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無人島生活44話 病に伏したボケリスト

「大丈夫ッ……!」


 エリーはあわててモーリアンの眠るベッドに駆け寄った。

 羊の毛を詰めた布の毛布を首もとまでかぶり、唯一出た顔に大量の汗がにじんでいた。

 

「大丈夫……!」


 うなされていたモーリアンの肩をゆすった。

 ニ三度目を強くつむって、ゆっくりと目を開く。


「ん……? どないしたん……血相変えて……」


「あんたがうなされていたから……」


「ああ……恐ろしい夢見たんやわ……」


「風邪ひいているときは悪夢を見やすいっていうものね。あんたがうなされるなんて、どんな夢だったの?」


「諭吉がいなくなる夢やった……。うちの前から手を振って諭吉が去って行くんやわ……。ホンマ怖かったで……」


「まあ、確かに怖いわね……」


 エリーは角材をバケツのように削った容器に入った水に、ぬるくなった布を浸し絞った。

 モーリアンの額に浮かんだ脂汗を拭いてやり、毛布をかけ直してやる。


「ありがとうやで……。エリーっち……案外やさしいんやな……」


「案外じゃなくて、あたしはやさしいのよ」


「弱ったときに優しくされると惚れてまうわ」


「嬉しいけど付き合いは友達としてね」


 モーリアンは元気のない微笑みを浮かべて、せき込んだ。


「あたしはまだすることがあるから、もう一度出かけるけど。今日は一日眠ってなさいよ」


「わかっとるって」


 尾を引かれる思いでエリーは洞窟を出た。

 自給自足の生活は生きがいはあるが、病気になると終わりだということを改めて実感した。

 もし助け合える仲間がいなければ、食料も得られず、待つのは死のみ……。


 そう考えると、早くこの島から脱出しなければと思う。

 残っていた畑仕事を終えて、拠点に戻って来たときには、みんな帰還していた。


「なんの成果もぉぉぉぉぉ! 得られませんでしたぁぁぁぁぁぁッ!」


 ゴリッチは究極の土下座、土下寝で詫びた。

 

「わかったから、毎回そのボケいいから」


 モーリアンがいないと何故か盛り上がりに欠けて、調子が乗らない……。

 今日の料理当番であるエリーは夕食の準備をはじめた。


 エリーは現代社会にいたときから、自炊はしていたから料理には多少の自信がある。


 弁当やファストフードで食事を済ませてしまうと、体型を維持できない。

 モデルは健康意識は高いのだ。

 だからといって怪しい健康療法などには騙されない。

 

 バランスのいい食事と運動、そして睡眠さへ取っていれば健康を維持できる。

 シンプルイズベストッ!


 料理には多少の自信はあったが、ここに来た当時は何も作れなかった。

 そりゃそうでしょ? 

 食材無ぇ、調理道具無ぇ、何にも無ぇ、の三拍子がそろっているのだから。


 だが無人島に来て二か月以上経つ今では、慣れたもので簡単な料理なら作れるようになった。

 大抵は卵を使った料理だった。

 毎日卵がとれるし、栄養もあってエネルギーになる。


 何より色々な料理に使えるのが卵。

 そのまま焼けば目玉焼き、混ぜて焼けば玉子焼きが作れるし、茹でればゆで卵。

 卵以上に応用の効く食材はあるだろうか?


 みんなの分の目玉焼きを作り、島で見つけたジャガイモもどきを茹で、穀物を焚く。

 すると穀物はふやけて、お米のように見えなくもない。


 食在庫として使っている洞窟をまさぐって、魚の干物を付け加えればそれなりのご飯が出来上がり。

 素朴な精進料理だった。


 外に置かれたテーブルに料理を並べ終えると、エリーはみなを呼んだ。

 思い思いの時間を過ごしていたみんなは、ぞろぞろと瞬く間に現れて、席についた。


 エリーは木の板を削って作ったトレイに木皿を載せて、モーリアンのところに持って行った。


「食べられそうにないわ……」


「食べなきゃ元気にならないわよ」


「わかっとるけど……食べたら戻しそうな気がするんや……」


 食い意地の張ったモーリアンが……ごはんを食べないなんて……。

 花より団子のモーリアンが……。

 エリーはことの重大性を改めて実感した。


 結局どれだけすすめても、モーリアンは一口も食べなかった。

 暗澹(あんたん)とした気分が晴れない……。

 もう昨日から一向にモーリアンの熱は下がらないのだ……。


 みな離れているが狭い洞窟の中ではやはり濁った空気が充満している。

 完全に隔離された無人島という環境で、誰かが病気になるということほど精神的に追い込まれることはないと思う。


「なあ……」


 食事を終えた潤弥は深刻な声音で、唐突に口を開いた。

 ただ事ではない、深刻な顔……。


「何よ……?」


「あいつ本当に風邪か……?」


「何が言いたいの?」


 エリーが眉を寄せて怪訝に真意を求めると、潤弥は言いにくそうに切り出した。


「未知のウイルスとかだったらどうする……。未開の地に未知のウイルスがあって、踏み込んだ人間が感染するって話あるじゃないか……? もしあいつの病気がヤバい病気だとしたら、このまま一緒にいるのはまずいんじゃないか……。俺っちたちまでウイルスもらっちまうぜ……」


「だから何が言いたいの?」


 エリーの声は少々いら立っていた。


「俺っちもこんなこと言いたくないんだぜ……。だけどよ……。あいつと一緒にいて、俺っちたちまで病気になったら大変なことになるだろ……。だから……隔離した方がいいと思うんだ……。ちょっと離れているけど、ここから歩いて三十分ほど行ったところに、洞窟があった……。そこに治るまでいてもら――」


 潤弥の言葉をエリーは打ち消した。

 

「弱ってうなされている子を、誰もいない洞窟に閉じ込めてろって言うのッ!」


「いや……そいう意味じゃ……」


「そういう意味じゃない」


 潤弥はオロオロとみなの顔を見渡した。


「潤弥君、辛いことを押し付けてしまって済まなかった。確かに潤弥君の言う通りだ」


 隊長が潤弥の意をくみ取り話の続きをはじめた。


「潤弥君の言う通り。みなに風邪がうつったのでは何かと支障をきたす。モーリアン君には悪いが、ここは別の洞窟に移ってもらおうと思う」


 確かに二人の言うことは正論だ。

 だが、だからと言って弱って苦しんでいる子を輪から追い出すなんて……エリーには我慢できなかった。


 いつも憎たらしい奴だけど、あいつのおかげで暗澹(あんたん)とした状況を絶望に暮れずにすんだのだ……。


「紅さん……この二人を説得してよ……。あいつが可哀想……」


 エリーは紅を見るが、顔を伏せて決して目を合わせようとしなかった。

 続けてとなりにいる龍之介を見た。

 

「何かもっといい方法が他にあるんじゃないの……? 考えてよ……」


「ワクチンもない、医者もいない、頼れるのは己が肉体のみのこの状況で、みなが病に伏したらどうするつもりだ。ときには冷酷とも思える判断をくださなければ種は生き残れない」


 救いを求めるつもりでゴリッチを見る。

 だがきまり悪そうに目をそらして、「ごめん……」と詫びた。

 仲間なのに……辛いときこそ助け合うものじゃないの……。


 自分の言っていることが綺麗ごとだとエリーは重々承知していた。

 だが、自分の身に置き換えて考えてみると、弱ったモーリアンを一人、寒い洞窟の中に置き去りにすることなどできなかった……。


「わかった。みんなごめん……わがままいって。じゃあ、こうしましょ。あいつの病気が治るまで、あたしが付きっ切りで看病するから。みんなはその間、あたしとあいつの分の仕事をやってくれる――」

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