第三話 王太子殿下
軽快な音楽に誘われて、普段は厳格な雰囲気の漂うフルメヴァーラ城も楽しげな人々で溢れかえっている。
異国の衣服を身に纏い、見たこともない楽器を奏でる楽士たち。その音楽に合わせてはしゃぎ声を上げて踊る若い娘たち。男たちは酒を飲み干し、踊る娘たちを細目で回す。
訪れた客人をもてなすために宴が催されている。誰もが浮かれ、騒ぎ、客人の来訪を歓迎する。
高貴なる来訪者はガーランドの一族の隣に座り、満足げに宴を楽しむ。女たちはゆっくりと広場の中を通り、王の前で跪く。
「此度の訪れ、嬉しく思いますわ、陛下。」
最初に声を上げたのはレディ・ローザリンデ。アマランテの母親である。東のエルヴァスティの有力貴族の出身であり、国王ハインツの従兄妹にあたる。
「ああ、ローザリンデ。君はいつまでも美しいな。エミディオと結婚した時は、エルヴァスティの男がみな泣いた。もちろん、私もな。」
大柄な体に合わせるように、ハインツは大きな口を開けて笑う。そして母の隣で跪く美しい少女に気がついた。
「そちらは、・・・・・・・・レディ・アマランテだね?」
「はい、陛下。一番上の娘でございます。」
そこには絹の黒髪を高く結い上げ、雪のように白い顔に化粧を施し、彼女の魅力的な体のラインを上手く活かした衣装を身に纏う、一人の娘。
「これは、なんとなんと。私は今まで多くの美しい女たちを見てきたが、君ほど美しい女はいなかった。」
「陛下は女を喜ばせる言葉をご存知のようで。」
「それに、頭もいいようだ。」
娘の言葉に慌てるエミディオとローザリンデ。それに対して堂々と振舞うアマランテ。ハインツは気にした様子もなく、先ほどと同じように大きく笑う。
「お許しくださいませ、陛下。娘はまだ口の利き方を知らないのです・・・・。」
「気になどしないさ、ローザリンデ。幼い頃の君にそっくりだ!いつも私は口では君に勝てなかった。君は美しく、頭も良く、私にいろんなことを教えてくれた。懐かしいな。」
幼い頃の思い出を愛おしそうに話すハインツ王。その王を横目で冷たげに眺める王妃ヤロミーラ。繊細な模様の入ったゴブレットをテーブルに置き、美しい顔をアマランテに向ける。
「あなたのことは国中の者が知っていますよ。男はみなあなたを手にしたいと望み、女はあなたの美しさを妬む。ねえ、ブランドン。あなたもそう思うでしょう?」
王妃の隣に座る王太子ブランドンは、声をかけられてハッと気がつく。彼のアマランテを見る目には熱い炎が宿っていた。初めて見たガーランド家の秘宝を、欲しいと思ったのだ。
「そうですね、母上・・・・。」
品格を携え優雅に椅子に座る王妃を見据え、アマランテは密やかに、だが通る声で述べる。
「私など王妃様の月のような美しさには遠く及びません。私はあまり多くの場には顔を出しませんから、誰ぞ私の顔を見た、そうですね、きっとその者は大げさな表現をする者だったのでしょう、その者が様々なところで触れ回り、噂が噂を呼び、いつの間にか私は美女ということになってしまったのでしょうね。真実は残酷なものです。」
「そんなことはない!あなたは誰よりも美しい!あなたに、私は・・・・。」
王太子はアマランテの前に飛び出してくると、彼女の白く小さい手を取り、吸い込まれそうな黒の目を見つめる。だが、彼はそこから先の言葉は紡げない。
「ありがとうございます、殿下。お優しい人なのですね、あなた様は。」
王太子の手に彼女は自分の手を重ねる。焦らすようにゆっくりと顔を上げ、熱い炎の宿ったその顔をじっと見つめる。
彼女の目に映るものは端正な顔立ちの王太子などではなく、その先の先の先にあるかつての都シェヘバだけだ。