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3.『スクラッチ』

京桜・紫苑ペア


「不審者は不審なだけであって、必ずしも不審者=犯罪者とは限らない。警戒は大事なことだけど、今君がやるべきことは他にあるでしょ。どうせならこの僕に集中しなさい!」

鏡張りの広いレッスン室。

その端で、京桜は神威の方を気にしている紫苑の視線を遮るように立ちはだかった。

「さっきから偉そうに……」

「当然、僕は君よりお兄さんだからね」

無論、年齢など聞いていないし、教えられてもいない。

「何歳?」

「16」

「そっ……………すか」

惜しくも紫苑は15歳である。

(敬える要素が無いんだよな、今んところ)

はあ……とため息を吐き、鏡の向き合う京桜を見つめる。

神威(あいつ)の方が相性良かったんじゃねーの?」

京桜は最初から神威に声をかけていた。いちいち突っかかって小競り合いをしてしまう紫苑は、少なくともそもそも選択肢に入っていないのかと思ったのだ。

「僕じゃあの子を活かしてあげられないからね。お子様(こちゃま)のごっこ遊びに付き合ってあげるほど僕は優しくないの。合理性を考えるなら僕に次ぐ実力者の君を選ぶのが妥当でしょ?」

幼なじみの夢を『ごっこ遊び』と切り捨てられ、紫苑の目つきが鋭くなる。

「アンタ、天才(自称)なんじゃなかったっけ?」

「泉くんは計算が苦手なのかな。0には何をかけても0のまま。今はお友達ごっこなんてやめて現実を見るべきだね」

嫌味は皮肉で返される。自分の意見が絶対の自己中。こういうのは相手にするだけ無駄なのだ。



◇◇◇



神威・不審者ペア


【同い年だから神威って呼んでいい?】

レッスン室の隅。二人のスペースは妙な空間があった。明らかに他のペアから距離を置かれていたのだ。

「はい。俺は何と呼べば?」

【マスクマン、もしくはマスク仮面とでも呼んでくれ】

当然ながら、名前は教えてくれないらしい。

「マスク仮面は───……」

(あれ、マスクと仮面って同じ意味じゃね?恥ず)

己の語彙チョイスへのツッコミに、神威の声は咀嚼されることなく流れてしまった。

【聞いてなかった。なに?】

「……いいや、練習しよ」

何事も無かったように流そうとする神威に、マスク男はバッ、と腕を広げて目の前に立ち塞がる。

【お前の今日の目標っ、アイドルになること!】

マスク男は宣誓のように目標を掲げて拳を突き出した。

【なるんだろ?】

神威は拳を軽くぶつけ返す。

「約束!」

マスク越しに覗く赤い瞳が、真っ直ぐ神威を見据えていた。

その眼差しには、覚悟を試すような熱が宿っていた。



◇◇◇



「もっと早く動けるだろ!手ェ抜いてんじゃねーぞ!」

「僕がタイミングを調整してあげてるんだから、文句より先に感謝の言葉を述べるべきでしょ!」

「「阿久津さん/あっくん!!!」」

二人が一斉に判決を求めて振り向いた先。煉は赤旗を上げた。

京桜と紫苑。二人の罵倒合戦に、とうとう仲裁役が配置されたのだ。

「くっそ……!」

紫苑が歯を食いしばる。

「僕に楯突く前にそのアーティスト思考を頭の片隅に仕舞いなさい!」

京桜は紫苑の前に仁王立ちして土下座でもされているかのように見下したが、フェイスタオルで臀部(でんぶ)をパシッと叩かれ、「痛い!」と叫ぶ。

「少しはあっちを見習ったらどうだ?」

煉は後ろの神威とマスク男ペアに視線を誘導する。マスク男が神威にアドバイスを送り、神威も真剣な面持ちでそれに応じている。見た目こそ異様だが、その空気感はこちらの殺伐とした対立とは対照的にうまくやっているらしい。

「アレと比べないで下さいよ……」

紫苑は顔を(しか)めた。あちらの空気に比べて、こちらの醜く無意味な争いがあまりに滑稽に思えてくる。

(あっ)

振り上げた腕がペストマスクのくちばしに突き刺さる。

マスク男はその場に崩れ落ち、悶絶した。

訂正。

やっぱりあっちの方が滑稽かもしれない。

「俺も泉の方がカッコイイし映えるってのは分かるよ。でもさ、今お前が目指してんのはアイドルでしょ。アイドルは顔を見せるのが大前提なわけで。シンガーやらダンサーになりたいんだったら別に、アイドルにこだわらなくてもいいんじゃないの」

煉の(ふる)いにかける言葉が、紫苑の胸に深く突き刺さる。

「──っアイドルじゃなきゃダメなんだよ……」

紫苑は拳を強く握りしめた。

言わせてしまった。

その事実だけで、自分自身に苛立ちが込み上げる。

煉は目を逸らして「そう」とだけ呟く。

視線の向こうで、ペストマスクはいつの間にか、ハトのラバーマスクに替わっている。

「阿久津さん、……アンタも。俺はどうすればアイドルになれますか」

「知らないよ」

京桜の返答が紫苑の問いを一刀両断にする。紫苑の悩みなど、京桜にとってはどうでもいいこと、関係のないことなのである。

「このオーディションに合格すればなれんじゃない」

煉も曖昧な回答で濁す。

(なんにも教えてくんねーじゃんっ……)

「泉はさ、方向性がズレてんだよ」

「……方向性?」

「僕は別に、憧れを捨てろだなんて一言も言ってないでしょ。『頭の片隅に仕舞いなさい』とは言ったけどね。

というか、ダンスも歌もそんなに精通してるんだからアイドルも通ってるはずでしょ?好きなアイドルくらい居るんじゃないの?

そのアイドルはどんなふうに踊ってた?どんなふうに歌ってた?どんな表情をしてた?君が欲しい答えは僕たちより先に、そのアイドルに教えてもらうべきなんじゃないの?」

「ぅ……」

重石のような京桜の正論が紫苑の頭を殴りつける。

「泉くん」

京桜の僕を見なさいという命令を含んだ声色で呼ばれ、思わず顔を上げてしまった。

「僕がいるんだから、もう迷えないよね」


「上等」



◇◇◇



最終審査の舞台は事務所内の簡易ステージ。

「75番、玖珂京桜です。よろしくお願いします」

「219番、泉紫苑です。よろしくお願いします」

二人がステージに上がる。

どこから引っ張り出してきたのか、扇子と和装の羽織を纏っている。

桃幻綺譚(とうげんきたん)の『四季彩々(しきさいさい)』、玖珂京桜の選曲。京桜が息を吸った瞬間──張り詰めた緊張感が走った。


ひらり︎︎揺る揺らり舞え︎︎四季の証(しょう)

京桜の扇子が翻るたび、観客の視線が吸い寄せられる。

綺譚(きたん)︎︎ここに(しる)せし

刹那(せつな)鮮花(せんか)

歌い出しと同時に空気が震えた。

最初から、このステージは玖珂京桜のために存在していた。

そう錯覚するほどの完成度だった。




ひらり︎︎揺る揺らり舞え︎︎四季の証

やがて︎︎散りゆく前に幻となれ

京桜がつま先で軽やかに床を撫ぜるその隣、紫苑が強く踏み込む。

鋭く、荒々しく、熱を帯びた動き。

京桜の優雅さとは対照的に、感情を叩きつけるようなステップだった。

永遠(とわ)に刻め︎︎夢の名残(なごり)

紫苑の視線が、一瞬だけ客席を掠めた。

ほんの一瞬。

けれど神威だけは、その目が確かに自分を見たのだと分かってしまった。

(つい)瞬間抱(ときいだ)け︎︎此処(ここ)に咲け

四季彩々(しきさいさい)︎︎個々に狂い咲け


京桜は笑っていた。

紫苑は、息を切らしながら客席を睨んでいた。

まるで正反対だった。

それなのに、不思議と目が離せなかった。



◇◇◇



最終審査は順調に進んでいた。パフォーマンス審査では見せられなかった自分の得意分野をアピールしていった。

「お疲れ様でした。これにて、本日は以上と──」

裏方のスタッフがおずおずと顔を出して「あの……」とアンリの声に被せた。

「まだ…裏に一組残ってるんですけど……」

「そんなはずは……あっ」

(そういえば、あの不審者と組んだ子が居たっけ……。完全に忘れてた。チームの申請書出てないし。そもそも、なんで警備員が動いてないのよ?)

アンリは俯いて、こめかみに青筋を立てながらも、パイプ椅子に腰を下ろす。

「はぁ……。まあいいわ、やりましょう」



◇◇◇



マスクを脱ぎ捨てた男は緑色の養生テープにマジックペンで「000」の殴り書きをして左胸に貼り付ける。

神威の視線は床へと向けられていた。

「緊張してんの?」

「……するよ。怖いもん」

「怖い?」

ステージ(あそこ)に立つのが。俺にはアイドルになる資格なんて無いって分かっちゃうじゃん」

神威は重いまぶたを持ち上げるようにして、ステージに目を向ける。

「俺さ、ただ運が良くてここに居るだけなんだよ。これまではその場しのぎでどうにかなってきたから……現実を見る機会を逃してきた、みたいな……」

告白するほどに自分の足元が透けて消えていくような感覚に陥る。

神威は再び視線を落とした。

「──神威」

テープもマジックペンもその場に投げ捨てられた。その両手が神威の頬を強く掴み、拒絶を許さぬ力で無理やり顔を上向かさせる。

「お前の目標は?」

「……、『アイドルになること』」

男は満足そうに口角を上げた。

「お前が憧れたアイドルになろうよ。一緒に」



◇◇◇



ギターメロディーのソロイントロ。

リズムを叩くベースとドラムの音、キーボードと共に、ステージ全体が一気に照らされる。

王道的な青春曲。

椿神威と、キャップを深く被って目を隠す金髪の少年の登場に、審査員及び会場内の全員が固まった。

(何してんだっ、あのバカ!)

──日南ルカである。

煉は、手にしていたペンを床に落とした。

イントロが弾ける。

サウンドに合わせ、神威の身体が弾かれたように動き出す。


『そんなに怖いなら、おまじないでもかけてやるよ』

『……何が?』

ステージ裏、日南ルカは手首に着けていたヘアゴムを神威の手に乗せる。

『これからお前がすることはただ一つ──、アイドルを演じろ』


ルカのシトラスのような歌声と、神威の未熟なソプラノが重なる。

ルカが手を振るたび、神威の身体も自然とリズムを掴んでいく。

靴音が鳴る。

拍を踏む。

その頃にはもう、神威の目から迷いは消えていた。




その姿にルカの視線が僅かに揺れた。



◇◇◇



静寂の中、神威の荒らげた吐息と激しく揺れる肩が終わりを受け止めていた。

「神威!」

「……日南くんっ!」

パチンッと乾いたハイタッチの音が響く。


「日南ルカをつまみ出してちょうだい」

アンリが眉間を深く押さえ、絞り出すような声でスタッフに指示を出す。

「ほらっ、日南さん、行きますよ!」

「暴れないの!子供じゃないんだから!」

「なんでだよ!?待って!話し合おう!煉、助けて!おいっ、離せーーーッ!!!」

プロアイドルの威厳もへったくれもなく、ルカは二人のスタッフに羽交い締めにされ、ズルズルと外へ連行されていった。

「220番、椿神威さん」

「っはい!」

一人、ステージに残された神威は反射的に背筋を伸ばす。


「──失格です」

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