4.『アイオライト』
「しっ、かく……」
頭の中が急激に冷えていく。
「審査員・日南ルカの介入により、公平性の不均衡が確認されました。椿神威さん。こちらに非があるとはいえ、我々はこの事態を規定違反行為と見なします」
徐々に声が遠のいていった。
◆◆◆
「昨日さ、事務所の人から連絡あったんだけど」
中学校の3年1組の教室、自由席が許されている給食時間。
向かい合わせの机越しに、紫苑がコッペパンの袋を開けながら話し始める。
「お前にも話があるから一緒に来てほしいって」
神威は頬張っていた唐揚げをしっかりと咀嚼してから飲み込む。
「俺も?なんで?」
紫苑は「さあ」と首を傾げながら、ちぎったパンを口に詰めた。
◇◇◇
指定の時間通りに、二人はオフィスを訪れた。
「失礼します」
「泉紫苑くん。いらっしゃい」
扉を開けるとそこには、資料を整理している様子のアンリと、革製のソファへ深く腰掛け、何食わぬ顔で足を組んでいる京桜の姿があった。
「おや?椿くん、先日ぶりだね」
「どうも」
紫苑の背後に隠れていた神威も、遠慮がちに室内へ顔を覗かせる。
「えっと、確か……椿神威くん、よね。オーディションの件については本当にごめんなさい。こちらの都合に巻き込んでしまったわね……」
アンリが、眉間に薄い影を落として謝罪した。
「こちらこそ、ご迷惑をお掛けしてすみませんでした」
神威も先日の自己判断を反省して頭を下げる。
「でも、どうしてここに?私が連絡したのは泉くんだけのはずだけど……」
「僕ですよ。榊原さん」
困惑したアンリの声に、新たな声が重ねられた。
「夜船さん……っ」
後ろを振り返ると、そこには三人の影があった。
阿久津煉と日南ルカ。そして、夜船と呼ばれた人物が、優雅に微笑んでいた。
煉は室内を一瞥し、目を鋭くする。
「……オーディションは終わったんですよね?」
「阿久津くんも。待ってたわ」
アンリは煉の冷たい声色をよそに、資料を片付けて、トントンと端を整える。
「神威!」
ルカが弾かれたように神威へ飛びつこうとする。
だが、夜船がルカの首根っこを掴み、子犬でも扱うように軽々と引き戻した。しかし、ルカがいま着ているのは、惜しくも恐竜の着ぐるみパーカーだった。
「君が椿神威くん?」
「は、はい」
神威は萎縮しながらも、夜船を見上げて返事をする。
「場所、変えようか」
夜船は煉たちに背を向けて悠然と歩きだし、神威とルカを連れて行った。
「で、なんで阿久津さんまで呼ばれてるんですか?」
「知るか」
煉は苛立ちを隠そうともせず、京桜の向かいのソファの端に座り、背もたれに体重を預けた。
「ねえ、君たちはCrush Crownを知っているのかしら?」
アンリが先程せっかくまとめた資料を見せびらかすように無造作に広げる。
「残念ながら全くもって存じ上げないね」
「阿久津さんと日南ルカが元々いたグループですよね」
「……」
京桜は腕時計の秒針を見つめ、紫苑は事実だけを述べる。煉は視線を逸らして唇を強く噛み締めた。
「そう。うちのトップ層だけで構成された人気グループだったの」
アンリが指先で資料を軽くつつく。
「けどね、メンバーの脱退が続いて、残されたメンバーも活動休止やら引退しちゃうし、阿久津くんも今はモデル業オンリー。実質、今アイドルとして生き残っているのは日南くんだけなのよね」
一度言葉を切り、肩を落として小さなため息を吐いた。
「こんな形で終わっちゃうなんてもったいないと思わない!?このままじゃせっかく築いてきたネームバリューが価値を失ってしまうでしょ!?
だからね──……」
アンリは勢いよく机を叩き、身を乗り出して高らかに宣言する。
「阿久津くんをリーダーに据えて、このメンバーでリニューアルユニット【EXCEED】を結成します!」
一人で「ぱちぱちぱち〜!」と勝手に盛り上げる。
「は……?」
「……さ、すがに無神経すぎじゃないっすか……?」
煉も紫苑も、自身の耳を疑わざるを得なかった。
「あら、どうして?」
アンリは心底不思議そうに首を傾げる。
「Crush Crownは消滅という悲劇を迎えた。それぞれ道を違えた元メンバーの一人が、新たな仲間を率いて旧ユニットを超えるためのユニットを創る……ファンが感動できる美談としてはこれ以上ない傑作だと思わない?」
アンリの声色から潮のように熱が引いた。
「無神経上等。ここは大人の世界なの。仕事が飲み込めないと言うのならプロ失格。いくらでも替えが利いてしまうこの業界に居場所なんて無くなるの。阿久津くんならその意味を充分理解しているはずよ」
「滑稽だね」
京桜はいつの間にか手にしていた資料を捨てるように机に置いた。
「テセウスの船に価値はない。そっちにどんな事情があったかなんて僕は知らないし関係も興味もないけど、そんなつまらないことに利用されるなんて御免だよ。僕のポリシーに反する」
冷ややかな京桜の顔を、紫苑はただじっと見つめる。
「それに、なんでこの僕が使い古されたブランドを背負うなんて話になっているのかな?僕を愚弄しているのか侮辱しているのか……どちらにしろ有り得ないよね」
煉もまた、京桜の言葉には耳を傾けた。
「僕が主役の僕による僕のためのユニットじゃなきゃ嫌だね!!!絶対ゼッタイぜーーーったい!!!」
先程までの冷静さをかなぐり捨てるように、京桜は子供じみた我儘を叫ぶ。
「ということで、僕が主役のユニットをつくろう。君たちもそれがいいよね?」




