。
高所。
屋根の上。
一人の男が、寝転がっていた。
「……やるじゃねえか」
石川五右衛門。
「種は撒いといたが——」
「ここまで壊すかよ」
笑う。
「こりゃあ、面白くなってきた」
立ち上がる。
「広めねえとな」
その姿は、風と共に消えた。
——話は、流れる。
面白い話は、止まらない。
転がる。
広がる。
そして——
遠く。
「……へぇ」
一人の男が、それを聞く。
「城を壊した、だと?」
鼻で笑う。
「くだらねぇ」
だが——
口元が歪む。
「本当なら」
ゆっくりと立ち上がる。
「——面白ぇ」
風が吹く。
その背は、
常識から外れていた。




