表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
57/64

無人島生活56話 紅の腹黒い悪魔

 将棋界には生ける伝説がいた――。

 地上最年少5歳でプロになり、対戦成績連戦連勝を叩きだした脅威の少女。

 いつも微笑み心が読めない容姿から付けられた異名が『腹黒い悪魔』。


 少女の名前は(くれない)

 対局相手は畏怖(いふ)の念を込めて少女を『紅の腹黒い悪魔』と恐れ称えた。

 いつものことながら突如流れはじめるナレーション。


「赤なのか黒なのか紛らわしいな」


 エリーは叫んだ。

 悲しかな洞窟の中でエリーの声はパイプオルガンみたいに反響した。


「エリーっち……逃げ……エリーっちが勝てる相手やな……ゴハッ」


「あたしだって逃げたいわ! 逃げたいけど、逃げられないんじゃない!」


 紅は腹黒い笑みを浮かべて、エリーに迫った。


「エリーちゃ~ん。対局~はじめましょうか~」


 洞窟の中が荒野と化した。

 目の前に西部劇なんかの決闘シーンで流れる乾燥した『あれ』が転がっていった。


 フィールドに兵たちが展開された。

 イメージは現実と化し、兵たちは具現化した。

 紅を大将とする兵たちが、向かい側で陣形を組んだ。

 完璧に洗礼された兵たちの動きに迷いはなかった。


「紅さん……こんな無意味な闘いやめましょうよ……!」


「ん~」紅は思案気味に唸り「いや~」と腹黒い悪魔の微笑みを浮かべた。


「どうしてあたしたちが争わないといけないの! あたしたち仲間じゃない!」


「仲間同士でも~、争わなければいけないときが~、あるのよね~。悲しいけどこれ戦争なのよね~」


 紅とはわかりあえないのだとエリーは理解した……。

 逃げることもできない……。

 この闇の対局を終わらせる唯一の方法は勝つこと!

 

「エリーちゃんの~番だよ~」


 エリーは駒を動かし陣形を整えはじめた。

 エリーお得意の穴熊戦法。

 大将であるエリーを兵たちが囲んだ。


「わたしに~、防御なんて~、無力ッ!」


 紅は一気に攻めに入った。

 何! まだはじまって間もないんだぞ!

 紅の兵たちはエリーの陣地を占領しはじめる。

 足軽たちは捨て駒同然に討ち死にし、エリーの強駒をトレードする。

 

 まるで躊躇がない。

 大地は戦火を上げ、厚い曇天が立ち込めた。

 ごみクズのように命を落とす兵たち。

 大将の紅は自分陣営の中で、足を組み戦局を観戦者のように眺めていた。


「紅さん! あなたの兵たちが泣いているわッ……!」


「フフフ~、兵なんてただの捨て駒~。足軽がどれだけいようと~、強駒には~、勝てないのよ~。悲しいけどこれ戦争なのよね~」


 とうとう紅の陣営の足軽が一掃された。

 その代わりエリーの右翼の騎馬と左翼の騎馬などの強駒が奪われた。


 なんて愚かな戦いなのだろう……。

 兵たちにだって帰りを待つ家族がいたであろうに……。

 エリーは自身の境遇と捨てられた足軽たちの境遇を重ね合わせた。


「あなたたちの命は無駄にしない! あたしがこの戦争を終わらせる!」


 エリーは足軽たちを次々戦局に投入した。


「雑魚が~、どれだけ集まろうと~、雑魚なのよ~」


 紅の陣営にいる駒は強駒で溢れていた。

 紅は勝ち誇った様子で、すでに遊んでいる。


「あたしがこいつらの力を見せてやる!」


「おもしろ~い」


 紅はイソップ童話の『ウサギとカメ』のようにエリーを舐めて、油断している。

 エリーは足軽を敵陣営に送り込み、次々クラスチェンジをする。


「クラスチェンジ! 隠者!」


 隠者は破壊不可能な駒。

 だが敵を攻撃することもできない駒。


「隠者~? そんな駒でどうしようっていうの~?」


 紅はエリーの陣営にいる駒たちを根こそぎ奪おうとしている。

 完全に遊ばれていた。


 決着をつけるつもりなら、開始十秒で終わらせることができただろう。

 だが紅は戦いを楽しんでいる。

 戦闘狂だった。


「いったい~、隠者ばかり増やして~、何をしようとしているの~? そんな無能な駒じゃわたしに勝てないよ~」


 馬鹿にするように紅は言った。


「ああ~、そうか~、隠者で周りを固めて盾にするつもりなんだね~。隠者は破壊できないから~、言うなれば最強の壁~、だもんね~」


 紅の話を無視してエリーは次々と、捨てられた足軽たちの怨念を隠者に変えた。

 フィールドにはボロボロのローブを身にまとった隠者たちで溢れかえった。


 悲しみに満ちた小さな声で呟き続けていた。

 紅は何も行動に移さないエリーに痺れを切らして、「もう~いいかな~、飽きちゃった~」と言うと騎士たちを前進する。


 今まで弱者を攻撃することで優越感に浸っていた強駒たちは、一斉に腰を上げクラスチェンジをはじめた。


 今、最終決戦が幕を開ける。

 ラグナロクのはじまりだ!

 フィールドにはクラスチェンジを終えた強駒たちと、エリーの隠者だけが立ち尽くしていた。


「これで終わりだね~」


 言って紅は兵たちに総攻撃を命じた。

 そのとき――。


「どういうこと~……。何で~兵が動かないの~……」


 戦意喪失したみたいに紅の駒たちは動かなくなった。

 

「どうしたの~、早く終わらせちゃってよ~……」


「紅さん。あなたの兵は動かないわよ」


「どうして~……?」


 紅は何度も自軍の兵たちに命令を下したが、無視しているのか、聞こえていないだけなのか動かない。

 大将の命令を無視する兵たち。


「何をしたの~……?」


「あたしはきっかけを与えただけ。原因を作ったのは紅さん、あなたよ!」


 エリー大将は紅を指さした。


「あなたは兵たちを捨て駒として扱った。そんな大将に兵はついて行かない。暴君に付き従う部下はいないッ!」


 結局感情論かよ、というツッコミが観客席から聞こえた。

 ブーイングの嵐。

 すると隠者と化した元歩兵は大きな声を轟かせ叫んだ。


「そこまでだァア~~~~!!!! もうやめましょうよ!!! もう これ以上戦うの!!! やめましょうよ!!!! 命がも゛ったいだいっ!!!! 兵士1人1人に……!!  帰りを待つ家族がいるのに!!! 目的はもう果たしているのに……!!! 戦意のない兵士を追いかけ……!!! 止められる戦いに欲をかいて………!!! 今手当てすれば助かる兵士を見捨てて……!!! その上にまだ犠牲者を増やすなんて 今から倒れていく兵士たちは………!!! まるで!!! バカじゃないですか!!?」


(↑漫画ワンピースからの引用↑ パクリじゃないよ! 引用だからね!)


 一人の隠者が戦場で叫んだ。

 その声を聞いて、兵たちは剣を下した。

 武力を持たない無抵抗の兵に険を振り下ろすことなどできようか。

 隠者は団結し戦争の愚かしさを訴えていた。


「まさか~……、無血開城を~……成功させるなんて~……」


 将棋には無血開城という戦法があった(リアル将棋ではありません)。

 白黒決着をつけるためにある将棋において、無血開城という戦法が使われたことなど、長い歴史を見ても数えるほどもなかった。


 無血開城を行うには敵駒の戦意を喪失させ、隠者たちに戦争の愚かしさを訴えさせなければならなかった。


 手順が面倒でまず使われることのない戦法。

 将棋を知る誰もそんな戦法が本当に存在することすら忘れていた古の戦略。


 ウサギとカメのウサギのように遊んでいたのが裏目にでた。

 駒を大切にしなかった大将紅に、兵たちは不信感を募らせた。

 

 そこに隠者たちの武力放棄。

 ここに将棋の歴史に名を残す無血開城が達成された。

 勝者も敗者も存在しない、無血の決着。


「この紅の腹黒い悪魔と呼ばれたわたしが~……負けるなんて~……」


 地面にへたり込んだ紅にエリーは手を差し出した。

 紅はエリーの手を見た。


「紅さんあなたは負けていない。この対局には勝者も敗者も存在しないの。楽しい対局ありがとう」

 

 紅は一度(こうべ)を垂れ、再びあげると清々しい微笑みを浮かべていた。

 紅はエリーの手を握り返し立ち上がった。


 洞窟の中に張られていた闇のフィールドが解放された。

 エリーは洞窟の奥で今なおもがき苦しむ、馬鹿たちを見て心の中で思った。

 ああならなくてよかった!!!!! 







「後に将棋界に彗星のように現れ、全タイトルを獲得することとなるエリー棋士はこうして誕生することになったんや」


「嘘の後日譚やめろよ!」


 めでたしめでたし――。

挿絵(By みてみん)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ