03
最近、体がだるい気がする。
熱があるわけじゃなく、風を引いてるわけではなさそうなのだが、何故だか体が重い。
ふう、と一つ息を吐いて布団から起き上がった。
「おはよう、信一伯父さん」
「おはよう。…涼介、なんだか顔色悪くないか?」
「そう?俺はなんともないから大丈夫だよ」
ふ、とカレンダーに目を移すと今日の日付に黒いペンで丸が付いていた。
ああ、今日でもう五年経つのか。
俺が見つめている先にカレンダーがあることに気付いた伯父さんが、一つ苦笑しながら仏壇の前に移動した。
今日は、信一伯父さんの奥さん、啓子伯母さんの命日だ。
「早いなあ…啓子が死んで、もう五年も経つよ。お前が俺の隣で笑っていたのが昨日みたいに思えるのに、不思議だよなあ」
信一伯父さんはまるでそこに啓子伯母さんがいるかのように、愛おしそうに、優しく、語りかけていた。
その目に涙が浮かんでいるように見えたのはきっときのせいじゃないと思う。
啓子伯母さんは信一伯父さんより少し厳しい人だった。
駄目なことは駄目だと、真面目に怒ってくれたのは啓子伯母さんぐらいだと思う。
厳しいけど、優しい人で、信一伯父さんにはぴったりな人だといつも思ってた。
羨ましいぐらい、仲の良い夫婦だったのだ。
しかし、突然啓子伯母さんが倒れたことにより、その幸せな夫婦生活は終わりを告げた。
啓子伯母さんは末期の癌だったらしい。
ずず、と鼻をすすった伯父さんが仏壇の前から立ち上がり、朝食にしよう、と俺に笑いかけた。
伯父さんの目は真っ赤だった。
「ねえ伯父さん」
「何だい?」
「伯父さん、啓子伯母さんが末期の癌だって知ったとき、悲しかった?」
「そりゃあ、なあ…」
「もう助からないって思ったとき絶望した?」
俺のその質問に伯父さんはふ、と一つ笑って首を横に振った。
それは違うぞ、と。
「まず、助からないと思わなかったな」
「え…でも医者に言われたんだよね…?」
「言われはしたさ。でもな、はいそうですか、大人しく死ぬのを待ちます、っていうのは違うだろ?」
「……」
「確かに完治は出来ないかもしれないけど、頑張れば寿命は延びるかもしれない、もしかしたら奇跡が起こるかも知れない、そう思ってたから絶望はしなかったな」
強いんだ、この二人は。
啓子伯母さんと信一伯父さんはきっと強い心を持っていると思った。
俺とは違って。
俺みたいに、簡単に諦めたりしないで。
「信一伯父さんって強いんだね…啓子伯母さんも」
「強くはないさ。毎晩家に帰っては泣いたよ。啓子も、夜はいつも一人で泣いていたらしい。お互いに泣き顔は見せないけど、泣いてることは知ってたんだ。でも二人だからがんばれた。一人じゃないと思えたから」
「絶望もしなかった?」
「…まあ、啓子が死んだ時は絶望したよ。この世を恨んだ。何で啓子が、って思った。あの店も閉めようと思ったんだ」
「え…」
「正直何もしたくなくてね。周りからの同情の言葉もうんざりして、一人でどこか遠い場所に行ってしまおうかと思ったんだ。でも、あの店は啓子の宝物だったから」
啓子の宝物は、自分の宝物同然だから、あの店は続けようと思ったんだと信一伯父さんは言った。
啓子伯母さんの意志を継いだんだと。
今は亡き人の意志を継ぐこと、意志と言わずとも、その人の夢を代わりに叶えること。
自分は生きているんだから、出来ないはずがない。
生きている限り、自分の思うままに自分の人生を決められるのに。
なのに。
「俺、逃げてばっかり…」
涙が出た。
悔しくて、情けなくて、かっこわるくて。
もう、過去に戻ることは出来ないのに、思い出に浸かって。
現実からただ逃げていた。
伯父さんは俺の頭をがしがしと撫でた。
伯父さんは、何も言わずとも何かを察したらしく無言で泣いている俺の頭を撫でる。
近所のおじさんがタローを撫でていたように、豪快で、でも優しく。
「痛いよ、伯父さん…」
また涙が溢れた。




