無人島生活46話 ボケ代理
「二人とも大丈夫かな……?」
薪を作っていたゴリッチは今朝からずっと辛辣な顔をしていた。
「治るまでの辛抱だ。俺っちたちが心配したって何もできないだろ。あいつが付いているんだから、信じて任せてりゃあいいんだよ」
そういう潤弥だが自分も気が気でないのは、はたから見ても察しがついた。
モーリアンがしていた動物の世話を潤弥は終えて、一息ついていた。
ゴリッチも薪のピラミッドを積み上げ終えて、テーブル椅子に腰を下す。
二人は座ったまま何も話すことなく、ボーっと気まずい空気を漂わせていた。
モーリアンがいるときは、くだらないことでボケてワイワイできていたものだ。
だが、いなくなってしまうとこうも静かになってしまうとは……。
「二人とも~ボケっとしてどうしちゃったの~?」
洗濯籠を持った紅はニコニコと変わらずに微笑んでいた。
洗濯籠の中には服が積み上げられている。
ということは男みなターザンみたいな腰巻を付けている状態である。
「どうもしねえよ」
「アンちゃんと~、エリーちゃんの~、ことを心配しているの~?」
「心配なんてしてねえよ」
「そう心配する~ことないよ~。心配したって~、あなた達には~何もできないんだから~」
「だから心配してないって言ってるだろ」
「そうだ~、じゃあぁ~、アンちゃんがよくなるまで~、誰かがボケ担当になったら~いいんじゃないかな~」
「何でそんな話になるんだよ」
・・・・・・間が開いた。
「誰か~ボケやりたい人~いる?」
「ボケなんてやりたくねえよ。言い出したおまえがやりゃいいだろ」
テーブルの上に頬杖をついて、グチグチ嫌味を垂れる潤弥。
「わかった~、じゃあ~、わたしが~やるね」
「何かボケてみろよ」
潤弥のむちゃぶりに紅はしばらく考えてから、「じゃあ~、やるね~」と洗濯籠を置いた。
両手で四角形の枠を作って、紅は何かの擬音を口ずさんだ。
しばらく待っても意味がわからなかったので、潤弥は口を挟む。
「何やってんだ?」
「戦場~カメラマンの~古井部紅~です」
おやじギャグで滑ったとき以上の静寂が、場の空気を北極に変えた。
「ボケが弱い!」
「そうかな~、面白いと~思ったんだけど~な~」
「おまえは駄目だ。たまに発するクレイジーさはいいけど突発的なボケには向いていない。じゃあゴリッチ、ボケてみろよ」
突然のむちゃぶりにも嫌な顔をせずゴリッチは了承した。
頭を捻りボケを捻りだそうとしているが一向に出てこないゴリッチ。
「駄目だ。考えてボケている時点でボケの素質はない。こんなんだったらお笑いの呼吸を教えてもらうんだったな」
そこにやって来た龍之介。
蛇皮で作った原始人みたいな服を着ている。
「ちょうどいいところに来た」
潤弥は手招きして、忙しそうに動き回っている龍之介を呼び寄せた。
「我を呼び出したのは貴様か」
「そうだ。俺っちに従え」
「我が下等生物に従うだと? 片腹痛い。我は何物にも縛られぬ」
擬音を背後に具現化させて、龍之介は中二病ポーズを決めた。
「まあ、おまえは存在自体がボケだけどな」
「何がだ?」
「ボケが不在の今、空気が重苦しくなってるだろ。だから、誰かがあいつの代わりにボケ役を引き受けてくれないものかと思ってな。だけど、お笑いの呼吸を持つあいつ以上にボケられる奴がいないんだ」
「当然だ。みな違った個性があり調和している。誰が何役をやるのではない、その者の存在自体がその者の役なのだ」
ポケ~と疑問符を浮かべたような顔で聞いていた潤弥は、龍之介に話を振ったことを後悔した。
こいつは独学でお笑いの呼吸から派生した中二病の呼吸を会得しているようだ。
「盛り上がっているな。どうしたんだ」
野生児と化した隊長が腕を組んで立っていた。
「モーリアン不在のあいだ、代わりのボケ担当を捜してるんだ。だけどあいつみたいに呼吸をするが如くボケられる奴がいなくてな」
「たしかにモーリアン君がいなくなりみなの顔から笑顔が消えたな」
紅は除く。
「では私がボケを担当しよう」
「できるのか?」
「私を誰だと思っている元グリンベレーの戦士だぞ」
「グリンベレーの戦士とボケは関係ないと思うがな」
「グリンベレーの戦士たるもの、ボケくらいできなくてどうする」
隊長は涼しい笑みを浮かべた。
「グリンベレーには戦士たちの緊張をほぐすために、コメディアン担当が何人もいるのだよ。コメディアンは四六時中ボケていた。銃弾飛び交う戦場でボケ、鬼教官の前でもボケ、訓練中でもボケ、食事中にもボケ、トイレの最中でもボケ、寝ているときもボケていた」
本当かよ。
「グリンベレーの中でも名のある者たちが、笑いの闘技塔に挑戦したが、ある日本人に完膚なきまでに敗れたという」
「笑いの闘技塔ここに来て繋がってたんかい! あれだよな、あいつが師匠に放り込まれたっていうあれだよなッ!」
「そう、それがモーリアン君だ。彼女は世界でもっとも名のあるコメディアンなのだよ。つまりだ、私もコメディアン担当の本領を見せるときがやってきたのだ。安心してボケを任せてくれ」
「大丈夫かよ……?」
かくしてモーリアン不在のあいだ、ボケ担当は隊長になったのであった――。
その日の夜、モーリアンの身にある異変が起きることになるのだが、その話は次話へと続く――。
「なりたあてなったんちゃうわ。どれだけ予防しとっても、かかるときはかかるんや。かかったからって、かかった人を責めるのは筋違いやで」
「つけ上がり過ぎよ。みんなそれぞれの役柄があるの。誰一人無駄な役なんてないわ」
「やけど、順位を付けるとしたら、うちが一番役に立っていると思うで。登場回数もダントツで高いしな」
「だから、役に立つ立たないじゃないっていってんでしょ。みんなそれぞれが、得意なことでそれぞれ役に立ってんだから。あなたは場の空気を明るくするボケで馬鹿だし、あたしはツッコミでボケを際立たせる。紅さんは頼れるお姉さんで腹黒だし、潤弥はああだけど盛り上げ上手なホストの常識人だし、龍之介は中二病だけど何でも作ってくれるし、ゴリッチは力仕事全般してくれるし、隊長はサバイバルの知識豊富だし。そうでしょ」
「そりゃあ、泣くわ……。今回は良い話で……。ボケる場面がないんやから……」
「良い話に泣いてるんじゃなくて、そんなことで泣いてんのかい! たまにはこういう回があってもいいでしょ。誰が欠けてもいけない、そういう回だったんだから」




