無人島生活23話 二宮金次郎を見習いなさいっ!★
ガンガンガンガンと手に握った石器並みにとがった石を、ドラム缶に振り下ろす龍之介。ドラム缶の下段の横にくぼみができているのが、遠目からでもわかった。
「ちょっとッ――――――!」
エリーは何やってるのッ、と裏返った声で叫んだ。
「聖痕を刻んでいるのだ」
「なんでやねん! 穴なんてあけたら、お湯が漏れるじゃないッ」
肩を怒らせ前のめりに突っかかろうとするのを、エリーの自制心が何とか抑えている状況だった。
「そう怒るな」
「怒るわッ」
「よく考えろ。穴を開けなければ、入れた湯をどう捨てるというのだ。浴槽の構造を考えるんだ。張ったお湯は栓によって止められているだろう」
爆発直前だったエリーの心はゆっくりと噴火警戒レベルを下げていった。そうか……思い至らなかった……。確かに入れた湯を捨てる排水口は必要だ。
「確かにそうね。そんなんだったら、先に言ってよ。言ってもらわなきゃ、わからないじゃない」
自分の早とちりを弁護するため、エリーはあくまで自分は悪くないの一点張りだった。こちらも悪いが、説明しなかったそっちも悪い、と。
「説明する前に、早とちりしたのは貴様の方ではないか」
素直に謝ることを知らぬエリーなのである。
ツンデレあまのじゃくなのである。
龍之介はドラム缶の下段に五百円玉ほどの穴を開けて、その穴の蓋を材木で作った。コルクのような栓だ。穴と栓はぴったりで、パッキンなどを使わずとも少しのすき間もなく埋まった。
「で、バケツ持って来たけど」
これからのことはエリーでも予想はついていた。
湖から、水を汲んでドラム缶に張るのだろう。
「それでは、水を入れるぞ」
エリーは龍之介にバケツを突き出した。
未確認飛行物体でも見るような視線で、バケツを見る龍之介。
「何だ?」
「水汲むんでしょ」
「我に汲めと言うのか?」
「は? 当たり前でしょ」
「先に貴様が汲むのだ」
龍之介が言っている意味がわからない……。
自分に汲めと言っているのか?
「こういうのは普通男の仕事でしょ」
「今の時代と逆行する考えだな。自分のやりたくない仕事を人に任せるのは不平を生む。だが、手伝ってもらうのは不平の分担になる」
この男何言ってんだ? と思ったがよくよく考えてみると、確かにエリーは横着したかっただけだ。渋々、水を汲むことにした。
湖からバケツ一杯に水を汲んで、ドラム缶に流し込む。
ドラム缶の底に、少し水がたまった。
先は長そうだ……。
まだ湖から四歩ほどの距離にドラム缶が開かれているからいいが、これが結構離れているのなら、たまったものではない。
五往復してドラム缶に溜まった水はくるぶしが浸かるほどだった。
これを昔の人は行っていたと思うと、頭が上がらない。
「交代だ」
龍之介はバケツを受け取り、湖から水を汲み、ドラム缶に移す。
十往復くらいして、エリーと交代した。
確かに、代わり番こでやれば疲れも最小限で済む。もしこれを一人にやらせれば、確かに不満が溜まるよな、とエリーは反省した。助け合いが大切なのだ。
ドラム缶に水を張ること、十分ほど。
湖とドラム缶の総往復回数、やく五十回。
人間は入浴するために、どれだけの水を消費しているのか、身をもって知った。水は大切にしなきゃいけないものだな、とこの歳になって気付いたのだ。
現代社会では、何でも当たり前にできていたことが、ここでは当たり前ではない。今の当たり前の生活は、当たり前じゃないことを当たり前にした人々の結晶なのだ。
何でもはじめから当たり前のことなんてない。だが、現代人には当たり前のことなので、気が付かない。
自分も現代社会に戻ることができたら、きっとこのように感じた気持ちは希薄になってしまうのだろう。
世界には貧困にあえいでいる人たちもいるのに……日本人はそのような苦労を知らぬとは何とも残酷だと思ったエリーなのである。
何はともあれドラム缶に水を張ることができた。
龍之介が開けた穴からも、水は漏れていない。
乾かしていた木の枝を龍之介は持ってきて、ドラム缶の下のくぼみに入れた。
弓なりにしなった枝と、木に巻き付いていた蔦で作った弓のような火起こし器を使って龍之介は火を熾す。弓の弦に当たる、蔦に木の枝を巻き付けて、その上を石で押さえ、ノコギリのように引くのだ。
すると不思議なことに木の枝は回転して、手をこすり合わせて摩擦を起こすよりも、少量の力で火を熾すことができる。これが、ホモサピエンスの力。
熾きた火種をドラム缶の下のくぼみに入れて、空気を送り込む。
乾いた薪に梯子をかけて、火は次々と燃え広がる。
森の中に生えていた、竹のように中が空洞の樹の幹を使って、空気を送る。
その光景は古き良き、お風呂の焚き方だ。昔の人はこのような大変なことをほぼ毎日行っていたと思うと、気が遠くなる。二宮金次郎は風呂を沸かすとき、この灯りを使って勉強していたのか~、昔の自分に教えてやりたい。
パチパチと弾ける音が子気味良く、空気を送るとボッと赤くなる薪は美しい。なぜだろう? 不思議と魅入ってしまう。
「このままでは入れないな」
顔に掛かった煤を手の甲で拭いながら、龍之介はボソッと言った。
「どうして?」
「このまま浸かったら、煙で一酸化炭素中毒になるぞ」
堀から煙がモクモクと立ち上がり、赤色のドラム缶をほぼ覆い尽くしていた。このままドラム缶風呂に入っても、煙しか見えない上に、息もできなさそうだ。
「どうするの?」
「煙突を作り、そこから煙を逃がすしかない」
クエスト発生『煙突作り』。
「煙突? どうやってそんなもん作るの?」
「これを使う」
言って龍之介が突き出したのは、今まで空気を送るのに使っていた、中が空洞の樹の幹だった。
「この幹をもっと集め、繋ぎ合わせれば煙を逃がす煙突の代わりになるだろう」
おお~さすが中二病だが頼りになる男、とエリーは心の中で拍手喝さいを送った。
てなわけで、ドラム缶風呂を作っていたはずの二人は、石器の斧を持って森に入ることになったのだった。とんでもないことが待ち受けているとも知らずに――。




