7.『ミーティング』
会議室。
京桜が両手をパンッと打ち鳴らした。
「それでは、第一回ユニット会議を始めます」
「何回やるつもりだよ?」
「知らないよ。未来の話なんてどうでもいいの。現在の話をしよう」
「未来の話だろうが!」
煉は二人の様子に早くもため息を吐いた。
「はいあっくん!ユニットとは?」
「マネージャーもいねぇのに会議もクソもあるかよ」
「こら!この僕の前ではお下品な言葉は控えて。ユニット内ルールは決めておいた方がいいね。これ追加で」
京桜はスマホに何かを打ち込む。
「おい」
「そうそう。今日のマネージャーを連れてきたよ。どうぞ」
「今日の……?」
紫苑の疑問を後目に、会議室の扉がゆっくりと開く。入ってきたのは、落ち着いた雰囲気の、壮年の男性だった。
「やあ」
煉が眉間の皺を揉む。
「紹介するね。そこら辺で捕まえてきたアリセイツキさんです」
「ありせ……?」
「それ社長」
社長は緩んだ笑みを浮かべてピースサインを作る。
「来ちゃいました」
紫苑が声を抑えながらも思わず声を荒げた。
「どこで何捕まえてんだよ!?」
「カフェテリアでコーヒー飲んでから誘ったの」
──十数分前。
『マネージャー探してるんですけど、暇な人います?』
社長はカップを手に、穏やかな笑みを浮かべて応じた。
『みんなお仕事中だと思うけど。どうしたの?』
『ユニット会議やるんです』
『……もし良かったら私が同席しようか。15時40分までなら付き合うよ』
『わーい!』
「ということで、会議再開っ☆」
◇◇◇
煉は軽く咳払いをして、会議の空気を引き戻そうとする。
「まずは路線とか決めたいんだけど……」
そう言いながら、煉は気まずそうに視線を社長へと向けた。
「いいよ。続けて」
社長は穏やかに頷く。
(やりづれぇ……)
「あっくん待って」
内心でため息をついたその瞬間、京桜が勢いよく手を挙げた。
「僕は左利き、君は有罪。それじゃ僕が書き込むとき、手の側面が汚れてしまうでしょ。縦書きで」
会議室に一瞬、沈黙が落ちる。
京桜以外の三人の脳裏に、同時に大きな疑問符が浮かんだ。
「書かねぇんだろ?」
紫苑が呆れたように眉を寄せた。
「当然。じゃあ問題無いね。続けて」
(僕は、レフ……)
煉はマーカーのキャップを外して、ペン先をつけてしまう。瞬間、脳の処理が追いついた。
「てめぇ玖珂!!」
煉は勢いよく京桜に掴みかかった。
「うあぉっ!?何!?」
「阿久津さん……っ、落ち着いて!」
紫苑が素早く立ち上がり、煉の腕を押さえにかかる。
社長は腕を組んだまま、面白そうに三人を見守っていた。
「賑やかだね」
◇◇◇
煉は声に出しながら、ホワイトボードにいくつかの単語を書き連ねる。
「クラシック、モード、パンク、ストリート、エレガント、センシュアル……。これファッション用語だろ」
「世の理ここにありけり」
紫苑は京桜を完全に無視して、煉に視線を向けた。
「センシュアルって?」
「大人の色気ってこと。ほら」
煉は資料として持っていた一冊のグラビア雑誌を取り出す。表紙を飾るのは、アイドルユニット・桃幻綺譚の獅子王帳。妖艶な視線と、露わな肌が印象的な一枚だ。
「これをやれと……?」
紫苑は訝しげな目で雑誌を見つめ、わずかに身を引いた。
「言ってねぇ」
「あっくんはどぅーでもいいとして、課題があるとすれば泉くんだね」
「なんでだよ」
京桜は立ち上がり、自然と煉の隣へ歩み寄る。
「だって泉くんはまだお子様だからね。ミステリアスでインモラルなこと、出来ないでしょ?」
そう言いながら、京桜は煉にぐっと顔を寄せ、艶やかな視線を送った。煉は一瞬、石のように固まり、白目を剥く。
「これをやれと……?」
「言ってねぇ!」
煉は京桜の額に頭突きをかました。
「痛ぁぁぁぁいッ……!!!」
「無しだ無し!!第一、未成年しかいねぇだろうが!」
煉は苛立った声で叫ぶ。
そのとき、静かに見守っていた社長が口を開いた。
「大人になるという意味では丁度いいと思うけど」
三人の視線が一斉に一点へと集まる。
社長は雑誌をパラパラとめくり、獅子王帳の特集ページを開いて三人の前に差し出した。
「別に脱ぐわけじゃないんだし」
(はだけてますけど)
「君たちは未熟すぎる。少し背伸びしてみるのも一つの手なんじゃないかな」
社長はそう言い残すと、立ち上がって会議室の扉へと向かう。
「14時38分。私はそろそろ失礼するよ」
出て行った。
廊下にて。
『アミトくん。ちょっと話があるんだけど──』
京桜は額をさすりながらも立ち直る。
「よしっ、路線はセンシュアルってことで」
方向性が勝手に決まりかけた瞬間、煉は慌てて紫苑に振り向いた。
「おい泉、お前はいいのかよ?」
紫苑は一瞬言葉を詰まらせ、視線を逸らす。
「まあ……」
(そういうの阿久津さんにいきそうだし……)
◇◇◇
「……仕切り直そう。既存のユニットは見ての通り」
桃幻綺譚・・・和洋折衷
Crush Crown・・・玉座強奪
SuNrise・・・太陽
「強奪って……」
「直訳だ」
京桜が興味深げに目を細め、指摘を挟んだ。
「元ネタかどうか知らないけど、もし桃源郷だとするなら、“和洋”どちらにも当てはまらないんじゃないの?」
「桃幻綺譚は真剣衰弱で決めたらしい。漢字のカード作って、揃えた四文字なんだと」
「なるほど。それは名案だね」
「遊んでるじゃないですか」
「適当、楽観、個人主義の集まりなんだよ」
「あっくん、泉くん」
「次は何……」
紫苑が警戒気味に呟く。
京桜は雑誌を手に取り、表紙を二人に見せた。
「僕これがいい。Mirage」
「あー……なんだっけ? 蜃気楼とか何とか……」
「幻影、だよ。人間の気は『高嶺の花』や『鏡花水月』といった『美しくも手の届かない存在』にこそ興が引かれてしまうというもの。高貴・高潔・高尚な僕にピッタリでしょう?」
「最後のはさておき……。いいじゃん、それユニット名にしましょうよ」
「そうだな」
◇◇◇
「あと残ってるのはリーダーだけど……玖珂、やんのか?」
「やらない」
「「は?」」
紫苑と煉の声が重なった。
紫苑が呆れたように京桜を睨みつける。
「僕僕僕ぅとかあーだこーだ言ってたくせに」
京桜は穏やかな笑みを浮かべ、珍しく落ち着いた口調で答えた。
「仕事を円滑に進めるなら、現場慣れしてるあっくんを推薦するよ。君たちの反感を買ってしまう僕に、まとめ役は向いてない」
「急に真っ当な意見出すじゃん。やめてよ」
煉は顔をしかめ、ため息を深く吐く。
「……俺だって向いてないんだよ」
「じゃあ尚更あっくんががるべきだね」
京桜はにこやかに立ち上がり、煉の手からマーカーをするりと奪い取った。そして、リーダーに「あっくん」と書く。
「右利きじゃん」
「両利きなの。オールマイティなの」
「うっぜぇ」
◇◇◇
「あとは?」
「メンバーカラーっ!」
京桜は廊下に向かって駆け出すとすぐに、色相環をコピーした紙を貼り付けた即席のダーツ盤を引っ張り出してきた。
「……どっから出した?」
「来るときにおじさまが使っていいよって備品を引っ張り出してくれたの」
紫苑は眉をぴくっと動かした。
「待って。おじさま誰」
「社長」
「お前っ、仮にも社員なんだから社長って呼べよ!」
「何も言及されてないよ。沈黙は肯定を意味するってよく云うでしょ?」
「この場に居ねぇからだろ」
煉が呆れて頭を抱える。
「まあまあ。二人とも、落ち着いて」
京桜は両手を広げて二人を後ろに下がらせると、軽やかにダートを構えた。
一投目。ピンクのエリアに刺さった。
「僕PINK!」
「知ってた」
二投目。煉が投げた。
「ブルだね。おめでとう。好きな色選んでいいよ」
「じゃあ黒貰うわ」
「知ってた」
三投目。紫苑が投げる。ダーツは水色に刺さった。
「泉くん水色ね」
「分かってたよ!!アンタのピンクも、阿久津さんの黒も!アンタらの髪色まんまじゃねーか!ダーツの意味!」
「お前だって目の色当てたじゃん」
「……ッ」
京桜は優雅に微笑みながら、紫苑の肩にそっと手を置いた。
「泉くん、こういう時は笑い話にするの。それがアイドルっ☆」
「違うだろ」
◇◇◇
ダーツを片付けて、ホワイトボードに書いた板書を整理する。
会議は終わり、解散の空気が会議室を満たしていた。
「アンタ、社長をなんだと思ってんの」
「あの接し方は我の強い子に慣れてるんだろうね」
「自分で言うなよ」
三人は会議室を後にした。
扉が閉まってから数秒後──。
駆け足の音が廊下に響き、紫苑が再び会議室にひょこっと顔を覗かせた。
素早くホワイトボードに近づきマーカーを手に取ると、ユニット名の横に「Bullet」と書き足す。
紫苑は慌ただしく二人を追いかけた。
◇◇◇
静まり返った会議室に、新たな人影が現れた。
「リーダー阿久津煉──……、ユニット名Mirage Bullet」
【登場人物】
アリセ イツキ
タレント事務所アリセ・プロダクション(略:アリプロ)の社長。
獅子王 帳
アイドル。ユニット『桃幻綺譚』のメンバー。




