無人島生活47話 インフルエンザあるある★
夜だった。
虫の鳴き声すら聴こえない静寂に、苦しそうなモーリアンの寝息だけが聞こえた。
何度も寝返りを打ち、なかなか眠れずにいるエリー。
今日は殆ど体を動かしていないので全然疲れていない。
つまり眠れない。
時間にして九時くらいだろうか?
いや、八時?
七時かもしれない。
時計がないから正確な時間を判断するのは難しかった。
眠れずとも目をつむってボーっとしていたときだった。
となりで眠るモーリアン(顔の接する方向を逆さにしている)が起き上がった。
寝たふりを決め込んで少し様子を見ていると、モーリアンは外に出ていったのが足音でわかった。
トイレか?
エリーは山羊を数えながら待ってみたが、白山羊さんと黒山羊さんを五十匹ずつ、計百匹数えてもモーリアンは戻ってこなかった。
さすがに遅くないか……?
どこかで野垂れているのか……?
やっとエリーは理解する。
ただごとではない、と……。
毛布を跳ね飛ばし、ランプを持って外に出た。
洞窟の中が暗かったから、外は月と星の光でLEDライト並みに明るいと思った(エリーの感覚では)。
周りの木陰を見渡してみたがモーリアンの姿はない。
心臓が跳ね上がりエリーの全身から血の気が引いた。
もしかして……何かに襲われた……。
真っ先に連想したのは蛇だったが、あれ以来蛇に遭っていない。
だとすれば……道に迷ったのだろうか……?
どうして声をかけなかった……後悔するのは後からだ、とにかく捜さなければ……。
「どこいったのよぉおおおおおおおおッ!」
夜の森がざわざわと揺れて、エリーの言葉を飲み込んだ。
「驚かそうったってそうわいかないわよォおおおおおぉおッ!」
夜の森はとてつもなく不気味だった。
真っ暗で、一寸先は闇。
夜に出歩くなんてことは今までしたことがなかった……。
お化け屋敷も一人で入れないエリーは勇気を奮い立たして叫び続けた。
「ねえったらッ―――――――!」
不気味な小動物の声が闇夜に相づちを打つばかりで、モーリアンの返事は返ってこない。
どこにいったんだ……?
エリーは喉が潰れるかと思うほど大きな声で叫び続けた。
だが、帰ってくるのはエコーがかかった自分の声だけ。
あの体でどこに行ったというのだ……?
ランプの光でできる火影が不気味な想像をかき立たせる。
おばけなんてないさ……おばけなんてうそさ……ねぼけたひとがみまちがえたのさ……。
有名な童謡を口ずさみ、へっぴり腰で周辺を探し続けた。
このまま見つからなかったら……どうしよう……。
未確認生物に襲われていたらどうしよう……。
エリーは涙を目尻に滲ませて、モーリアンを呼び続けた。
そのときだった。
森の樹間のあいだを漂っている陰がランプの灯りで浮き彫りになった。
間違いなかった。
モーリアンだッ。
モーリアンの背中にエリーは叫ぶが反応がない。
どうしたというのだろう……。
樹間のあいだを縫ってエリーはモーリアンに追いつき、肩を掴んだ。
「心配させないでよッ。さっきから呼んでるじゃないッ」
肩を引き寄せると、モーリアンは虚ろな目でエリーを見返した。
「どうしたの……?」
返事がないただの屍のようだ……。
夢遊病になっているのだ……。
エリーも経験があった。
昔、インフルエンザになったとき、熱にうなされながら家中を彷徨い歩いた経験……。
意識が体の中に閉じ込められたみたいに、勝手に体が動く不思議な感覚。
ニュースなどでもよく聞く。
因果関係はわからないがタミフルなどを飲用していると、夢遊病みたいになるのだと。
エリーはモーリアンの手を引いて、とにかく洞窟に戻ろうと考えたが、彼女は突っ張って散歩拒否をする犬みたいに動かなかった。
「帰るわよ」
返事がないただの屍のようだ……。
しばらく根競べをしたが、モーリアンは足の裏に根が張ったという表現がしっくりくるほどビクともしなかった。
火事場の馬鹿力並みに意識のないモーリアンはリミッターが外れているのか?
仕方がないので、エリーはモーリアンを横抱きにして抱き上げた。
一応エリーは日本男性の平均身長よりも高いのだ。
160ちょっとのモーリアンを抱き上げるくらい、造作もないことだった。
思っていた以上に軽かった。
プロフィールには体重不明とあるが、45~50㎏の間と見た。
やっとの思いでモーリアンを連れ戻し、一息をついているそばから、またもや起き上がり外への脱走を試みるモーリアン。
「いい加減に起きてよ。どこ行こうとしてんのよ。〇ピュタか? 〇ピュタにでも行こうとしてるのかっ」
のらりくらりするモーリアンを食い止めるエリー。
何度も往復びんたをするけれど、動く屍のままだった。
攻防が一晩中続き、エリーはとうとう眠ることができなかった。
頭が重く、体がだるく、目の下には隈ができたエリー。
いつも健康的な生活をしているだけに、反動は計り知れない。
日が明けると同時に、モーリアンは意志ある屍へと進化して、心なしか顔色が健康な紅を指している。
「ん? うちどないしとったんや? エリーっちもどないしたん? 何で立ったまま眠っとん?」
昨晩までの病気が嘘だったかのようにモーリアンはモーリアンに戻っていた。
「あ……なたが……夜出歩るこうとしていたから……、止めてたんじゃ……ない……」
声はしゃがれ玉手箱を開いたおじいさんならぬ、おばあさんになっているエリー。
ゴホゴホゴホ……。
「うちが夜出歩こうと? してへんで」
「してたのよっ! ゴホゴホゴホ……」
ヤバい……喉が痛い……。
「ところで熱は下がったの……?」
「もう大丈夫やわ。体もダルないし、喉もいたない、食欲も旺盛やで」
「そう……それはよかった……」
「どないしたん? 何で元気ないん」
誰のせいだ誰の?
何か言い返してやりたいが、頭が重く喉も痛く、言い争いをしたい気分ではなかった。
これは間違いない――。
「あんたの風邪もらったみたい……」
「そうか。そりゃ、一緒におったらうつるわな」
しばらくして、潤弥と紅が朝食を持ってやって来た。
元気になったモーリアンを見て、二人は喜んだが、逆に元気をなくしたエリーを見て困惑気味に顔を見合わせた。
「もしかしてッ、風邪もらったのかッ」
喉が痛くて言葉を返すことができず、代わりにモーリアンが代弁した。
「そうやわッ」
紅と潤弥はコソコソと何かを話したのち再び叫んだ。
「風邪が治るまで、エリーの看病をしてやってくれッ!」
「うちがか? 何でえなッ」
「看病してもらったじゃないかッ。おまえを隔離するって言ったとき、エリーが真っ先に止めたんだぞッ。次はおまえが看病してやれよッ」
「そんなん、エリーっちが勝手にやったことやないかッ」
となりで聞いていたエリーはマグマよりも煮えくり返る怒りに全身を焼かれた。
決して見返りを欲してボケに情をかけたわけではないが……こうあしらわれると負の感情が沸き上がった。
「どっちにしたって、まだウイルスを持ってるんだから、あと三日はそこにいてもらわなきゃ困る。おまえは抗体を持ってるんだから、もうかかることはないだろ。おまえしかいないんだよッ! あと一週間ほどの辛抱だッ」
かくして今度はエリーが寝込むことになったのであった。
「ゴホゴホ……」
「ホンマにうちまで巻き添えやわ」
「誰のせいだッ誰のッ……ゴホゴホ……」
「叫んだらあかんって」
「誰のせいだッ誰のッ……ゴホゴホ……」
これから一週間、たった二人だけの洞窟でうるさいモーリアンのボケを聞き続けることになったエリーなのであった。
「あたしが……何をしたっていうのよ……。ゴホゴホ……ゴホゴホ……。トホホ……」
“恩を仇で返す„とは正にこのことであったとさ――めでたしめでたし。




