無人島生活26話 ゴリラゴリラゴリラvs巨大蛇 南の島の決戦 後編★
シャー……。蛇は喉の奥から笛のような威嚇音を発した。
「シャーシャーシャーシャーうるせえな」
覚醒ゴリッチは小指で鬱陶しそうに耳をほじりながら、大股で蛇との距離を詰める。
(やられる前に、やるシャーッ)
本能の警鐘、恐怖心を振り払い、蛇は自分を奮い立たせた。
蜷局を巻いていた蛇は態勢を低くしバネの要領で地面を叩き、ゴリッチに突っ込む。
空気を切り裂くシュンという音が森に轟いたと思うと、蛇はゴリッチに喰らいついていた。ゴリッチは蛇の両顎を押さえ、力比べが始まる。
強靭な牙をむきだしたヘビの顎を押さえるゴリッチの足元は地面にめり込んでいる。筋肉が脈を打ち、静脈が両腕に浮き出る。
(このまま押しつぶしてやるシャーッ!)
全体重をかけて、蛇はプレスのようにゴリッチを押し潰しにかかった。沼地に立っているのか、ゴリッチの足は脛まで地面に埋まる。
(土に還るのシャーッ!)
膝まで地面に埋まったとき、ゴリッチは笑みをもらした。
(なぜ笑えるシャー……)
そのとき。
蛇の視界が横転した。
蛇は横転させられたのだ。
ゴリッチは地面に埋まった両足を引き抜くと、ハンマー投げの要領でブンブン回転しはじめた。蛇の体が宙に浮きあがり、遠心力で外側に引っ張られる。だが外に飛ばされることはない。
ゴリッチが蛇の顎を掴み、ブンブンと速度を上げて振り回しているからだ。蛇の体が樹々をなぎ倒し、落葉を散らす。
バキバキバキバキと次々に樹々は倒れ、その一点だけ隕石でも落ちたかのように森が開けていた。見ようによっては、とんでもない速さで回る秒針。
ゴリッチが手を放すと、蛇はグルグル回転しながら、宙を低空で飛んだ。樹々をなぎ倒しながら、50メートルほどのところでようやく威力が落ちた。
「これで終わりだ」
ゴリッチは地面を踏みしめ、蛇だけを見つめ駆けた。転んでしまいそうなほど体は前のめりで、一本のスピアを体現させたようなフォルム。
時速は100メートルを8秒台で駆け向けられる速さ。
ゴリッチとの距離が迫る中、薄れゆく意識を精神の力だけで保ち蛇は虚ろな精神世界にいた。下界の時間が止まったかのように、すべてがスローモーションで動いている。
(何でミーがこのような目に遭っているシャー……。ミーはアマゾンで楽しく暮らしていただけなのにシャー……)
愁嘆の後、沸々とマグマの温度よりも熱く煮えたぎる怒りが蛇を蝕む。
(どうして……どうして……ミーがこんな目に遭わなきゃならないシャー……。どうしてッ。シャ―――――――――――――ッ!)
10メートルほどの距離に迫っていたゴリッチは、緊急にブレーキをかけた。スピードが出過ぎていたため、飛行機が滑走路を減速するが如くスピードは落ちなかった。5~6メートルほど地面を滑る。
そのとき、樹の根元でぐったりしていた蛇は、尾を振りゴリッチに打撃を喰らわせた。油断していたゴリッチは腕を盾にして、顔への攻撃を防いだものの力で負けて吹き飛んだ。
二本樹をなぎ倒し、三本目で体勢を立て直したゴリッチは樹の幹に着地し衝突を防いだ。
「どういうことだ」
明らかに蛇の様子がおかしい。
パワーは格段に上がり、素早さもアップしている。
姿形は同じだが、体から発せられる威圧感は以前の比ではない……。空気を震わせる圧倒的な強者のオーラ。
「それが貴様の真の力か」
ゴリッチのこめかみに冷や汗が流れる。
ひし形の蛇の目は人間で言うところの白めのようになり、意思をくみ取ることすらできなくなっている。
「面白い。張り合いがなく、つまらないと思っていたところだ」
喉を震わせ、ゴリッチは抑えきれない笑みを顔全体に浮き上がらせた。
相手が強ければ強いほど、体の奥底からこみ上げてくる闘志本能がアドレナリンの分泌量を何十倍にもまして加速させた。
体の痛みなど感じない、世界がスローモーションに見えるほどに精神が研ぎ澄まされている。命を懸けた極限状態。これだから闘いはやめられない(アスリートです)。
白目を剥いた蛇は頭を揺らし、踊っている。
牽制などもはやない。
阿吽の呼吸でゴリッチと蛇は同時に動いた。
タンクローリー同士の激突を彷彿とさせられる、衝撃波と爆音が森中に鳴り響く。
蛇とゴリッチの動きを一般人が捉えることはもはや不可能だった。蛇が尻尾を振るとかまいたちの斬撃がゴリッチを襲う。薄皮が切れ、腕や頬、わき腹などから血が流れる。
だがゴリッチは気にしている様子はない。
攻撃の手を緩めることなく、ノーガード戦法で蹴りや殴りを繰り出している。攻撃の激突で発生する波紋が閃光を放つ。蛇の攻撃は尻尾だけではない、その鋭い牙が尾と同時に襲ってくるのだ。
闘いは一進一退の様相を呈していた。どちらかの集中力が一瞬たりとも切れようものなら、即座に決着がつくだろう。
いかなアスリートと言えど、人間の集中力はそうそう長くは続かないもので、ゴリッチは一瞬、時間にして0,01秒ほどの一瞬とも呼べない一瞬油断した。
どうして百獣の王であるゴリッチが油断をしたのか?
集中力が切れたから? 否。
小枝が折れる音を聴いたからだ。
小枝を折った方に一瞬視線をやると、そこには動揺した様相のエリーが立っていた。
どうしてこんなところに……。
その一瞬の動揺が隙を生んでしまったのだ……。
一流はその一瞬とも言えない一瞬を見逃さなかった。
その強靭な尾で足を払うと、態勢を崩したゴリッチの動きが一手遅れた。
一手先に横に回り込み、蛇はゴリッチに巻き付く。滑らかな動きには無駄がなく、龍が天を駆け上るが如くゴリッチの体を包み込むようにして巻き付いた。
首だけを出して、蛇はゴリッチの身動きを封じた。
前回の締め付けとは比にならないほど、拘束力が増している。体が動かないどころか、小指一本動かすことができなかった。ミシミシと締め付ける力が増し、潰されないよう抵抗するのがやっとだった。
息を吸うことができず、このままでは圧殺されてしまう……。
蛇はゴリッチを遥か高みから見下ろして、その口を百八十度開いた。唾液がゴリッチの髪の毛を濡らし、ゆっくりと頭から飲み込んでいく。
喉を悠々通り、体がゆっくりと飲み込まれてゆく。
蛇の中は熱いほどで、狭く、締め付けが強い。ぬめりがローションの役割をにない摩擦を減らして、ゴリッチの体の半分が飲み込まれた。
蜷局を巻いた蛇の体が、ツチノコを彷彿とさせるいびつな形へと変形してゆく。蜷局が解かれ、現れたゴリッチの体はくるぶしまでだった。
蛇は頭を天に向け、喉の通りを一直線に結ぶ。
とうとうくるぶしまでも飲み込まれ、ゴリッチは完全に喰われた。いびつに膨れ上がった塊が、体の奥深くにドッドッドッと運ばれた。
三メートルを超える蛇の丁度真ん中で止まったふくらみは、そのまま動かなくなった。ゴリラゴリラゴリラと巨大蛇の闘いは、大蛇の勝利で決着がついた――。




