無人島生活61話 腹黒い紅の白い天使
誰がトラップを起動させたのか知らないが、突如地面が抜けた。
たぶん原始的な落とし穴の仕組みになっていたのだろう。
布を敷いて、その上に砂でもかけてカモフラージュしていたのかな。
光が遠ざかっていく……。
このまま地面に叩きつけられ、ぺちゃんこになって死ぬのか……。
そう諦めたときエリーの腕を誰かが掴んだ。
「紅さん……」
紅だった。
紅は直角の壁面に立っている。
潤弥に腕を掴まれ、潤弥はゴリッチに腕を掴まれ、ゴリッチは隊長に腕を掴まれていた。
フィクションの世界で見るような数珠つなぎ状態で耐えていた。
「絶対に放さないでよ! 放したらあの世で呪ってやるから!」
「エリ~ちゃ~ん。諦めるのが~、早いよ~」
「諦めてないっての!」
こんな状況でも紅の声は、戦場カメラマンのあの人のようにおっとりとしていた。
「一人はみんなのために~、みんなの一人のために~。ワンチ~ムだよ~!」
「紅さん……」
洞窟の中なのに雨が降っていた。
涙という、雨が――。
隊長は合計何百キロとあるみんなの体を軽々と持ち引き上げた。
「大丈夫だったかエリー君。足元には十分気を付けないといけないよ」
「ありがとう……。本当に死ぬかと思った……」
「誰も死なないさ。私が守るから」
隊長はボケているのか真面目に言っているのか、陽気の延長でいった。
「カバーッち……。うちはカバーッちに死ぬまで付いて行くで!」
「僕もだ!」とゴリッチ。
「私も~以下同文~」
「フン、我は初めから、そのつもりだ」
「守ってくれよな! 真っ先に俺っちを守ってくれよな……!」
みんなは何故か青春ドラマのワンシーンを演じた。
エリーは目をつむり、再び開くときには心を決めた。
「しょうがない。みんながみんなを守って、みんな無事に家に帰りましょう!」
何だこの茶番は、と思いながら改めて絆を深めた七人なのであった。
行き止まりだった道を引き返して、二叉に分れた道の左側に進むことにした。
「あんたのワンワンセンサーも案外信用できないわね」
「豚もおだてりゃ木から落ちるゆうやろ。どんなに得意なことでも、たまには間違えることもあるわ」
「それをいうなら『豚もおだてりゃ木に登る』『猿も木から落ちる』でしょ」
「関西ではそういうねん」
「嘘やめろ! 真に受ける人がいたらどうするの」
漫才を繰り広げながら、七人は洞窟をさらに進んだ。
線路は続く~よど~こまで~も♪ よろしく洞窟はどこまでも続く。
頭の中では あるこう あるこう わたしはげんき♪ の歌が流れていた。
道中、浸水した場所があった。
浸水した通路には、見えないように槍が沈められ隠されていた。
知らずに水の中に踏み込んでいたら、串刺しだっただろう。
性格の悪いトラップばかりだ。
水に落ちないように気を付けて、となりの狭い通路側に背中を這わせて通り抜けた。
それからしばらく進んでいると、「待て」と龍之介がみんなを止めた。
たいまつの光を当てると、ピアノ線くらいの太さの糸が洞窟の通路に張り巡らされていた。
これあれだ。
スパイ映画なんかでみる、赤外線センサーの原始的な奴だ。
向かい側にセンサーを解除できそうな、レバーがあからさまに見えていた。
明らかに罠だろ。
さすがにこれ以上は進めない。
エリーだけが諦めたそのとき――。
「ここは~、わたしに~、任せて~」
紅が躍り出た。
「任せてって、どうするつもり?」
エリーが訊ねると、紅は振り返ってキ〇ッツアイ的なポーズを決めた。
「わたし~体~柔らかいんだよ~。これくらいの罠なら~すり抜け~られると~思う」
紅はドレスのようなワンピースを突如脱ぎ始めた。
「ちょ! 何こんなところで……」
エリーは男たちから紅を隠すようにしたが、よ~く見ると龍之介が作った水着を着用していた。
それでもかなり際どいけれど……。
「服脱いでどうするつもり?」
「ワンピースのスカートが~、線に触れると~、危ないからね~。誰か~、ライトで線を照らしてて~」
確かにフワフワのスカートが線に触れると、トラップが作動しそうだ。
「モーリアン」
「何や?」
「そのパーカー、紅さんにかしてあげなさいよ」
「なんでや?」
「おまえはいちいち言われないとわからないのか! 紅さんの恰好見ればわかるだろう! さすがに水着でこれは放送コードに引っかかるって……!」
「嫌ややわ。エリーッちがかしたらええやん」
「あたしはこれしか着てないもん。あんたはその下に服着ているじゃない」
「いややいやや! このパーカー着てへんかったら、うちのキャラがなくなってまう!」
「そんなパーカー着てなくても、あんたのキャラはなくならないわよ。どんだけキャラ強いと思ってんの」
「そりゃ、そうやろ。うちはうち代わりはおれへん」
「自己肯定感強いわね……。まあ、だからかしてあげてよ」
「いややわ。たまにはファンサービスせな。ファンサービスが足らんと思うんや」
このボケこんなときに何言ってんだよ。
状況考えろよ。
なんでやねん! という名のどつきを食らわせようとしたとき――。
「我のパーカー・オブ・ミッドナイトをかしてやろう」
龍之介は自分のパーカーを脱いで、紅にかけてやった。
上半身は隠せたが、生脚が見えている。
これはこれで……何とも……。
マニアが喜びそうだ……。
「ありがと~、じゃあ、待ってて~」
パーカーを頭にかぶって、長い黒髪を服にしまった。
紅はとんでもない軟体の持ち主だと判明した。
体操選手のように、体を反らしたり、逆立ちしたりして、重力無視で線を避けて進む。
本当に重力が感じられない……。
「思い出したぞ!」
潤弥が突如叫んだ。
「なにを?」
「あの、黒い長髪、腹黒そうな微笑み、間違いねえ! あれは数年前に閃光のように体操界に現れ、金メダル最有力候補と評されながらも、突如姿を消した腹黒い紅の白い天使だ!」
「またそのパターンかい! どんだけ各界で異名を轟かせてんの。前にも言ったけど、黒なのか、紅なのか、白なのか絞ってよ」
紅はイーサン・ハ〇トもビックリの潜り抜けをやってのけた。
向こう側に到着すると、何の迷いもなくレバーを引いた。
ちょっとくらい警戒してよ。
罠だったらどうするの……。
何も起きない……。
モーリアンはもう安全とばかりに、迷いなくピアノ線に触れた。
「ちょ! 触ったらダメだって!」
「大丈夫やで、ほらみてみ」
言ってモーリアンはピアノ線をぐいぐい引っ張ったが、何も起きなかった。
状況を打開するには、モーリアンのような考えなく行動する人間が必要なのだな、とエリーはこの島に来て何度も感じたことを再実感した。
ピアノ線エリアを抜けると、広い空間に出た。
教室二つほどの空間だった。
ゲームだったらエリアボスがいそうな空間。
ゲームじゃないんだから、エリアボスは当然いないが。
「行き止まり?」
思いのほかあっけない終わりにエリーは落胆の声を上げた。
宝物なんてないじゃない。
みんなが恐る恐る真ん中に集まったときだった。
入って来た入り口がゴゴゴゴゴという擬音を立てながら塞がった。
「なに! 閉じ込められたッ……!」
エリーは慌てて入り口に向かったが、巨岩で塞がれたあとだった。
いったい、どいう仕掛けになってんだ!
何百年前の仕掛けにしては、とんでもない技術力だぞ。
これがあれか、ロストテクノロジーってやつか!
「ちょっと、ゴリッチ! ゴリラの極みでこの岩破壊してよ!」
「いや、それは思いとどまった方がいいだろう。これを見てくれ」
隊長はたいまつの光で前方の壁を照らした。
壁にはかの有名なオタクーゴが刻まれていた。
「なんて書かれているの……?」
「『おまえたちは袋のネズミなんだなぁ。この部屋のどこかに、隠し通路があるんだなぁ。ここから抜ける方法は隠し通路を見つけるしかないんだなぁ。無理やり入り口をこじ開けようとしたら、この空間は海の底になってしまうんだなぁ。外に出たければ、死ぬ気で出口を探すしかないんだなぁ』」
「毎回、オタクーゴのニュアンスが違う気がするんだけど? 本当に合ってるのよね?」
「オタクーゴは色々な派生があるからな。書き手によって多少は異なる。これはオタクの型から派生した」
「わかったわかった。もういいから……」
生き埋め……。
その言葉がエリーの脳内を、スポーツカーが周回するくらいのスピードで回っていた。
水死……、餓死、つまり『死』。
恐怖がエリーの心を蝕んだ。
「どうするの!」
「まあ、落ち着くのだ」
龍之介が大したことではない、という意味を言葉の内に含めていった。
「オタクーゴには隠し通路があると書かれているんだろう。ならば、その隠し通路を見つけるまでだ!」
ヘブンズゲートって、天国の扉だろ。
死ねってか! 死ねって言うのか!




