無人島生活39話 海水浴シーズンは気を付けて
ボコボコボコボコ、ホストとボケは“藁をも掴む„という例えそのままに必死に手足をバタバタさせて、宙をかいた。
「助げてぇぇぇぇぇぇ! 死ぬ……マジ死ぬ……」
言ってモーリアンは潤弥を足場にして、自分だけ助かろうとした。
ボコボコボコボコ、しばらく海面に沈んでいたが、危機一髪顔を海面に出した潤弥は叫んだ。
「死ぬ”死ぬ”……。人様を足場にしてんじゃねえよぉぉぉぉぉ……ゴボ!」
自分が助かろうと蹴落とし合う二人の姿は、滑稽に映るが普通に地獄絵図だった。
「ちょっと待ってくれ……。すぐに助ける」
隊長はジョーズを追い払うのに手いっぱいで、二人を助けている余裕はなかった。
背を見せようものなら、すぐに襲い掛かってくるだろうサメ。
「助けて……え……な……ボボボボボ……」
潤弥とモーリアンの声はそこで途絶えた。
浜辺で見ていたエリーは二人が海に沈んでいく姿を眺めているしかなかった……。
「嘘でしょ……。マジかよ……。どうすればいいの……」
自分が助けに行ったところでいまさら間に合わないし、もし間に合ったとしても、海に引きずり込まれて共に溺れてしまうのがオチ……。
だけどこのまま見殺しにしてしまえば、一生心に傷が残る……か?
いや別にあたしに落ち度はない。
危ないと止めたし、忠告を無視して沖に出たのはあいつらだ。
自業自得っしょ!
そうよそう、なぁーんだ、あたし悪くないじゃん、心痛める筋合いないっしょ。
意外と薄情な女エリー、が開き直ったとき――。
「遅くなって済まない! 僕が来たあぁッ!」
と言って猛スピードで海に飛び込んだ。
「ゴリッチ……」
ゴリッチはクロールであっという間に、二人の元にたどり着いた。
すごい! 世界記録を絶対に更新しているッ!
五十メートル一秒ほどでたどり着き、二人を救助した。
「おお、ゴリッチ君。助かったぞ」
「二人を浜辺に運んだら、戻ってきます! それまで持ちこたえてください!」
そのときジョーズが大きな口を開けて、ゴリッチに襲い掛かった。
「やらせはせん! やらせはせんぞ! 貴様如きにやらせはせんぞッ!」
ゴリッチに襲い掛かろうとしたジョーズの尾びれを掴んで、隊長はぶん投げた。
フライング・ジョーズとなるサメ。
その隙にゴリッチは浜辺にたどり着いた。
「二人を頼む。僕は隊長を助けに戻るから!」
「ええ……頑張ってー……」
ゴリッチが去ってから、紅と龍之介がようやく事件に気付いてやってきた。
砂遊びにそれほど夢中になれるか?
この大音声のなかよく眠れるな?
愚痴を言い出したら切りがないから、エリー言わないことにした。
「どうしたんだ? 何故、二人とも気を失っている」
龍之介は日陰で眠っていたから知らないのだ(おいマジか)。
「二人とも溺れたんだよ~」
紅はわかっていた。
わかっていたが砂遊びを辞めていなかった。
この人の優先順位はどうなってんだ?
「だけど~自業自得だよね~。溺れる覚悟で沖に出たんだから、死んだってえ~、文句言っちゃダメだよね~」
紅の言うことはごもっとも。
ごもっともだが……それはさすがに……。
「ちょっとしっかりしなさいよ……」
溺れた二人の両頬を叩いて起こそうとしたが、二人とも目覚めなかった。
腹が漫画のように膨れ上がっていた。
「ねえったら……。悪ふざけはやめてよ……」
返事がない。ただの屍のようだ……。
嘘でしょ……。
*
一方隊長を助けに来たゴリッチは――。
「僕はもう二度と負けないからぁぁぁぁぁぁぁ!。ジョーズ。昔の僕と同じだと思うなよ」
このジョーズは以前のジョーズと違うので、当然そんなこと知らない。
いい迷惑である。
「隊長、後は任せてくれ。すぐに終わらせる」
ゴリッチの気配が変わった。
ゴリッチは巨大蛇との格闘で一度死にかけ、死の淵から生還したことで戦闘力が爆発的に上昇していた。
(たかが海猿風情が、調子ぶっこいてんじゃねえ――――ッ!)
ジョーズはギザギザのノコギリみたいな牙をむきだして、ゴリッチに標的を移した。
(この牙で切り刻んでくれるわッ!)
ジョーズが動いた刹那ッ!
(あれ……)
ジョーズは静かに動きを止めた。
(なぜ動けない……なぜ動けないんだ……)
「うせろ!」
ゴリッチがひと睨みすると、ジョーズは体の芯からちじみあがった。
ムンクの叫びみたいな姿。
ジョーズの濃いブルーの体色が、わずか数秒で恐怖のため真っ白に脱色された。
(駄目だ……。次元が違う……。この海猿は何者だ……?)
尻尾を巻き一直線にジョーズは逃げ出した。
闘わずして勝つ。
最強ではなく無敵の域に達しようとしているゴリラ。
「いったい何をしたんだ。ゴリッチ君?」
「脅しただけだよ。そう――ちょっと脅しただけだ」
わずか三十秒ほどでジョーズとの勝負は決着がついた。
闘わずして勝つ――。
ゴリッチ無敵伝説、ここに開幕?
*
「しっかりしなさいって言ってんでしょうがッ!」
エリーは溺れた二人の顔に、何度も何度もビンタを叩き込んでいた。
バチバチバチバチ!
二人の顔はおたふく風邪にかかった患者みたいに、腫れあがっていた。
もはや二人とも原型をとどめていない……。
「二人の様子はどうだ」
生還した隊長とゴリッチは心配そうにのぞき込んだ。
「起きないの……二人とも目覚めないの……」
顔をパンパンにした二人は安らかに眠っていた。
さっきまで生きていたとしても、エリーのビンタで止めを刺した可能性が高い。
みなにすれば悲劇的なのだが、達観してみれば喜劇にしか見えなかった。
「こういうときは、あれだ」
「あれ? あれってなに?」
隊長は唇を突き出して、「人工呼吸だ」と答えた。
「誰がするの……?」
「私がモーリアン君をやろう」
何故か鼻息が荒い隊長は我先にと躍り出た。
「ちょっと待って。モーリアンの人工呼吸は僕がやるよ」
ゴリッチは隊長の肩を掴んで引き留めた。
「いや、ゴリッチ君は潤弥君を頼む」
「潤弥は隊長に譲るよ」
「いやいや。潤弥君はゴリッチ君に」
「いやいやいやいや、潤弥は隊長に」
「いやいやいやいやいや、潤弥君はゴリッチ君に」
「いやいやいやいやいやいや、潤弥は隊長に」
「いやいやいやいやいやいやいや、潤弥君はゴリッチ君に」
「もうええわッ!」
まったく男どもは……どいつもこいつもアホか……。
てか、潤弥が哀れでならない。
「間を取って我が、アンの人工呼吸を引き受けよう」
躍り出たのは龍之介。
龍之介、おまえもかッ!
「ちょっと~待って~。ここはわたしが~アンちゃんの~人工呼吸をするよ~。みんなが求めているのは百合だよね~」
「いや、ここは僕が」
「私は人工呼吸の訓練を受けている。グリンベレーでもマネキン相手に何千回と練習してきた!」
「白雪姫を目覚めさせるのは、王子のキスと決まっているッ!」
「みんなは百合が見たいんだよ~」
こいつらこの状況で何を争ってるんだ……。
こうなったら仕方ない、みなの間を縫ってエリーがモーリアンのとなりにしゃがみ込んだ。
エリーは昔習ったことを想い出しながら、モーリアンの頭を反らして、気道を開けた。
あばらを結構強く圧迫しないといけないんだったっけ……。
〇ンパンマンマーチのリズムで心臓マッサージをするといい、みたいなことを聞いたような……。
いや○ラえもんだったか?
どっちでも一緒か。
生身の人間にやるのははじめてだ……。
滅茶苦茶緊張する……。
ドキドキしていたのはエリーだけではなかった。
背後で見ているみなも手に汗握り、色々な意味でドギマギ見守っていた。
みんな大好き百合展開!
エリーが唇を重ねようとしたとき、今までうんともすんとも言わなかったモーリアンが急に咳き込み、水と小魚を噴水のようにを吐いた。
「ゴホゴホゴホゴホ……」
「大丈夫……」
目をニ三度しばたたかせてモーリアンは目を開けた。
「あれ……うち何しとん……。うちたしか……花畑にいたはずやで……。川の向こう側で知らんばあちゃんとおじいちゃんが……手招きしとったはずや……。ゴホッ!」
「おじいさんも増えてんじゃん!」
「何でうち横たわっとん……? ゴホッ!」
「あなた溺れたのよ……」
「ラッコの杏ちゃんが溺れるわけないやろ」
「潤弥と一緒に溺れたんだよッ!」
言ってエリーは潤弥のことを思い出した。
みなから忘れ去られている可哀想なチャラ男……。
「そういえば潤弥を助けてあげてよ。早くしないと対岸に行っちゃうわよ!」
すると名乗り出ていた男たちはすぐさま引いて、口笛を吹きはじめた。
「おいッ」
「わかった~、みんな嫌そうだから~。わたしが~人工呼吸~するね~」
よかったな潤弥!
足蹴に扱われていたかいがあったじゃないか!
「待つのだ。そんな大役を姫君に任せるわけにはいかぬ。我が王子を目覚めさせる口づけを引き受けよう」
男らしく名乗り出たのは龍之介。
これはこれで腐女子受けするぞ(たぶん?)。
「いや、ここは僕が引き受けるしかないね。最後まで責任を持つのは助けた者の義務だ!」
ゴリラとホストか、異色の組み合わせだな。
「待つんや、こうなったらうちも名乗り出んわけにはいかんやろ! うちが沖に誘ったんやから! うちの責任や!」
潤弥、回り回ってやったじゃないか!
「なら私も名乗り出なければならないな。この中で一番人工呼吸が巧いのは私だ!」
「「「「どうぞどうぞ」」」」
潤弥……おまえそんなに嫌われているのか……。
押し付け合った結果、カバー隊長が潤弥の人工呼吸をすることになった。
ズッキュゥゥゥン!
隊長と潤弥の唇と唇がふれ合った瞬間、背後にズッキュゥゥゥン! という擬音が浮かび上がった。
男同士の熱い人工呼吸の甲斐あり、潤弥は死の淵から生還した。
みなが思っただろう。
誰得のイベントだ、と。
「あれ……俺っち何で倒れてるんだ。知らないばあちゃんとじいちゃんと一緒に、楽しい場所に行こうとしているところだったのに……」
「その知らないおばあちゃんとおじいちゃんは誰だよ! 結構怖いんだけど」
エリーは今あった出来事を説明した。
「俺っち死にかけてたのか……。誰が助けてくれたんだ?」
「隊長とゴリッチが助けてくれたの」
人工呼吸のことは言わないであげよう……。
「ありがとな、ゴリッチ……隊長……。俺っち……浮かれていたんだ……。今度から準備運動をしっかりやってから泳ぐよ……ゴホッ!」
「これに懲りて、水遊びをするときは気を付けなさいよ。海や川を舐めたら、こうなるんだから」
「ああ……身をもって知った……」
海の怖さを身をもって知った馬鹿二人なのでありました――。




