5.『スタートライン』
コーヒーの香りが漂う、社内カフェテリア。
「アリセプロダクション所属、アイドルタレント総括プロデュースを担当しています。夜船新です」
「椿神威です。よろしくお願いします」
神威が緊張気味に小さく頭を下げる。夜船は穏やかに「よろしく」と応じた。
「失格になったらしいけど多分……というか確実に俺のせいだよな?なんか……色々とごめん。俺、お前に迷惑かけてばかりで……」
「元はと言えば俺の実力不足と思慮不足が原因なんだし、気にしないでいいよ」
気落ちするルカを気遣ってか、はたまた本当に自責の言葉なのか。神威はやんわりと流す。そんな二人の空気を、夜船は観察するように見つめていた。
「ルカ。少しその子と話をさせて」
ルカは言葉を飲み込んで、口を噤みながら、一つ隣のテーブルへ移った。
夜船は改めて神威の目を真っ直ぐ見つめる。
「椿神威くん。君をアリプロのアイドルとしてスカウトしたい」
「そういうお話なら応えられません」
神威は目を伏せて即答した。
「失格の件については君に非は無いよ」
「そう、だとしても……俺、次のオーディションで頑張ります」
「悪いけど、君は選ばれるような人間じゃない。それは君が一番よく解っているはずだ」
その言葉は容赦なく神威の傷口を抉る。
「……はい」
「でもね──」
「日南ルカ!」
派手な足音と共に、聞き慣れない声が割って入る。
「今日こそお前を引き抜きに……お邪魔しましたー(棒)」
勢いよく現れた男は、夜船の姿を見るなり、ひらりと踵を返した。
だが、神威の顔を見た瞬間、キュッと音を鳴らして足を止める。
「いーやっ、お邪魔させていただこう。もしやこの子は先日のオーディションで失格とされた子ではないか?名前は確か……椿神威と言ったな」
「逸琉」
神威を品定めするように上から下まで見回す逸琉に、夜船が低く冷たい声で注意する。
「今、大事な話をしてるんだ。口出しは控えてくれるかな」
「大事な話?失格となった子に?」
しかし、逸琉は夜船の表情と状況を照らし合わせてニヤリと口の端を上げた。
「ははーん、さてはスカウトか」
夜船は逸琉を無視して、神威に柔らかい笑顔を向ける。
「突然ごめんね。こちらは有瀬逸琉さん。この会社の部外者です」
「部外者……?」
「心外だな。僕はアリプロ社長、アリセイツキの息子。つまり堂々たる関係者だ」
「はあ……にゃるほど」
(いま噛んだな)
隣の卓で頬杖をつきながら、静かにパインジュースをストローで啜っていたルカが鼻で笑った。
「それはそうと、なぜスカウトに日南ルカを同席させる必要が?ファン?」
逸琉の視線が、ルカと神威を交互に捉える。
「そういうこと」
ボソッと納得の声を呟いた。
「椿神威」
「……はい」
また何か言われるのではないかと、神威は肩を竦めて身構える。
「君を我がアリセ・ミュージック社のアイドルとしてスカウトしようではないか!」
「……っはあああ!?」
当人の神威を差し置き、ルカが大袈裟に叫んだ。
「なぜかは知らん。が、しかーし!日南ルカが貴様を選んだというのなら……利用しない手はない!」
「ダメに決まってんだろ!神威は俺が見つけたんだぞ!俺が先に、一緒にアイドルになろう、って約束したんだから!」
「俺は日南ルカが欲しいのだ!こんな凡人が餌となるならいくらでも奪ってやる!!!」
「ふざけんなよ!絶対行ってやるもんか!」
子供のように取っ組み合いの喧嘩が始まった。夜船は呆れからか吐息を漏らす。
「椿くん、スカウトの話はまた後日に回そうか」
何も答えられない。
こんな状況でさえも脇に置かれてしまう自分に、アイドルなんて夢を語る資格はあるのだろうか。
また無意識に俯いて、前髪で顔を隠していた。
「椿神威、これだけは言っておこう」
「うおぁっ!?」
ルカが押し退け飛ばされた。
「貴様はアイドルを神格化し過ぎているのではないか?」
逸琉の言葉に神威は顔を上げる。
「ビジュアルもパフォーマンスも属性の一つでしかない。アイドルはブランドだ!」
逸琉は高らかに言い放つ。
「名前も言動も行動も、全てに価値が備わる商材!だからこそ、技術不足だろうと愛や想いが無かろうと、偶像というキャラクターを演じている限り、それはアイドルとして成立する!
自分が嫌いだと言うのなら、その嫌いな自分を偽る虚像を演じればいい!
お前はアイドルになれ!俺がお前を本物のアイドルにしてやる!」
「……」
「夜船さん」
神威は夜船に向き直る。
「どうすれば、俺もアイドルになれますか」w
僅かな震え交じりの声に、確かな芯が宿っていた。夜船の目が細められる。
「……こちらから誘ったとはいえ、今の君では事務所の後ろ盾は得られないし、無名の君を必要とする人もいない。それでも構わないかい?」
息を吸って吐いて、深呼吸で気持ちを落ち着かせる。
「構いません」
「なる!?なるって言った!?」
押し飛ばされて床に尻もちをついたまま座っていたルカが、目を輝かせながら興奮気味に立ち上がり、
「うぶっ」
神威の頬を両手で引き寄せた。
「また一緒に歌えるな!神威っ!」
ルカのニカッと太陽のような満面の笑みに、神威は目を瞬かせる。
「……そんなキャラだったっけ?」
「公私分けてるだけ!」
その傍ら、夜船の脳内で冷徹な算盤が弾かれる。
(アイドルとして大成できなくとも、ルカのモチベーションになるならプラスかな。少なくとも、キープしておく価値はある)
「なぜこの流れでアリプロに行くんだ!?」
一人、蚊帳の外に置かれた逸琉の絶叫が、カフェテリアに響き渡った。
【登場人物】
夜船 新
日南ルカのマネージャー。
有瀬 逸琉
レコード会社アリセ・ミュージックの社長。タレント事務所アリセ・プロダクション社長の一人息子。




