無人島生活38話 水泳前は準備体操を入念にやろうね★
「ほら見てみいッ! これがラッコ泳ぎや」
仰向けに海面に浮かんで、お腹の上に貝を載せたモーリアンは石を使って貝を叩きはじめた。
カンカン、カンカン。
「どうや。どこからどう見てもラッコやろ」
何と答えていいのだろう……?
突っ込んでほしいのだろうか?
「ラッコね。泳ぎじゃなくて浮いているだけだけど」
「エリーッちも一緒にやろうや」
「それのどこが面白いの?」
「プカプカ浮いて貝殻を叩く、これ以上おもろいことがあるか?」
「たぶんそれ以上面白くないことも早々ないと思う」
「ちゃうねん、おもろい、おもろない以前にこれは命を守るための訓練なんやねん。ほらあれや、離岸流ってあるやん。海岸に打ち寄せた波が、沖に戻ろうとするときに発生する強い引き潮のことや。あれに攫われたときパニックになって、流れに逆らって無理に泳いだらかえって駄目なんやわ」
急に何を語り出すんだこいつは?
「流れに逆らっても進まへんのんや。離岸流に攫われたときは、流れに逆らわずプカプカ浮いている方が逆に助かるねん。体力を温存するんや。それで助かった人がおるってオトンが言っとった!」
「どうしちゃったの……? あなたがまともなこと言うなんて……。熱射病にでもなって、頭が変になっちゃったんじゃないでしょうね……。もう休みましょ」
「エリーッちはうちをどれだけ馬鹿や思っとん! うちかてたまには真面な話くらいするわ! とにかくや、もし離岸流に攫われたり、出口のない洞窟の中に閉じ込められて、水攻めされたときなんかあったら、このラッコ泳ぎが役に立つさかい覚えとき」
「どんな限定的な状況を想定してんのよ……。まあ、確かに波に攫われたときなんかは、流れに逆らっちゃいけないわよね。心得とくわ」
モーリアンなりに気を遣ってくれたのだろう。
「ほんなら次は白鳥泳ぎの特訓やッ」
褒めればすぐにつけ上がるんだから……。
「どこが泳いでいるの?」
「海中を猛スピードでかいてるねん。白鳥はな、優雅に水面を泳いでいるように見えるけど、水中では一生懸命水をかいとるんやで」
上半身だけを出したモーリアンは、イルカショーのお姉さんがイルカに乗って滑走するみたいに水面を進んでいた。
まあ、てなわけでビーチバレーが終わり、みなは好き勝手に海水浴を楽しんでいた。
海で泳ぐのは何年ぶりだろう?
子供のころからモデルの仕事が忙しくて、友達と遊ぶ機会がほとんどなかった。
だから普通の人たちが夏海水浴に行った、という話を聞いても話しに加わることができなかった。
友達と海で泳いだ記憶がない。
みんなでワイワイ泳ぐだけなのに、これほど楽しいのか、とエリーはちょっとだけ昔の自分が救われたと思った。
「エリーっち、沖の方に行ってみいひん? ここやったら、足がついておもろないわ」
「イヤ、絶対にイヤ。さっきまで離岸流の教訓を語っていたのに、何で自分から危険に飛び込むのよ。足がつくからいいんじゃない。溺れたらどうするの?」
「大丈夫やってうち、泳ぎ巧いんやで。小学生のころはラッコの杏ちゃんって言われとったんやからッ」
「それラッコ浮きする杏ちゃんってことでしょ。泳ぎが巧いことじゃないわよ。たぶん……」
モーリアンはエリーの腕を引っ張った。
「行こうや。大丈夫やって」
「あんたみたいな奴がいるから、毎年溺れる人が出るんじゃない。ライフセーバーの仕事を増やさないでッ」
「エリーっちがライフセーバーの何わかるゆうねんッ!」
「あんたみたいな命知らずがいるから、毎年苦労していることくらいわかるわッ!」
シュンと怒られた犬みたいに、犬耳をへこませてモーリアンはエリーの腕を放した。
「わかった。もうええわ。エリーっちを誘ったのが間違いやった」
モーリアンはすぐ近くにプカプカ浮いていた、赤髪のチャラ男にターゲットを切り替えた。
「潤弥っち」
「何だよ?」
「沖に行ってみいひん?」
無駄無駄、硝子のハート=ビビり=ヘタレのホストが危険な沖になんていくわけないわ、と高をくくっていたエリーであったが……。
「いいぜ。こんな子供プールみたいなところ、面白くないと思っていたんだ」
ウソ~……。
「こう見えても俺っちは学生時代、泳ぐホストや、河童のチャラ男、犬かきの申し子って呼ばれていたんだぜ」
それ絶対馬鹿にされてるでしょ……。
てか、昔からホスト呼ばわりされてたんかい!
「ちょっと、サメ出るし……やめ……」
呼び止めようとしたときには、二人の姿は消えていた。
「おいッ、どこいったッ? あたし知らないからね……。本当に知らないからねッ! 溺れても知らないからねえッ!」
すると沖の方から言葉が返って来た。
「大丈夫やって。溺れへんから」
二人の姿が小さく見えるほど、浜辺から離れていた。
*
「モーリアン君と潤弥君はどこに行ったんだ?」
訊いてきたのは、ヤシの葉と角材で作った日陰で優雅にくつろいでいた隊長。
その他に紅は砂浜で子供みたいに砂山を作って遊んでいる。
龍之介は早々に泳ぐのを辞めて、隊長のとなりで眠っていた。
ゴリッチは……どこだろう……?
「二人? 二人なら沖に出ちゃったわよ。あたし、止めたのよ。だけど人の話聞かないんだもん」
「沖に?」
隊長は激重のサングラスを小指で持ち上げて、沖で泳ぐ二人に眼を凝らした。
「早く連れ戻した方がいい。サメが出るかもしれない」
「あたしもそう言ったのよ」
実際のところ、言う前に二人は消えていたけれど。
「私が連れ戻してこよう」
隊長は立ち上がり、準備体操をはじめた。
首を回し、腕を回し、足首を回し、入念に体操をしている。
ラジオ体操第一を終えて(急いでいるんじゃなかったのかよ)隊長は準備を終えた
「よし、では行ってくる」
プロの水泳選手みたいに綺麗なフォルムで海に飛び込んだ。
そのときだった。
エリーは見た……。
映画で観たことある……あれは……ヒレだ……。
「隊長ぉぉぉぉぉぉぉ――――! ジョーズッ! ジョーズッ!」
駄目だ聞こえていない……。
どうすれば……。
隊長は世界レベルのスピードで沖に出て、二人の元にあっという間に追いついた。
そのとき、二人の背後にジョーズがたどり着いたのは同時だった。
*
「二人とも。帰ろう、沖は危ない」
「何やねん。もう少し遊ばしてえな。この足がつかへんスリルがおもろいんやん」
死亡フラグにしか聞こえない。
刹那、隊長は二人の腕を乱暴に掴んで自分の背後に押しやった。
「何するねんッ! 驚くやん」
「二人とも、暴れるな……」
隊長の緊張に引きつった声を聞いて、二人はただごとではないのだと理解した。
「どうしたんだよ……?」
潤弥の問いに答える前に、隊長は覇〇みたいな気配を発してジョーズを怯ませた。
「さ、サメじゃないか……」
「そうだ……。サメが出るかもしれないから、沖にはでるなと言っていただろう……」
「まさか本当に来るとは思わないだろ……」
「ほんまやで、本当のサメが来るなんて思わんやろ」
誰もが思った。
ライフセーバーを困らすな、と。
「私がサメをひきつけるから、ゆっくりと浜に逃げるんだ。サメはジタバタ動く者を獲物にする性質を持つ、だからバタ足をせず慎重に引き返すんだ」
ゆっくりと引き返そうとした最中、準備体操をサボっていた奴は痛い目を見た。
潤弥もモーリアンも準備体操を十分にせず、海に入ったからその付けが回って来たようだ。
バタバタバタバタ――。
「静かにって言ったでしょッ!」
隊長は振り向きざまに叫び、溺れている二人を見て〇ートゥーンアニメみたいに目玉を飛び出させて、驚きを示した――。




