6.『ステップ』
神威は一人、ロビーのソファに腰掛け、紫苑たちを待っていた。
やがてエレベーターが開き、紫苑、京桜、煉の三人が姿を現す。その瞬間、神威の顔がぱっと明るくなった。
「紫苑!玖珂さん!」
勢いよく駆け寄ってくる。
「ご報告します!俺もアリプロに入所することとなりました!」
「マジ?やったじゃん、おめでとう」
満面の笑みを浮かべる神威に、紫苑も自然と表情を綻ばせた。
「玖珂さん。阿久津さんも、これからお世話になります!」
神威は京桜と煉を交互に見上げ、軽く頭を下げる。
「あぁ……、よろしく」
(ルカのせいで失格になった奴だっけ……夜船さんにスカウトでもされたのか?)
煉はわずかに目を逸らした。
「この僕のお世話になろうだなんて図々しい子だね」
「嫌でしたか?」
「全然。歓迎するよ、おめでとう」
◆◆◆
後日。
神威は、他の研修生たちに混ざってレッスンルームへ足を踏み入れていた。鏡張りの室内では、既に何人かがストレッチや発声練習を始めている。
その視線が神威へ向いた。
「なんか増えてる」
少年が露骨に眉を顰める。
「椿神威です。今日から参加させてもらうことに……」
神威が控えめに頭を下げると、少年は鼻で笑った。
「別に聞いてないんだけど」
空気が僅かに張る。
「お前、失格じゃなかった?なんで居んの?」
「その……スカウトで……」
「は?︎︎それが罷り通るならオーディションの意味無いじゃん」
周囲の研修生たちも、どこか居心地悪そうに視線を逸らしていた。
神威は喉の奥が詰まる感覚を覚える。
「そっ、そうですね……」
否定できなかった。
自分でもそう思っていたからだ。
「大体さ。失格なんて当然の結果じゃんね」
少年の言葉が容赦なく神威へ突き刺さる。
「なに、まさか日南ナントカって奴と茶化しにでも来たの?真面目にやってる奴を馬鹿にして楽しいか?不快なんだよ。お前みたいに自分を特別な人間だと勘違いしてるイキリ野郎は」
「すいません……」
反射的に謝罪が口をつく。
その瞬間。
「謝ることないよ」
静かな声だった。けれど、その一言だけは妙にはっきりと室内へ通った。
「七折だっけ。言い過ぎ」
もう一人、少年が神威を庇うように一歩前へ出る。
「ハッ、凡人同士馴れ合ってんのかよ。お似合いだね」
七折の嘲笑を、或真は静かに見据え返した。
「……言霊は自分に返ってくる。ものは考えるべきだよ。アイドルなんて尚更だ」
空気が冷える。
次の瞬間、七折が少年の胸ぐらを乱暴に掴み上げた。
「どの口が言ってんだ?おい──」
「はいはい、そこまでそこまで」
割って入ってきたのは、額に黒いヘアバンドを付けた金髪の男性だった。
強引に二人を引き離すと、そのまま七折と少年の肩を組む。
「お互い様ってことで。先輩の顔に免じて今日のところは穏便にいこうよ。 な?」
十軌はわざとらしくキメ顔を作り、七折へ、ぐいっと顔を寄せた。
「チッ。どこか国宝だよ。うっざ」
舌打ちと共に、七折が男の腕を振り払う。
その目には、露骨な苛立ちと軽蔑が滲んでいた。
「荒んでるねぇ……」
男は去っていく七折の背中を眺めながら肩を竦めた。
「……すみません」
少年が申し訳なさそうに視線を伏せる。
「あっそうだ。俺は常盤十軌、君たちの先輩だ。慕ってくれて構わないぞ」
そう言って十軌は手を腰に当てて胸を張る。
神威は思わず、ピンク髪のあの人を思い出す。
(玖珂さんタイプ)
ただし、あちらより幾分か人当たりは柔らかそうだった。
「君、 名前は?」
「……凪或真、です」
「さっきの言葉が言えるなら、もっと自分を信じてもいいよ。俺が背中を押してやる」
十軌が軽く笑いかける。
「ありがとうございます」
「そっちは?」
今度は神威へ視線が向く。
「椿神威です」
「すぐに謝るのは簡単だけど、それは相手の主張を正しいと認めると同義。時と場合は見定めるように」
「はいっ」
神威は素直に頷いた。
(あの子にもフォロー入れとかなきゃ)
十軌は小さく息を吐く。
「もうすぐ先生が来るから、仲良く待ってな。じゃあな、後輩諸君!」
ひらりと手を振り、十軌はその場を後にした。
「ありがとうございました」
「ごめんね。力不足だった」
「ううん、救われたよ。ありがと」
「……ねえ、あの人はどうしたの?ほら、オーディションのとき一緒にいた……白髪の。ボディーガードとか騎士様とか言われてた」
「紫苑?別のレッスンらしいよ」
「エリートなんだ」
「うんっ、自慢の幼なじみ!」
神威は誇らしげに胸を張る。
「……そっか」
或真は小さく呟き、わずかに目を伏せた。その声音は、羨望にも寂しさにも聞こえた。
「始めるぞー」
先生の声に、研修生たちの空気が一斉に切り替わった。
【登場人物】
凪 或真
アイドル研修生。
常盤十軌
自称・顔面国宝。アイドル。




