無人島生活28話 情などクロノスにくれてやったわッ★
ゴリッチが……ゴリッチが……蛇に……吸収されている……(あたしのせいなの?)。助けることも、動くこともできずにエリーは傍観していた。
人間を辞めていないエリーが助けに入ることなど不可能だった。
この衝撃的な光景を目の当たりにして動けたとしても、エリーに助けられようか。
ゴリッチの体が巨大蛇の体内にズルズルと飲み込まれてゆく……。
頭が飲み込まれ、胴体が飲み込まれ、足が飲み込まれ、とうとう踵から先も丸呑みにされた……。
〇撃の巨人並みの捕食シーンを見て、エリーは恐怖に膝が笑っていた。
そのとき動けずにいるエリーの腕を引いて、龍之介が叫んだ。
「逃げるぞッ」
喝を入れられ、エリーは我に返る。
「ご、ゴリッチが……ゴリッチが……」
龍之介は腕を引きこの場から一秒でも早く立ち去ろうとするが、エリーは散歩拒否する犬みたいに踏ん張った。ゴリッチを置いて逃げられない……。
「貴様まで喰われるぞッ」
「だけど……」
「貴様があの化け物に勝てるのかッ! ハッキリ言ってやろう、否だ。逃げながら打開策を考えればいい。逃げるは恥だが役に立つッ!」
ゴリッチを丸呑みにした蛇は、ギョッとエリーたちを振り返った。
胴が膨らみツチノコの如くなった蛇は、ズルズルと巨大な体躯を引きずり陸を泳ぐように迫る。
「逃げるぞッ」
文字通り尾を引かれる思いで、エリーは駆けだした。
蛇の狩猟本能が逃げる獲物の追跡を開始した。
ハードルとなった樹々を飛び越え、一心不乱に走るが蛇との距離は縮まるどころか迫っていく。
アナコンダやニシキヘビなどはその巨体から動きは遅いはずなのに、この蛇は速かった。自分たちが今何キロで走っているのか知れないが、それと同等の速さでついて来る。
つまずきでもすれば一気に距離が縮まり、積みだ。
このままでは遅かれ早かれ追いつかれる。
体力でアナコンダのような蛇に敵うはずもない……。
龍之介はエリーの手を引いて、樹々が密集する森に旋回した。
樹々を縫いながら蛇を巻こうと試みるが、殆ど変わらない。
龍之介はエリーの手を引き狭い樹の間を抜けた。
二人が抜けた後を数秒遅れで通った蛇は、膨れ上がった胴が引っ掛かり挟まった。
暴れながら無理やりに抜けようとするが、樹間の表面が削れるだけで体は抜けない。よし、しばらくは足止めができる。
「何であんな巨大蛇がこの島にいるのよッ。動物がいっぱいいるから、肉食動物はいないって言ってたじゃないのッ。話が違うじゃないッ」
怒る相手は違うが、怒らずにいられようか(逆ギレ)。
「洞窟かどこかで長年封印されていた古代蛇が、我々の侵入を機に復活したのだろう。侵入者である我々を排除するために」
「こんなときくらい真面目に答えてよッ」
「我は大真面目だ。では、他にどのような仮説があるという?」
「わからないから、あんたに訊いてんでしょうが。あんた何でも知ってんでしょうッ」
「何でも知るわけないだろう。知っているのは我の辞書に書かれていることだけだ」
全速力で走りながらでもいがみ合いを続ける二人。
「みんなに知らせなきゃ……」
「知らせてどうする? 百獣の王でも敵わなかった大蛇だぞ。あの中に大蛇に敵う者がいると思うか?」
「じゃあ、どうしろっていうのよッ?」
龍之介は押し黙った。
「今考えうる方法で一つだけあの大蛇に敵う作戦がある」
「本当に? どうするの?」
「岩石地帯にあの蛇を誘導する」
「誘導してどうするの……?」
「我々が拠点として使っている一帯は崖になっている。その上には巨岩が沢山転がっているのを見ただろう。それを蛇の上に落とす」
確かに非力な自分たちがあの蛇に勝つには作戦を練るしかない……。
だが、その方法を取ると……。
「待って……それじゃあ……ゴリッチはどうなるの……? 蛇に飲み込まれちゃっているのよ。蛇の上に巨岩を落とすってことは、ゴリッチ共々潰すってことじゃない……」
「貴様は何を考えている。そんなことを言っている場合か。やらなければこちらがやられるのだぞ。百獣の王は蛇に喰われた。助けられるわけがないだろう」
「ゴリッチはまだ蛇のお腹の中で生きているのよ……」
「生きていたとしても、近いうちに消化され骨も残らんだろう。我々も百獣の王と同じ運命をたどりたいか」
「あなたには情というものがないの?」
先頭を走っていた龍之介はクククと喉を鳴らし、振り向いた。
下衆な笑みを浮かべている。
荒み切った邪悪な笑みで、笑っている。
「情などクロノスにくれてやったわッ」
まさかここまで狂っているとは思わなかった……(色々な意味で)。
中二病もここまで突き詰めれば狂気。
「とにかく急ぐぞ。奴が挟まっている間に、準備を終えられるかにすべてがかかっている」
*
そのころ拠点にいたモーリアンたちは、動物たちと遊んでいたそうな。
「ユキちゃん。大量やで」
何が大量かと言うと、山羊のミルクだ。
モーリアンは一番可愛がっている真っ白な毛をした山羊に『ユキ』という名前を付けていた。
黒山羊さんには『ヨル』と命名してある。
なぜヨルなのか? それは当然夜のように真っ黒だから。
はじめはクセがあり飲むのに抵抗があったが、慣れてしまえば山羊のミルクも美味しいものだ(贅沢は言えない)。低温殺菌して飲むミルクは、この無人島では貴重な栄養源。
アルプスの少女〇イジのペ〇ターみたいに、じか飲みは腹を壊す恐れがあるから推奨しない。無人島で体調を崩すとは=死を意味する。
「ユキちゃん。また明日も頼むで」
モーリアンはユキちゃんの頭をなでた。
頭は想像以上に小さく、人工芝のような質感の毛は手触りがよくてクセになる。ユキちゃんは草を食みながら、「メ~」と鳴いた。
「おお、そうかそうか。頑張ってくれるか。ありがとうな」
動物と会話ができるまで仲良くなっている、モーリアンなのである。
バケツいっぱいのミルクをひっさげ、拠点である洞窟に着いたときだった。
「おい。我に協力しろ」
切羽詰まった大声を出している龍之介を見つけた。
その背後に肩で息をしたエリーが、深刻な顔で俯いている。
「どうしたんだ?」
日干しした魚を持った隊長が話を聞くと、隊長も普段見せない引きつった表情になった。
「どないしたん? 血相変えて」
「ゴリッチが……ゴリッチが……。巨大な蛇に食べられちゃったの……」
エリーは今にも泣きだす寸前の悲しみに暮れる表情で答えた――。




