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攻略済みの戦国世界に転移した私、無双して明智光秀を救ったのに歴史がズレ始めた  作者: 西住


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第三話「撤退の理」

張り詰めた空気が、音もなく陣中に広がっていた。

鎧の擦れる音だけが、かすかに耳に届く。

誰もが口を閉ざし、次の一手を待っている。


「——撤退、だと?」


低く、押し殺した声。


振り返ると、ひとりの武将が一歩前に出ていた。


「そのような弱腰の策、到底受け入れられませぬ」


当然だ。


さっきまで「未来を知っている」などと言っていた子供が、いきなり「逃げろ」と言っているのだ。


(まあ、そうなるよね……)


でも——


ここで折れたら、終わる。


「逃げじゃないです」


言い返す。


思ったより、声は震えていなかった。


「勝つための撤退です」


ざわめきが走る。


「戯言を……!」

「この期に及んで退けば、軍は総崩れになるぞ!」


次々に飛んでくる反発。


うん、知ってる。


(でも、それでも——)


「このまま進んだら、もっとひどいことになります」


言い切る。


視線が一斉に集まる。


「兵の数、全然足りてないですよね」


一瞬の沈黙。


「秀吉は、もう戻ってきてる」

「しかも、士気が高い」


周囲を見渡す。


疲弊した兵。

不安げな顔。


「対してこっちは——準備も、時間も、足りてない」


静かに、しかしはっきりと言う。


「このままぶつかったら——負けます」


わずかに息を吸う。


「……最悪、ここで全滅します」


空気が、重く沈んだ。


「……根拠はあるのか」


光秀の声。


試すような響き。


(来た)


「あります」


頷く。


「秀吉は、ここに来るまでにほとんど休んでない」

「でも、その分“勢い”がある」


言葉を選びながら続ける。


「一気に決着をつけに来るはずです」


一歩、踏み出す。


「逆に言えば——時間を稼げば、その勢いは落ちる」


何人かの表情が変わる。


「補給も、兵も、整えられる」

「地形も選べる」


息を整え、言い切る。


「だから一回引くんです」


沈黙。


今度は、さっきとは違う沈黙だった。


「……だが」


別の武将が口を開く。


「退けば、敵に背を見せることになる」

「追撃を受ければどうする」


(そこ、来るよね)


「だから——」


頭の中で、必死に組み立てる。


(川があったはず……どこだっけ……)


その時——


小さな電子音が、耳元で鳴った。


(……え?)


一瞬だけ、意識が逸れる。


ポケットの中のスマホ。


(ちょ、なんで今!?)


迷う。


だが——


(……使うしかない)


画面を覗く。


【山崎の戦い 布陣図】


(……やっぱり)


脳裏に、見覚えのある地形が重なる。

断片だった記憶が、一気に繋がる。


川。

狭まる地形。

追撃の導線。


(ここで……止められる)


顔を上げる。


「追撃させればいいんです」


「……何?」


「わざと、です」


ざわめきが走る。


「一部だけ残して、引く」

「敵がそれを追う」


一瞬、言葉を区切る。


「でも——そこで、止める」


「止める、だと?」


「地形を使うんです」


地面を指す。


「このあたり、川がありますよね」

「道が狭くなる場所があるはずです」


何人かの顔つきが変わる。


「そこで迎え撃てば、数の差は減る」


空気が変わる。


確かに。


「さらに」


言葉を重ねる。


「退きながら、時間を稼ぐ」

「その間に兵を集める」

「態勢を整える」


一拍置く。


「一発勝負じゃなくて、“二段構え”にするんです」


完全な静寂。


(……どうだ)


心臓がうるさい。


怖い。


間違えれば——ここにいる全員が死ぬ。

自分の一言で。


でも。


逃げない。


「……なるほどな」


ぽつりと、光秀が呟いた。


「退きつつ、機を待つか」


その目が、わずかに細くなる。


「面白い」


周囲がざわめく。


「殿……まさか」


「聞こえなかったか」


光秀は静かに言った。


「この策、理に適っている」


その一言で、空気が変わる。


完全に。


「春日部」


名前を呼ばれる。


「はい」


「その策——」


一瞬の間。


「採ろう」


心臓が、大きく跳ねた。


「ただし」


続く言葉。


「失敗すれば、我らは終わりだ」


まっすぐな視線。


「分かっているな」


「……はい」


喉が乾く。


それでも、頷く。


「各々、撤退の準備にかかれ」


「殿!」


「命令だ」


その一言で、すべてが動き出す。


武将たちが散る。

兵が走る。


陣の空気が、一気に戦のそれへと変わる。


あーしは、その場に立ち尽くしていた。


(……やった)


(通った)


でも——


(これ、もう後戻りできないやつだ)


手が、わずかに震える。


その時。


「春日部」


振り返る。


光秀が、すぐ後ろに立っていた。


「お前の言う未来」

「どこまで当たるか、見せてもらおう」


その目は——


もう疑いだけではなかった。


(……賭けられてる)


ごくりと、唾を飲み込む。


「はい」


小さく答える。


風が吹く。


撤退の号令が、陣中に響き渡る。


それは——

歴史を変えるための、最初の行動だった。


(——だが、それが本当に正しいのかは、まだ誰にも分からない)


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