2.『オーディション』
二次審査は、自己申告制のパフォーマンス審査だった。
歌唱、ダンスなら事前に用意された課題曲を披露。演技なら自由に役を演じる形式らしい。
つまり、経験や才能を直接試される場だ。
紫苑へ目を向けると、腕を組み、ヘッドホンで音楽を聴いていた。課題曲を確認しているのか、ただ好きな曲を流しているだけなのかは分からない。
神威もイヤホンを耳に差し込み、オーディション公式サイトに掲載されているサンプル曲を探した。
まともに何かへ打ち込んだ経験なんてない。
歌もダンスも、まして演技などできるはずがなかった。
だからせめて、自分にもできそうなものを選ぶ。
その結果、神威が選んだのは歌だった。
「クラクラ居んの?」
「居た居た、審査員やってたわ」
開始から一時間半ほど経った頃。
近くにいた受験者らしき二人組の会話が耳に入った。
「どんな感じだった?」
「最悪。阿久津煉はともかく、日南ルカがずっと興味無さそうにしてんの。俺の前の奴なんてさ。日南ルカに『記念受験なら帰れ』って一蹴されてマジムカついたんだけど。そっちだってあくびしたり、よそ見したり、ペン回して遊んでたくせに!」
声色が段々と怒りを帯びていく。
「ふははw、芸能人怖ー(笑)。そりゃ問題も起こすわ。……つか言われたのお前じゃね?」
「……違う」
思わず聞き耳を立ててしまった神威は肩を強ばらせてしまう。
「記念受験……」
考えないようにしていた不安が、じわじわと神威の胸を侵食していく。
自分も、そうなのではないか。
俯いた瞬間、不意にパーカーのフードを深く被せられ、視界が塞がれた。
「気にすんな」
紫苑はそれだけ言い残し、そのまま近くのパイプ椅子へ腰を下ろす。
「……」
神威は小さく「うん」と呟き、フードを被り直した。
一方、二人の様子を見定める視線があったが、その人影は「次のグループの方はこちらへお越しください」というスタッフの声の元へ消えていった。
◇◇◇
審査員の一人である煉は、玖珂京桜の書類に思うところがあった。
(『天才だから』、なんだこいつ)
志望動機の欄に主張の激しい文字。舐められているのか。落としてやろうか、と私怨が脳裏にチラついてくる。
隣に座るルカへ目をやると、視線は虚空へ、その指先はペンを回していた。
「次」
アンリの声に、床を踏みしめる靴の音が響き出す。ルカも煉も引っ張られるように自然と顔を向けた。
「75番、玖珂京桜です。よろしく」
京桜は瞼を下ろして、イントロを待つ。
課題曲はCrush Crownの初期曲。審査員の二人はこの曲を歌えなくなったというのに、赤の他人の声で何十回と強制的に聴かされているため、審査の目は他の誰よりも厳しくなっていた。
激しいギターサウンドが炸裂する。
閉じられていた瞼が開く。
その瞬間、見る者の意識を射抜くような鋭い眼差しへと変わった。
シンセサイザーの電子音とハモりに重なるように、京桜の歌声が響く。
外見からは想像できない歌唱力の技術と声色、抑揚の使い方、ラップパートのリズム感、ブレスのタイミング……表情まで、全てで人の意識を惹きつける。
その姿は、さながら独裁者だ。
(表情筋……)
「ナルシスト」
煉とルカは冷めた眼を向けながらも、手元の書類にはマル印が書かれていた。
「219番、泉紫苑です。よろしくお願いします」
(なんか……どっかで……)
ルカが記憶を辿っているうちに、エネルギッシュなギターリフと共に、紫苑の体もリズムを掴んでいく。
指先まで神経の行き届いたダンスだった。
アップテンポな楽曲にも完璧に食らいつき、床を蹴るたび、袖や裾を翻すたび、鈍い衝撃音と衣擦れが観客の胸を打つ。
迫力もリズム感もアクロバットをこなせる運動能力も充分備わっている。まだ荒らさはあるものの、独学でこれなら、少し修正するだけで質の高いパフォーマンスにできる。
(及第点)
「真似っ子」
ルカは目を逸らしたが、煉と同じく、書類にマル印と書き込んだ。
「220番、椿神威です。よろしくお願いします」
(原曲を殺したような劣化コピーだな……)
煉は書類にバツ印を書き込む。
何も残らなかった。
記憶にも、印象にも、存在感すらも。
空気のように、神威の歌は流れて消えた。
「透明人間みたい」
ルカがボールペンをわざとらしく音を立てて転がす。
いや、投げ捨てたのだ。
「アイドル向いてないよ。お前」
「っ日南さん……!」
現役アイドルの発言に場が凍りつく。
「ルカ」
間髪入れず、煉が口を差す。
「口にするなら言葉を選べ。仕事だろ」
ルカは煉から顔を背けた。
「やめなさい!ごめんなさいね、もう外していいわよ」
「……ありがとうございました」
◇◇◇
「俺がアイドルに向いてないだって!?分かってるよ、そんなこと!だからアイドルになるためにオーディションに来たんだろうが!」
「落ち着けって」
オフィス内カフェテリアに、神威の押し殺した声が響振を張る。
アイスコーヒーとメロンソーダを両手に持ってきた紫苑が戻ってきたところ、神威は力尽きたように額をテーブルに打ち付けた。
「一次選考通れたのってもしかして、何かの手違いだったりすんのかな……」
「大手だぞ。それはない」
「……そう、だよね」
そうであってほしいからこそ、正当化された理由が欲しいだけなのに。
不安を零してみるも、赤いストローでメロンソーダを飲む紫苑に逃げ道を潰されてしまった。
「椿くーん!おつかれさぁ〜まっ!」
遠くから聞こえる陽気な声に、紫苑が眉を顰めて露骨に嫌がる顔をする。
そこに居たのは、案の定、玖珂京桜だった。
「テンション高いですね。玖珂さん」
机に突っ伏した神威に、京桜が大きく腕を振りながらスキップで迫ってくる。
「そういう君は……、なんだか落ち込んだ様子だね?」
京桜は腰を九十度折って、神威と視点の角度を合わせながら顔を覗き込む。
(……?)
紫苑は不服そうな目で二人を見下ろす。
「眼の色、僕と同じだね」
京桜の発言に紫苑が言葉を失った。
「きっっっしょ……」
実際には、神威の瞳が京桜の瞳の色を反射していただけである。
「僕とお揃いだってのに、どこか気色悪いって言うの!むしろ光栄でしょ!?感謝しなっ!」
「なんでだよ……!」
言い争いの中、二人の顔を交互に見上げていた神威はのそりと体を起こす。
「……玖珂さんのおかげで吹っ切れました。ありがとうございます」
不自然なほど整った笑い方を見せる神威の笑顔に二人は気力を手放す。紫苑は居心地悪そうに目を逸らした。
「そう?良かったね」
「何もしてないのに」
京桜の放任的な態度に紫苑から揚げ足をつつく。「ボディーガードくん!」と指を構える。
「そのお口は慎みなさい!」
「アンタがなっ……!」
◇◇◇
三次は、面接審査。
質疑応答をやるらしい。
「履歴書にも書いてもらいましたが、志望動機の再確認と、それに対する質疑応答を行います」
アンリが促して、順に志望動機を発表していく。
「小さい頃からアイドルが夢でした」
「ダンス得意なんですよ」
「歌を届けたくて……」
(どこかで教科書でも出回ってるのかしら)
「自立って?ご家庭の事情かしら?」
アンリが問いかける。
「220番……、幼なじみなんです。幼稚園の頃から」
紫苑は目を伏せた。
「俺に音楽を教えてくれたのがそいつなんです。だから、俺も音楽で……歌で返したくて」
「それがアイドルにどう繋がるの? 」
紫苑は迷いなく審査員達を見据える。
「神威がくれた音が、俺の存在意義だって証明するために」
「……天才とは?」
「ご覧の通り、僕天才(自称)なの。僕を見て審美眼を鍛えるといいよ」
「だから、何の天才?」
「森羅万象」
京桜のアンサーに対し、アンリは顔をひきつらせた。
「はあ……アイドルになってどうしたいの?」
「こんなに美しく尊い僕の存在を、僕自ら知らしめてあげなくっちゃっ☆ノブレス・オブリージュだね」
(なんだこいつ)
(相当バカなんだな。可哀想に)
ルカは神威の書類に書かれた志望動機を、ペンの先でつついて退屈と言わんばかりにリズムを刻む。
「アイドルになりたいって何」
神威は俯いて前髪で目を隠した。
「……そのままの意味です」
「アイドル向いてないって言ったよね。透明人間じゃ誰にも見てもらえないじゃん」
「ねえ、お前が目指してるのって本当にアイドル?」
煉は隣に座っているルカの口を塞ぎながら、神威に問いかける。
「……」
答えようと口を開くも、言葉が喉につっかえた。
「分かりません」
神威の様子に会場内が静まり返る。
「君は、将来の夢に何を語ってきたの?」
過去の記憶が掘り返される。
『神威くん、これ書き直そっか』
完成させた作文を、まっさらな新しい用紙で重ねられた光景。
「大人……」
「何それ」
神威の答えは、煉にとって期待外れだったらしい。
「チッ」
痺れを切らしたルカは、舌打ちをしながら立ち上がって、ズカズカと俯いている神威の元まで迫った。
その手は神威の胸ぐらを掴み上げる。
「ルカ……っ!」
「人が限られた時間賭けてきたものをっ、お前には自分探しにでも見えたのか!?才能も実力も夢も何にも持たないくせに!何が大人だ!?何がアイドルだ!だからお前は空気なんだよ!」
会場にルカの怒号が響く。
神威の頬へ、水滴が落ちた。
「……っ。──夢まで失くなったら……、本当に、なにも残んない……」
涙が頬を伝う。
震える声とは裏腹に、その目だけは痛々しいほど静かだった。
いつの間にかそこに立っていた煉が、ルカの首根っこを掴み引き、神威を解放する。
ルカを連れ戻しながら煉は聞かせる気のないような声で、「夢だけじゃ大人にはなれないんだよ」と呟いた。
神威は、席に戻る二人の背中を見送った。
◇◇◇
「……飲み物買ってくる」
「行ってらっしゃい」
「ここで待ってるわ」
神威は「あーい」と適当に返事をしながら、通路で自販機を探した。
お目当ての缶コーヒーを発見し、神威はボタンを押す。
お釣りの硬貨がジャラジャラと音を立てる傍らで、取り出し口に手を突っ込んだ。
ひんやりとする冷気を感じながら出てきたのは、ペットボトルのオレンジジュース。
缶コーヒーはどこ行ったんだと探してみるが、無い。
何故、人ではない機械すら誤ちを犯してしまうのだろうか。
(どうしよ……、紫苑か玖珂さん飲むかな)
「それ、要らないなら交換してよ」
聞き覚えのある声に肩を竦めながら、目を向ける。
そこに立っていたのは、日南ルカだった。
(さっきの……)
神威はルカの顔から下へ視線を落としていく。左手には、缶コーヒーが握られていた。
拒む理由は無かった。
「どうぞ」
「ありがと」
二人は缶コーヒーとオレンジジュースを交換した。
「さっきはその……ごめん、言い過ぎた……」
ルカはバツが悪そうに視線を逸らしながら、小さく呟く。
「大丈夫ですよ。慣れてますから」
缶コーヒーのプルタブをカシュッと開けた。
「……コーヒー好きなの」
「どうだろ。好きなのかな……分かんない。君は?」
「別に。甘ければ何でも」
反応に困る。会話が続きそうにない。
「あ、でも好きなのはいちごだよ。一応アイドルなんだし」
神威がふふっ、と吹き出し「やっぱり」と笑う。
「それ月詠燎も言ってた」
──月詠。
ルカの唇が同じ動きをなぞる。続けざまに「ふーん……」 と虚を見上げた。
神威は残っていたコーヒーを一気に飲み干す。
「俺、そろそろ戻りますね」
自販機の隣に設置されたゴミ箱に空き缶を投げ捨てる。
「ばいばーい」
ルカは神威の背中に手を振って見送り、目の色を変えた。
「あの……、日南さんは?」
「打ち合わせだとよ。……っサボりか!?サボりだろ!」
「先輩っ、落ち着いて……!」
審査員たちはルカの不在に困惑、お怒りの様子。煉はただ黙っていた。
アンリは頭を抱えながら前に出てくる。気持ちを切り替えたのか、キリッと姿勢を正した。
「最終審査はご自身の価値と可能性をプレゼンするアピールテストを行います。ソロ、ペア、チーム、どれでも構いません。決まり次第、こちらの用紙に氏名を記入し、チーム内容を申請してください」
見本が掲げられ、ざわざわと周りも動き出す。
「だって。紫苑、一緒に──……あれ?」
神威が声をかけた頃には、隣に居たはずの紫苑の姿はもう無かった。
「椿くん!君の騎士様はこの僕が貰っていくよ!」
京桜が口を塞いで強引に連れて行ったらしい。
「お互い頑張ろうな、紫苑」
神威は紫苑にエールを送った。
「ン゛ーーーーッ!!!」
紫苑の悲痛な叫びは神威に届かなかった。
オーディション会場の入口付近で真っ黒な装いの受験者が異様なオーラを放っていた。
自然と開けられていく道を我が物顔で進んでいく。
「ねーねー、そこの人!相手決まった!?まだなら俺と組んで!」
「誰がテメェなんかと組むかよ!……っ来んな!」
「そこの君かわいいね。女の子……なわけないか。一緒にやろうよ」
「出直してこい、マセガキ」
周りが着々とチームを決めていく中、神威も相手を探す。
【君はこっち】
神威が声を掛けようとした瞬間、フードを引っ張られ、身体が後ろへ傾く。
「ひぇっ……」
誰かに支えられた──そう思った直後、目の前に鋭いくちばしがあった。
辿るように視線を上げる。
そこにいたのは、アニメで見るような不気味なペストマスク姿の人物だった。
【よろしく、椿神威】
「よ、よろしく……(?)」
くぐもった声が、神威のフルネームを呼ぶ。
もちろん、こんな人物に名前を教えた記憶などない。
神威は困惑したまま、差し出された黒い手を取った。
京桜に用紙の記入を書かされていた紫苑が、神威の様子をチラ見する。
「っな……!?え、えっ?!」
「おやおやおや?不審者に捕まってるね?」
【登場人物】
日南 ルカ
15歳。アイドル。金髪、赤い眼。旧Crush Crownメンバー。
阿久津 煉
18歳。アイドル。美形。黒い髪。旧Crush Crownメンバー。
不審者
不審人物。ペストマスクを所持。全身真っ黒衣装。




